第12話 支配と疎通
スライムとの戦いは呆気ないほど簡単に終わった。
伸ばした触手は急には戻せない。
そして、伸ばせば伸ばすほど本体が痩せていく。
「お前の敗因はそのしつこさだ」
触手を誘導しながら本体へ向け迂回してきた俺はバスケットボール大になったスライム本体に棒手裏剣を投げ放った。
弾き返した先程のことを覚えていたようでスライムは避けようとしない。
「甘いな。過信は禁物だ」
さっきとは違って棒手裏剣には風の魔法をまとわせてある。
螺旋状に渦巻く風をね。
貫通力を増したそれは容易くスライムを貫いた。
核の側面を切り裂いて無数にヒビが入る。
元の大きさなら身をよじるだけで致命傷は避けられたのだろうが、今のサイズではそれもままならなかった訳だ。
どうにか魔石を盾にしようと動かしてもいたが、こちらもそれは読んでいた。
だから、魔石とは反対側の側面を傷つけるように棒手裏剣を投げたのだ。
バシャッと水音を立てて崩れ落ちスライムはスライムでなくなった。
あとには濡れた地面と魔石、そして砕け散った核がある。
魔石は迷うことなくストレージの魔法を使って格納した。
売れば金になるからね。
自立したときの資金源だ。
残るはスライムの核なんだが、これは売り物にならない。
ただ、元の形は丸い宝石みたいで気になるんだよな。
そんな訳でフロートの魔法で浮かせながら加工の魔法を使って再生してみた。
核が元通りになったところでボディは再生しないだろうと踏んでのことだ。
念のため宙に浮かせて濡れた部分とは接触しないようにはしたけど。
読み通り再生された核がスライムとして復活することはなかった。
が、再生した直後からどういう訳か小刻みに震えている。
何か意思というか怯えのようなものを感じるのは気のせいだろうか。
「お前、ビビってる?」
意思の疎通ができるか怪しいとは思ったものの、それでも何か反応があればと声をかけてみた。
すると一瞬でビシッと震えが止まる。
が、同時に緊張して身を強張らせているような気配を感じた。
どうやら怖がっているのは間違いないらしい。
今までは敵なしだったはずが、いとも簡単に立場を逆転させられて死の世界を見せられたのだから無理もないか。
というか死んだんじゃなかったのか?
それとも核を再生したことで蘇生したのだろうか。
魔石もないというのに?
そのあたりがよく分からないが、聞いても意思の疎通が難しい状態では返事も期待できない。
このまま放り出そうかとも思ったけど、それでスライムが自力で再生でもしたら事だ。
領内で暴れ回らない保証は何処にもないからね。
だったら核を破壊してしまえば済む話なんだけど、せっかく再生したものを壊すのは勿体ない気がしてしまう。
そんな風に思ってしまうのも核に大して脅威を感じていないからなんだろう。
「さて、コイツをどうしたものか」
俺の呟きに核が再び震え始めた。
先程とは微妙に違う揺れ方に何か必死なものを感じる。
もしかして命乞いしてる?
「お前、魔物だろう。しかも今は無防備な状態だ。ここで生き残っても俺以外の奴に狩られるだけだぞ」
さらに激しく震える核。
必死に訴えているようだ。
思わず腹を見せて服従する犬を想像してしまったんだが。
ふむ、犬か……
コイツはスライムなんだが犬のように従順に飼い慣らすことができるなら悪くないかもしれない。
無闇に人を襲わないようしつけられるかが鍵だ。
ペットも最初が肝心で舐められたら終わりなんだよな。
その点、コイツはその心配は少なそうなので第1関門はクリアしていると言えるだろう。
続く問題はスライムを見た時の人々の反応だ。
この世界では滅多に遭遇することのないレアな魔物かつ簡単には倒せないという認識が広まっていることからすると問答無用で襲われる恐れは非常に高い。
普段は別の姿に擬態させておくのが良いかもしれない。
もっとも普通のスライムにそんな能力はないのだが。
となるとスライムの能力を強化する必要がありそうだ。
どうせボディはないんだし、クリエイションで新しい体を用意してやるのもありかもしれない。
そのせいで調子に乗るといけないので手綱はしっかり握っておく必要があるけれど。
そういうのに、おあつらえ向きの魔法があったよな。
みんな大好きテイミング。
文字通り魔物と主従関係を結び飼い慣らす魔法だ。
さっそく使ってみる。
先代の知識によれば難易度はかなり高いらしいけど……
「うん、成功したな」
魔力的なつながりができたことでスライムの核から喜びが伝わってきた。
命拾いして安堵した感情も少し交じっているけど、これは仕方あるまい。
震えが止まっているのは命乞いする必要がないと悟ったからだろう。
核だけの存在では魔法が使えないだけでなく移動もままならない。
「まずは新しいボディを用意しないとな」
核が軽く震えた。
どうも否定しているようだ。
ボディがほしくない訳はないはずなので何かしらの順番が違うとでも言いたいのかもね。
「他に何があるって言うんだよ?」
そう問いかけると核から意思の返事があった。
「もしかして名前をつけろって言いたいのか?」
問いかけるなり肯定の返事をされた。
ネーミングセンスがない俺にせっつかれても困るのだが。
「スライムだからスラ──は論外だよな」
核が小刻みに震える。
拒否されたのは、すぐに分かった。
「じゃあライムとか?」
頭の1文字をカットしただけだが、これは悪くないように思う。
柑橘類のライムとは何の関係もないし緑色でもないのだけど。
それ故に由来がすぐにバレてしまうであろうことは容易に想像がつく。
案の定、核には拒否されてしまった。
スラほど激しいものではなかったので多少はマシだったと思いたい。
だとしても一気にハードルが上がってしまった気がするな。
スイという名前は聞いたことがあるから、対抗してラムとか……
ダメだな。
何処かの電撃を放つ異星人の名前になってしまう。
「ホント難しいよな。宿題じゃダメか?」
核はブルブルと震える。
ダメらしい。
「そうは言うけど、俺はこういうのが苦手なんだ。適当じゃダメなんだろ?」
当然だと言わんばかりに縦に震えるスライムの核である。
「透き通っているからクリアとかも安直だしなぁ」
そもそも名前っぽくない。
核も呆れているのかウンともスンとも震えない。
残された道は何かにちなんだ感じの名前にすることくらいか。
ジッと核を見るが似ているものと言えば──
「クリスタルじゃ名前っぽくないし、リスタなんてどうだ?」
頭と末尾の文字を省くだけで少しは名前らしくなった気がするのだけど。
「………………」
反応がなくて落胆しかけた次の瞬間、スライムの核が淡い光に包まれた。
「お?」
光が徐々に薄らいでいき完全に消えると何かが流れ込んでくるような感触があった。
これはスライムの魔力か。
俺の魔力と接触すると今度は溶け出すように薄くなっていく。
いや、色を染めるように変化している?
どうやら魔力の質が俺に合わせたものに変化していくようだ。
そうしてスライムの魔力は完全に置き換わった。
スライムとの間に魔力的なつながりができたのが分かる。
これがテイムするということなんだな。
「これで満足か?」
相変わらず核は震えるだけだが、先程よりも言いたいことが分かる。
言語化されていないがテレパシーのようなものが伝わってきたからだ。
「そっか、そうだな。納得しなきゃ受け入れたりはしないよな」
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