第57話 当日になったので

 そして、約束の日。

 俺とエレオノーラは護衛たちを連れて郊外の空き地に来ていた。

 今日の護衛はそれだけが仕事ではなく人足としての役割もあるので、この間の視察時よりは多い。

 それでも足りないと思ったけど情報漏洩がないように気を遣った人選だからだそうだ。

 言われてみるとガルフに近しい者はいないようだ。


「いやはや、驚きましたよ。鉄がこんなにも楽に運べるとは夢にも思ってませんでした」


 護衛隊長が目を丸くさせながら言ったが、そこまで大層なことはしていない。


「フロートの魔法を荷物に軽くかけただけだよ」


 フロートは本来であれば対象を浮かせる魔法だ。

 が、重量や高度によって消費する魔力量が多くなっていく。

 そこで完全に浮かせず対象の重量を軽減してみた。

 魔力を節約しつつ楽に運べるという裏技みたいな方法だ。

 これくらいのことは誰かが思いついて先にやってそうだと思ったけど、姉によると前代未聞らしい。


「思った以上に早く着いたわ。ここまでとは思わなかったわね」


 何故かエレオノーラには呆れた目で見られてしまった。

 解せぬ。


「シド、魔力は大丈夫なんでしょうね?」


 もしかして俺が張り切りすぎて無理をしたと思われているのだろうか。

 この後も魔法を使った仕事が控えているから懸念されるのも無理はない。


「まったく問題ありませんよ。完全に浮かせた訳じゃないんですから余裕ですって」


 本当は浮かせても余裕なんだけど、それを言ってしまうとややこしいことになりかねないので伏せておく。


「まあ、いいわ。それより積み込んだ荷物を下ろしてちょうだい」


 姉が護衛たちに指示を出すと全員が返事をしてテキパキと荷下ろしの作業にかかった。

 完全に組み上がった状態だと荷車に積み込めなかったのでいくつかのパーツに分けられた状態だ。

 魔法で重量は軽減しているとはいえ大きさまではどうにもできなかったので何台かの馬車に分乗してきた。

 姉が呼んだ相手は同じ手が使えないだろうし、どうするんだろうという疑問はあるが今はそれを気にしている場合ではない。

 俺は俺で組み立て準備をしないといけないからね。


 という訳で近くの森に足を踏み入れる。

 護衛が2人ほどついて来たけど、これは仕方あるまい。


「坊ちゃん、何するつもりなんです? 危ないですぜ」


「はやく戻りましょう」


「あー、大丈夫。すぐに終わるから」


 適当な木をいくつか見繕って下段蹴りを見舞っていく。


「何してんすか?」


 蹴った木に変化がなければ遊んでいるようにしか見えないだろう。

 聞いてきた護衛も呆れ気味である。


「魔法を使って木を切ってるんだよ」


「「え?」」


 護衛たちは聞き間違えたと思ったのだろう。

 困惑の表情を浮かべて互いに顔を見合わせていた。


 その間も俺は木に蹴りを入れていく。

 自動車の組み立てなら数本あれば充分なんだけど、その後でコースも作る予定だから余分に確保しなければならない。

 そのための魔力源の用意もしてきている。


 ただ、護衛が張り付いてくることまでは事前に計算できていなかった。

 という訳でそろそろ警告しないといけない。


「そこにいると危ないよ」


 警告し終わったタイミングで周囲の木々がズルズルと斜めにずれていく。


「うわあっ!」


「うっそだろぉ」


 右往左往しながらも2人の護衛は倒れていく木から逃れた。


「坊ちゃん、勘弁してくださいよぉ」


「木を切ってるって言ったでしょ」


 文句を言ってきた護衛だが俺の発言を流した時点で聞き入れるつもりはない。

 一般人が相手なら謝りもしただろうし、そもそも逃げ惑うような状況に置いたりはしない。

 護衛なんだから、もうちょっと頑張ってもらいたいところだ。


「さぁて、レッツ変型」


 倒れた木に加工の魔法をかけて人型に変えていく。

 1本の木で組み立て要員の頭数がそろってしまった。


「あー、切りすぎてしまったな」


 切り倒した木は使い切らずに余らせてしまうことになりそうだ。

 余剰分の使い道を考えるのは後にして必要になりそうな数だけ加工していく。

 それが終わったら魔力源の組み込みだ。

 すり潰した魔石を密閉した弁当箱くらいの大きさの箱だけど、言ってみればバッテリーだね。

 これを加工の魔法で木人に埋め込んでいく。


「でもって、レッツ起動」


 ゴーレム化の魔法をかけていくと、横たわっていた木人が立ち上がった。


「「ええーっ!?」」


 騒がしい護衛たちだ。


「ゴーレムを作っただけなんだから騒がないの」


「いや、そんなこと言われても……」


「そうですよ。ゴーレムなんて簡単に作れるもんじゃないでしょう。大魔導師級ですよ」


「それは言い過ぎだって。ゴーレム職人はそれなりの数がいるはずだからね」


 最近は減少傾向にあるというのなら知らないけど。

 俺の知識は先代の記憶に頼っているところがあるので偏りがあったり古臭かったりすることがある。

 先代の知識も長い軟禁生活の中で書物から得たものがほとんどだから、そこはしょうがない。


 なんにせよ、ゴーレムを引き連れて戻った訳だけど……


「シド、何やってるのよ」


 姉は額に手を当てて呆れをあらわにしていた。


「何ってゴーレムを作って人手を確保したんですけど」


 説明しながらゴーレムたちには作業に取り掛からせる。


「一度にあれだけ作って魔力が切れたらどうするつもりだったの」


 それは言われると思っていた。

 だからこそ魔力バッテリーを用意したのだ。


「あれらは事前に用意した魔石で起動させましたから魔力はほとんど消費していませんよ」


 言いながら予備の魔力バッテリーを鞄から取り出した。


「魔石って低品質の小さいものばかりしか渡さなかったはずよ。そんなのじゃ数を集めても足しにさえならないわ」


「そのままだと姉さんの言う通りですけどね」


「何かしたのね?」


 さすがは姉さん。察しがいい。


「ええ。細かく粉砕したものを密閉するとより多くの魔力を溜め込むことができるんですよね」


 返事をしながら魔力バッテリーを手渡す。


「これがそうなの?」


「ですです。それは空っぽの状態だから魔力がどれだけ込められるか試せますよ」


「なるほど」


 返事をしたエレオノーラがさっそく魔力を込め始めた。

 初めはすぐ終わるだろうと高をくくっていたのか不敵な笑みを浮かべていたが徐々に余裕が消えていく。

 終わる頃には愕然を絵に描いたような顔になっていた。


「これ、同じ大きさの魔石には及ばないでしょうけど、原料がクズ魔石とは思えないほど魔力が溜められるわね」


「これで分かっていただけましたか」


「そうね。これなら少なくとも半日は動かせるんじゃないかしら」


 普通のゴーレムならそんな感じかな。

 俺が作ったのは魔力の利用効率を高める工夫をしてあるので、その何倍も稼働することが可能だ。

 したがって魔法をバンバン使わせることも不可能ではない。


「おい、嘘だろ!? ゴーレムが魔法を使ってるぞ」


 護衛の1人がコースを作り始めているゴーレムが魔法を使っていることに気付いたようだ。

 気付かれにくいよう足裏で発動させるようにはしていたんだけど何体も同時に使っていればさすがにバレるか。

 ただ、言うほど珍しいことでもないと思うんだけどなぁ。

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