第46話 使えますが何か?

 2頭立ての馬車が書庫の前で方向転換をしてから停車した。


「さあ、乗りなさい」


 姉に促された俺はアタッシュケースを手に馬車に乗り込む。


「それは何の荷物? 取っ手のついた箱なんて変わったものを持ってきたのね」


 俺が手ぶらでなかったのを見て取ったエレオノーラが聞いてきた。


「これは鞄ですよ。中身を保護するために固い素材で作ってあります」


 姉の対面に座りながら言う。


「その発想はなかったわね」


 姉は感心しながらも御者に合図を出す。

 馬車が走り始めたがサスペンションがないので本来であれば地獄の乗り心地体験ツアーである。

 ズボンの内側に衝撃吸収素材を貼り付けて対策してきたから大丈夫だろう。


「中には何が入っているの?」


 姉が鞄の中身に興味を示した。


「念のために用意した武器ですよ」


 領都といえども街全体が高い塀に囲まれている訳じゃない。

 そんなのは、こちらの世界では王都くらいのものだろう。

 広い農地を抱えているし建設と維持のコストが莫大になるからね。


 そんな訳で領都の外れの方にある農地へ向かうなら武装はしておくべきだと判断した。

 農民も気休めレベルとはいえ獣や魔物に対する自衛手段くらいは持っているようだし。


「護衛がいるわよ」


「それは承知していますよ」


 馬車が屋敷を出る前に何人かの騎兵が合流してきたし。


「ただ、飛び道具で自衛するくらいはできるかと思っただけです」


 エレオノーラには苦笑されてしまった。


「剣の類いでないならいいでしょう」


 許可はされるようだ。


「一応、中身は見せてもらうわ」


「もちろんです」


 そう返事をしながら俺は膝の上でアタッシュケースを開けて中をエレオノーラに見せた。

 中を覗き込んだ姉は困惑の表情を浮かべる。


「これが武器? 飛び道具って言うけど弓や石弓のようには見えないし」


 見慣れない形状をしていれば見当がつかないのも無理はない。


「独特な形をしているわね」


 独特ときたか。

 折りたたまれた状態なので奇妙とか珍妙と言われてもおかしくはないと思うんですがね。


「もしかして魔法の杖かしら?」


 小首をかしげながら聞いてくるエレオノーラ。


「ええ、そう見えるように作りました」


「見えないわよ?」


「これは鞄に入れるために折りたたんだ状態にしていますが──」


 緩衝材に埋もれていたブツを取り出し二つ折りの状態から展開して真っ直ぐにする。

 弾倉を外した状態のアサルトライフルそっくりの外観になった。

 こちらの世界では馴染みはない形状なので魔法の杖と主張しても大丈夫なはず。


「この状態で魔力を流すと内部で硬質化した弾が形成されて撃ち出せるようになります」


 そう説明すると、姉の顔からスッと表情が消えた。


「それって魔道具ってことよね」


「魔法の杖ですよ」


 ニッコリ笑ってスルー&誤魔化しを遂行だ。

 エレオノーラのこめかみに青筋が立ちそうになったので先手を打つことにする。


「そう見えるように作ったと言ったじゃないですか」


 向こうの世界から転生してきた人間ならアサルトライフルという単語は知らなくても俺が手にしたものが銃であると見抜くだろう。

 けれども姉はそうではない。

 アサルトライフルはおろか銃の知識すらないからね。


「まあ、構え方は普通とは異なりますけど」


「構えが違う? 魔法の杖に構えなんて必要ないでしょう」


 何を訳の分からないことを言うのかと怪訝な顔をするエレオノーラ。

 魔法の杖は魔法の効果を増幅させたりする効果があるだけで照準をつけたりする必要がないから無理もないんだけど。


「このアサルトライフルは普通の魔法の杖とは違いますよ。言うなれば魔法の杖と石弓を融合させたような代物です」


「石弓を……」


「よって、こう構えます」


 銃口は姉に向けないよう留意してアサルトライフルを水平に構える。

 セーフティはかけてあるので弾は発射されないけどさ。


