第45話 姉は企んでいた
俺の案を持ち帰った姉は、そこから1週間ばかり静かになった。
静かと言っても何か相談事を持ち込んできたり経過報告をしたりしないというだけのこと。
朝食の持参は続いていたよ。
どうも1日1回は顔を見せることに執着というか義務感を持ってしまったようだ。
オルランの虐待に気付けなかったことに対する贖罪なんだろうか。
エレオノーラからそうだと聞いた訳ではないので別の理由があるかもしれないけどね。
こんな状態だからお通夜のような朝食になるんじゃないかと思われそうだけど、そんなことはない。
姉の方から今までに読んだ本や珍しい魔道具、剣術や魔法などについて積極的に話しかけてきた。
中でも興味深かったのは姉が魔物と戦ったときの話だな。
冒険者でもないのに何やってんだとは思ったけど、同時にガルフをぶっ飛ばせるのも道理だと思った。
実戦経験がハンパじゃないんだよ。
話を聞いていて、そう思った。
興味深かったのは人型の魔物でも種族が異なると戦い方が大きく変わってくることがあるという話。
群れているのに戦いになるとてんでんばらばらに襲いかかってくる魔物がいたかと思えば、連携を重視するような戦い方をする魔物がいたり。
前の世界では人間や獣と戦うことはあっても魔物と戦ったことがないから参考になったよ。
そのまま鵜呑みにはしないけど。
同じものを見ても感じ方には個人差があるし、魔物にも地域差とかあるかもしれないからね。
ゴブリンなんかは何処にでもいる魔物だから北と南で生態に違いが出ても不思議ではない。。
同じゴで始まる4文字の嫌われ者でも黒光りする虫とは違い寒冷地でもそこまで弱ったりしないけど毛皮を被ったりはするようだし。
G以上にしぶとく繁殖するとか怖すぎるって。
「シドは本当に博識ね」
エレオノーラが感心するのを見て調子に乗りすぎたかと焦りを感じてしまった。
「どうでしょうね」
「謙遜しなくていいわよ。何処かの脳筋みたいに話題が剣に偏ったりしていないじゃない。話をしていて飽きないわ」
「そう言ってもらえるのは嬉しいですが、僕の知識は机上の空論に近いものがありますから」
「机上の空論?」
エレオノーラが不思議そうに聞いてくる。
しまった。日本のことわざを使うとは間抜けにも程があるミスだ。
「役に立たない思いつきに等しい理論とか計画のことを端的に表現してみたつもりなんですが」
「つまり、シドは自分の知識には経験がともなわないと言いたい訳ね」
楽しそうに喉をクックと鳴らしながら姉は言う。
鋭いというか頭の回転が速いというか、とにかく察しのいいおかげで逆に誤魔化せたようだ。
内心でホッと胸をなで下ろす。
「そういうことです。本で読んだことが必ずしも正しいとは限らないですから、いずれは確かめないといけないなと思っています」
「うんうん、そうよね」
同意する姉は妙に上機嫌だ。
何を企んでいるのかと言いたくなるくらい思わせぶりな笑みを浮かべている。
その直感は嫌な予感となって俺の中で警報を鳴らし始めた。
とはいえ指摘すると藪蛇になりそうだから俺には口をつぐむしかできなかったのだけど。
この時の予感が間違っていなかったことを次の日に思い知らされることになる。
ただ、現時点の俺にはそれを感知できなかったのは言うまでもない。
そこまでできたら人間じゃなくて神様も同然だよな。
その翌日──
「今日は視察に行くわよ。後で迎えに来るから準備しておきなさい」
朝食を食べ終わったところで、エレオノーラから予想だにしていなかった言葉をかけられた。
「はい?」
思わず紅茶好きの警部みたいな聞き返し方をしてしまいましたよ?
有無を言わせぬ空気だったので拒否権がないことは同時に悟っていたけどね。
「前に貴方が提案した試験農場の候補地を見に行くのよ」
もう候補地の選定が終わってるの!? 早くね?
普通は絞り込むのに入念な調査とかするから時間がかかると思うんだけど。
それとも選定前で候補がいくつもあるのだろうか。
もしくは候補の土地がひとつしかなくて選択の余地がないとか。
なんだか後者のような気がするなぁ。
「僕の提案だから視察に同行する義務があると?」
「その通りよ」
勘弁願いたいけど、これは断れないやつだな。
「僕としては読書していたいところなんですが」
一応、遠回しに断ってみたのだけど……
無言でにこやかな笑みを返されてしまった。
「ああ、はいはい、行きますよ。行かせていただきます」
きっと何を言っても無駄だろう。
殺気とは言わないまでもプレッシャーのような空気もまとっていたし。
「10才の子供が同行したところで意味があるとは思えませんが」
それでも俺の方は渋々だということをアピールしておく。
そしたらアハハハハと声に出して笑われてしまった。
「大人顔負けの意見をいくつも出しておいて今さら子供ぶっても意味はないわよ」
そう言われると反論しづらい。
本当に今さらだがペラペラ喋った自分が呪わしい。
「しかも独学でその領域に至るのだから才能よね」
違います。才能じゃなくて前世の知識と経験があるだけですから。
とは言えないんだよなぁ。
「することがなかったから本の虫になっただけのことですよ」
「だとしてもよ。普通は長く軟禁されていたら何処かで折れてしまうものよ。そんな状況下でも努力し続けられることも才能だわ」
そう評価されるべきは俺じゃなくて先代だな。
何度も何度も何度も死に戻りを繰り返し数限りなく人生をやり直していたのだから。
尊敬に値するよ。
次の人生では幸せになってほしいものだ。
「評価が高すぎてプレッシャーがキツいんですが」
「大丈夫よ。失敗するなとか言わないから」
失敗ばかりのガルフがボコボコにされているのを見ているから虚無の顔になってしまうんですがね。
さすがにツッコミを入れてしまうと何故知っているのかとなってしまうので口には出せないけれど。
それでも俺の懸念が通じたのか──
「失敗しても学習できずに同じミスを何度も繰り返すバカは許容できないけどね」
と言ってきた。
「それは適材適所というものがあるのでは?」
「あー、そうね。あの馬鹿には金輪際デスクワークをさせないことにするわ。算盤を使わせても計算を間違えるんだもの」
「あの馬鹿ですか?」
誰のことだか分かってはいるが、知らない振りをして聞く。
「ガルフのことよ。体を使うことにしか頭が回らないんだから、あの愚弟は」
エレオノーラはこの場にはいない次兄に対して怒っている。
連日のように失敗を繰り返していれば無理もないか。
「向き不向きはありますからね」
「限度があるわよ。学校を卒業しておいて何を学んできたのかって言いたいわ」
科目によって成績が極端だったのは想像に難くない。
「得意な分野で頑張ってもらいましょう」
「そうするわ。本人の希望とか言ってられないものね」
デスクワークが?
エレオノーラの命令でやらされてたんじゃなかったのか。
もしかして後継ぎの座を諦めていないとか言わないよな。
実績を積んで姉から奪い取るつもりだとしたら浅はかと言わざるを得ない。
失敗続きでは積み上げられるどころか減っていく一方だからね。
あの男はそのことに気付いてるのかな?
無理か。そういうのが理解できるならミスなんて繰り返さないだろうし。
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