第11話 夜の森
鍛錬初日の成果はゴブリン1匹のみだった。
書庫から出る前に新しい魔法の構築で手こずったし、森の奥へ行った後もゴブリンを首チョンパしたせいで後始末に時間を割く羽目になったからだ。
1日1回の食事を回収しないと怪しまれるからね。
ただ、今は寝込んでいることになっているので慌てて帰る必要はなかったかもしれない。
先代が死に戻りにより把握している復活までの日数にはあと数日はある。
その間の食事はクリエイションか森の中で調達したものに限られてしまうだろう。
今日の収穫は無かったけどね。
ゴブリンの死体は使い道がないけどね。
少なくとも食肉としては価値がない。
先代の知識によれば冒険者ギルドでなら討伐証明部位を持ち込めば換金できるそうだけど。
生憎と今の俺が冒険者ギルドに行っても相手にされないだろう。
何処からどう見ても幼い子供だもんな。
飯食って体を大きくしないとダメだ。
こればっかりは身体強化ではどうにもならん。
いや、消化器官に身体強化をかけて通常よりも効率よく栄養が吸収できるようにならないだろうか。
それが可能なら多少は成長を加速させることが見込めそうだ。
さっそく次の食事から試してみることにしたけど、結果が分かるのは少し先のことだ。
いきなり爆死的な失敗をしない限りは。
「………………」
結論から言うと始めた直後に致命的な失敗とはならなかった。
あとは今後の継続でどうなるかだが取り返しがつかない訳ではないとはいえミスがあったことは付け加えておこう。
見ようによってはミスとも言えないようなことだけどね。
満腹になったことで暮れなずむような時間から眠ってしまったというだけのことだから。
おかげで目覚めたのが夜更けである。
目が冴えて眠れそうにない。
「こんな時間に目覚めるとはなぁ」
思わずぼやいてしまうが、やってしまったものはしょうがない。
書庫の本でも読んで時間を潰すとするかと思ったのだけど。
ふと、思いついたことがあって再び外に出ることにした。
外壁を乗り越え森へと入る。
月が出ていないせいで真っ暗闇だが、森の中ならば結局は同じである。
この状態で魔物と戦えば良い鍛錬になるだろう。
もちろん、見えない状態をどうにかする必要があるけどね。
それについては古い映画を参考にした。
不可視のエイリアンが人間を狩るというストーリーだ。
作中でエイリアンは赤外線で視覚情報を得ていた。
あれを魔法で再現してみる。
眼前にゴーグル状の黒いモヤを作り出し、そのモヤから赤外線を外部に照射して反射光を視覚化させる。
名付けてIRゴーグル。
まんますぎてネーミングセンスがないのは認める。
とにかくIRゴーグルを構築してすぐに使ってみた。
視界が緑色の濃淡で構成された状態になる。
いずれも単色ではあるもののハッキリと見えるようになったのは良いのだが、欲を言えばカラーで見たいところだ。
あと、夜行性の魔物や動物からは赤外線を照射しているから視認されやすくなる恐れがある。
人間を相手にするとき以外は使いづらいかもしれない。
赤外線を使わないという縛りを入れてとなると難易度が一気に跳ね上がるな。
なかなかの無理難題なので適当にやってみた。
誰からも感知できない謎光線を照射して視覚化するというイメージで。
暴挙とも言える魔法の構築だったが、何故か呆気なく成功した。
おまけに赤外線の時とは違ってフルカラーで見えている。
「ウソだろ……」
あまりのデタラメぶりに唖然として固まってしまったよ。
今さらながら謎光線ってなんだよと自分で自分にツッコミを入れる。
とはいえ成功したのだから使わない手はない。
この魔法は可視ゴーグルと命名しよう。
この可視ゴーグル、ハッキリ見えてしまうせいで夜中だという感覚を持ちにくいのが難点だ。
これだと夜の鍛錬としては微妙なところだ。
贅沢な悩みではあるけどね。
とはいえ、夜に鍛錬をすれば森に侵入してくる余人もいないだろうから目撃される恐れもないだろう。
派手に光ったり燃やしたりしなければだけど。
それだけでも夜中にやる価値はある。
そんな訳で中止することなく夜中の鍛錬を始めた。
まずは森の奥へと移動。
外縁部だと魔物も獣も出てこないからね。
夜のファーストコンタクトは透き通った厚みのある餅だった。
いや、餅でないのは分かっているんだけどね。
白くないし大人でさえ抱えきれないようなサイズだし。
異世界ファンタジー定番のアレだ、スライムだ。
先代の知識によるとゴブリンよりもはるかに強いようだ。
ほぼ透明なので発見しづらい上に自在に形状を変えられるためバネのように飛び跳ねて素早い動きで敵や獲物を翻弄するらしい。
そして獲物と見定めた相手を取り込んで溶かし捕食する。
しかも弾力がある体は打撃にも切断にも強い。
この時点でもゴブリンよりずっと強いのだとわかる。
倒すためには魔石とは異なる核を破壊しなければならないが、攻撃がなかなか通らないため簡単ではないようだ。
運良く核を破壊できれば形を保てなくなり死んでしまうという。
物理攻撃に耐性がある上、動きも素早いため先代はその瞬間を見たことがないのだけど。
おまけに攻撃も温くない。
近接戦闘時は触手のように体の一部を変形させてムチのように使い巻き付けて溶かしてくる。
これだけでも凶悪なのに体の一部を切り飛ばして遠隔攻撃をしてくる場合もあるという。
貫通力はないかわりに粘着して溶かしてくるのだから質が悪い。
ちなみに魔石を破壊してもスライムは死なない。
あくまで核が弱点なのだ。
誠か嘘か核を守るために魔石を盾にすることすらあるくらいだとか。
なお、魔石は時間をかけて再生するらしい。
とにかく難儀なのと遭遇してしまった訳だ。
物理ダメージが通りにくいなら魔法しかあるまい。
一応、念のために棒手裏剣を使って投てきしてみる。
狙いは違わずスライムの核目掛けて飛んでいったのだけど体表面へ食い込んだかと思ったのも束の間。
ものの見事に弾かれてしまいましたよ?
でもって攻撃したら反撃されるのは当たり前ってことで体を触手状に伸ばして叩きつけてきた。
ムチのようにしなる攻撃で加速して襲いかかってくるので侮れない攻撃だ。
身体強化してなかったら、かわせなかっただろう。
それどころか叩き潰されてグロ注意なことになっていたものと思われる。
かわした直後に触手がバシンと重く痛そうな音を立てて地面に叩きつけられた。
そこから先端が鋭く尖ってこちらに伸びてくる。
「ムチの次は槍かよ」
変幻自在の攻撃だ。
先代の知識以上に厄介な魔物である。
もちろん回避一択なのだが気になったことがあったのでバックステップしてみた。
触手が伸びる。
背後の木々を最小限の動きで避けながら後方へステップし下がっていく。
まだ伸びてくる。
振り下ろされたときの3倍以上の長さになっているにもかかわらず、その勢いは衰えない。
「だったら、こういうのはどうだ」
ギリギリまで触手を引きつけて横っ飛びで避けた。
触手はすぐには反応できず俺の斜め後ろにあった木を回り込むようにして矛先を変えてくる。
簡単には諦めてくれないようだ。
それならばと今度はジグザグに回避していく。
その度に触手は木々を縫うようにして俺を追ってきた。
なかなか執拗だ。
ワンミスが命取りとなるだろう。
そして、ここは足場の悪い森の中。
「いい鍛錬になる」
目配りと足さばきは問題ない。
ならば、そろそろ反撃といこうか。
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