第47話 使ってみた

「ここが試験農場の候補地よ」


 馬車から降りた姉が言った。

 右手には森が広がり左手には荒れ地が続いている。

 そこそこ離れたところから作物が植わっているので、そこが候補地の境界といったところか。


 よくよく見れば、手前の荒れ地は畑だったであろう痕跡が見て取れる。

 ということは耕作放棄地か。

 どうにもならないほど収量が落ちてしまったんだろうな。


 背後を振り返ると少し小さくなった街並みが見える。

 自動車が使えれば目と鼻の先の距離といったところか。

 街から徒歩で通って農作業をするにはギリギリかもしれない。

 現に街から離れた場所に農民の住み処らしき小屋がポツポツと見受けられる。


「どう? 痩せた土地でも救荒作物なら育つのよね」


 エレオノーラが確認するように聞いてくるのは専門家じゃないからなんだろうな。

 前世がある俺としては、この程度ならやりよう次第だと分かっちゃいる。

 しかし、表向きは俺も姉と同じ立場だから大丈夫と発言しても根拠がないことになってしまう。


 ただ、一度は農地として使われていたことを考えれば痩せて収量が落ちただけならば問題ないだろう。

 前世が農民だったこともある俺としては太鼓判を押しても良かったのだけど、前世のことは明かせるはずもないからなぁ。

 そんな訳で──


「そうですけど」


 微妙なニュアンスを含ませながら肯定することになった。

 言葉が続かないのは別の問題点を見つけてしまったからだ。


「何かマズいことがあるのね」


 姉は鋭い。


「農地だけを見るなら、おそらく大きな問題はないかと」


「他に問題が?」


「森が近いじゃないですか。野生動物に餌場にされる恐れが大ですよ。場合によっては魔物が来ると思いますが?」


 俺の指摘にも姉は動揺した様子を見せない。

 むしろ当然だと思っているようにすら見える。


「最近、ゴブリンが出没するようになってきたのよね」


 すでに森から出てきているのが問題になっていたのか。

 道理で意外そうな顔をしなかった訳だ。


「農地として使えるなら、そのあたりは対策を進めるとしましょうか」


「素人の見立てだということをお忘れなく」


「承知しているわ。先にベテランの農夫に見てもらったから大丈夫」


 そういうことか。

 だったら、俺に見せる必要あったのかねえ。

 という意地悪発言は無しの方向で。


「何か他に気付いたことはないかしら?」


 姉は俺を現場に連れてくれば何でもかんでも分かると思っているんじゃあるまいな。


「そんなことより警戒を」


「何かあったの?」


 瞬時に視線を鋭くさせたエレオノーラが聞いてくる。


「ゴブリンが森から出てきましたよ。数は3」


 3Dレーダーで赤い光点が表示されていたので見間違いではない。

 俺の指摘に護衛たちが慌て始めた。


「何処だ、わかるか?」


「いや、周囲にはいない。3匹もいるなら、はぐれじゃないだろ。見逃すはずはない」


「数に気を取られすぎだ。近くにばかり目を向けるな」


「いないっすよ。見間違いってこともあるっしょ」


「確認が取れるまで油断するな、新人!」


「くそっ、何処だ!?」


 なんだかドタバタしているな。

 まずは護衛対象を全方位で守れるよう陣形を組む必要があるだろうに、それすら失念しているし。

 それ以前に各人がバラバラに索敵して位置の特定にモタついている時点でダメダメだ。

 近場からクリアしていく発想はないのか。


 なんにせよ練度が高いとは言いづらい。

 個人で腕が立つのを寄せ集めた感じだな。

 普段の訓練も集団戦闘はスルーされていそうだ。

 そういや、オルランが行方不明になった時の捜索もガルフが指示を出すまではお粗末だったか。


「狼狽えるな」


 エレオノーラが叱責するが怒鳴るような感じではなかった。