「魔法の杖だと思うと違和感しかないわね」


「それは仕方ありませんよ。先端の銃口から弾丸が発射されるようになっていますから」


「銃口……、先端の穴ね」


 そう言いながら姉は覗き込もうとしたので構えを解いた。


「気をつけてください。魔力を流したので弾が形成されて発射可能状態になっています」


 ハッとしてエレオノーラは顔を引っ込めた。


「石弓のように矢をつがえた状態なのね」


「そういうことです。セーフティはかけていますから引き金を引いても弾は発射されませんが、万が一ということもありますから」


「わかったわ」


 神妙な面持ちでうなずくエレオノーラ。


「魔法の杖と言うには無理を感じるところもないではないけれども殺傷力があるなら押し通すことはできそうね」


 納得の言葉を紡ぎ出す姉だが、その表情はとてもそうは見えない。


「だとしても別の問題があるわよ」


 むしろ、こちらの方が大問題だと言わんばかりに厳しい顔つきになっている。


「どうしても魔法の杖ではなく魔道具に見えると?」


「違うわ」


 姉はゆっくりと頭を振る。


「いえ、貴方の場合に限って言えば違わないわね、シド」


 姉は発言を訂正した。

 が、俺に限ってと言われても、どういうことなのかサッパリだ。


「仰っている意味がよく分かりませんが」


 今度は俺が小首をかしげる番である。

 が、その様子を見てエレオノーラは呆れたと言わんばかりに大きく嘆息した。


「シド、貴方は魔法が使えないじゃない。それを使えば魔道具だというのがバレるわよ」


 なるほどと言わざるを得なかった。

 血を使った契約魔法で使用者登録して誰にでも使えるものではないようにして魔道具とバレにくいようにしたつもりだったけど。

 俺が使うと結局は意味がないということになるか。


 実に面倒な話だ。

 魔法が使えないことにしておくのは無理がある。

 仕方あるまい。

 死者に鞭打つようだけど奴には泥を被ってもらおう。


「僕が魔法を使えないと言い出したのは誰ですか?」


「オルランよね」


 質問の意図をつかみかねるようで探るような目を向けてくるエレオノーラ。


「僕のことを虐待していた人の言うことを真に受けるのはどうかと思うのですが」


 姉はハッとしてまじまじと俺を見てきた。


「まさか、使えるの……?」


「ええ」


 肯定したものの先代が何度も挑戦して失敗していたことは姉も知っているので信じ切れないようだ。


「使えるようになったと言うべきですけどね。呪いをかけられていましたから」


「なっ!?」


 驚愕するエレオノーラ。


「そんなに驚くことはないでしょう。犯人が誰かは言わなくても分かるでしょうに」


「あの豚野郎」


 歯を食いしばり静かに怒りをたぎらせた姉は殺気をにじませるように放つ。

 これに関しては冤罪なんだけど、今まで先代がオルランから受けてきた仕打ちを思えば安いものだ。

 良心の呵責がどうこうという気にはならない。


「呪いを解くのに時間はかかりましたが魔法は使えるようになりましたし僕は気にしていませんよ」


 そう言って姉はようやく怒気を鎮めた。

 依然として奥底では熾火のようにくすぶっているのか殺気は微かに残っているが。


「御覧の通り」


 人差し指を立てて点火の魔法を使い指先に小さな炎を灯すとエレオノーラが目を見張る。

 かすかな殺気は一瞬で霧散していた。


「そんなに驚くことですか。初歩の生活魔法じゃないですか」


「短縮詠唱すらしなかったじゃないっ」


「そうですね」


「そうですねって……」


 姉は唖然として言葉を失うことしばし。


「普通は短縮詠唱に至るまででも何年もかかるものなのよ。無詠唱なんて一生かかってもできるかどうかと言われているのに」


「詠唱ありきで魔法を学ぶからじゃないですか? 僕は誰にも教わりませんでしたから特に難しいと感じたことはありませんでしたよ」

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