 それでも護衛たちは一気に雰囲気が変わる。

 指示があれば動けるってことかね。

 命令されなきゃ使い物にならないのは、どうかと思うんだけど。


「向こうだ」


 姉が指差す先に飛び跳ねるゴブリンどもがいた。

 俺たちに気付いて興奮しているようだ。


「こちらに気付いたか」


「そのようですね」


「シド、ここから狙える?」


 数百メートルは離れていると思うんですがね。

 無茶を言ってくれる姉だよ。


 同じことを護衛たちも思ったようでザワつき始めたが、エレオノーラがひと睨みすると静かになった。


「アサルトライフルを使えば」


 本当は無くても問題ないんだけど、そういうことにしておけば過小評価してもらえるはずだ。

 どれほど評価を下げてもらえるかは見当もつかないけどね。

 とにかく、俺の平穏な生活のためにも可能な限り目立たないようにしたい。


「あの魔法の杖ね。それでお願いするわ」


「はい」


 返事をした俺はアサルトライフルを準備する。


「他の者は防御陣形で待機」


 姉の指示を受け素早く動く護衛たち。

 そのせいで射線を通しづらくなってしまった。


 横に転がりながら護衛たちの陰から出てうつ伏せで寝そべったままアサルトライフルを構える。

 いわゆる伏射の体勢だが魔法を使うという観点からだと考えられない姿勢だよな。

 ただ、ブレが少なくなって命中精度が上がるので立つつもりはない。

 間近に敵が迫っているなら話は別だけど。


 セーフティを外し射撃の体勢に入った。

 護衛の面々も姉の指示を守り陣形を構築した後はどっしりと待ち構えている。


 こちらが態勢を整えたあたりで飛び跳ねていたゴブリンどもが棍棒を振りかざし駆け足で向かって来た。

 バカだよな。逃げればいいのに。

 興奮しすぎて彼我の戦力差を把握できないのかね。

 ゴブリンの考えていることはよく分からん。


「はーい、行きまーす」


 先頭を走るゴブリンの胸を狙って絞り込むように引き金を引いた。

 結果を確認する前に向かって右側へと照準を移す。

 そして次弾を撃とうとしたところで──


「なっ!?」


「どうなってる!?」


「嘘だろっ!?」


「吹っ飛んだっすよ!」


 護衛たちから次々と驚愕の声が上がった。

 それもそのはず。

 ゴブリンの上半身がいきなり爆発したかのように四散したからだ。

 ただ、爆発音や爆炎があったなら、ここまで驚愕することもなかっただろう。


「魔法弾です。少し威力を込めすぎました。次は調節します」


 仲間の腰から上が一瞬で爆散したことで体液まみれになった左右のゴブリンは驚きのあまり仲間の死体に視線が釘付けになったまま固まっている。

 動いていない的ならばヘッドショットを狙ってもいいだろう。

 胸から頭へ照準を切り替え装填した弾から魔力を抜く。


 丁度いい案配になったところで引き金を引いた。

 すぐに隣のゴブリンへ照準を移しつつアサルトライフルに魔力を流し、次弾が装填された瞬間に弾を撃ち出す。


 着弾、命中。

 どちらの弾もゴブリンの頭を撃ち抜き、続けざまにゴブリンが倒れていく。

 地に倒れ伏したゴブリンはピクリとも動かない。


「終わりましたよ」


 立ち上がりながらホコリを払う。

 俺の仕事はここまでだ。


「確認を」


 すかさず姉が護衛に指示を出す。

 隊長がベテランと新人の2人を指名して死体の確認に向かわせた。


 駆け足で向かった2人が確認して戻ってくる。

 新人の方は興奮した面持ちで目を大きく見開いていた。


「スゲーっすよ。頭に太い鉄串を突き刺したみたいな穴が開いてたっす!」


 興奮気味に喋る新人に対しベテランの方は何か言いたげに俺の方をチラ見してくる。

 何かやらかしたっけ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る