第58話 俺は非常識らしい

「シドは本当に非常識ね」


 そんなこと言われてもなぁ。

 こっちの世界の常識にうといのは仕方のないことだ。

 ずっと閉じ込められて育った先代の記憶しか頼りにするものがないのだから。


「そんなこと言われても僕は子供ですからね。世間の常識なんて教わっていませんし」


 言い訳が立つのはせめてもの救いか。


「それは申し訳ないと思っているわ」


 謝るエレオノーラはションボリと肩を落としてしまった。


「別に姉さんが責任を感じるようなことではないですよ。そもそも何処が非常識か分かっていないのですが」


 慌ててフォローすべく疑問に思っていたことを聞いてみた。

 そしたら呆気にとられた顔になって、まじまじと見られてしまいましたよ。

 すぐに沈痛な面持ちに逆戻りしていたけれど。


「あのね、ゴーレムに魔法を使わせるなんて普通はできないの」


「使えますけど?」


「貴方のゴーレムはね。一般的なゴーレムには人間と同じように魔法を使わせるなんて不可能なの」


「そうですか? 普通のゴーレムもいくつか魔法を使っていますよ」


「それはゴーレムとして動作させるための魔法でしょう」


 ボディの強化や変形もしくは接合するための魔法は必須だし他にも色々と魔法が使われている。


「それだって魔法です」


「だとしても、ゴーレムが目に見えてわかる魔法を使うなんて今まで無かったはずよ」


 見えるかどうかに関係なく魔法は魔法なんだけどなぁ。

 どの魔法でも魔力を用いて使用者のイメージを具現化することに差はない。

 そのイメージが空想に基づく大雑把なものか計算された情報によって構成されているかの差でしかないんだけど。


 あるいはゴーレムはイメージができないから魔法が使えないと言いたいのかもしれない。

 残念ながらそれは間違った認識だ。

 確かにゴーレムはイメージができない。

 が、ゴーレムの使う魔法は使用者のイメージを発露しているだけである。


「もっと柔軟に考えましょうよ、姉さん。あれも杖の一種として考えれば、そんなにおかしなことじゃないと思いませんか?」


「杖ですって?」


「ええ、魔力を込めるだけで特定の魔法が使える杖ってありますよね」


 そういうものは攻撃魔法が仕込まれた杖が多い。

 主に魔法使いが不得手な属性の魔法が必要になった時のために所持したりしているそうだ。

 魔法の使えなかった先代は、放逐された後に護身のための手段として入手に奔走した。

 魔力操作ができれば魔法使いでなくても使えるからだ。

 苦労の末に入手した杖はすぐに手放すことになったんだけどね。


「なんてこと……」


 愕然とした表情を見せたエレオノーラがコースの造成作業を進めているゴーレムたちに視線をやった。

 ゴーレムの動きを食い入るように見ている。


「前列のゴーレムたちは地面を掘るだけ。後ろは周囲の土を固めているだけ」


 どちらも単一の魔法しか使っていないことに気付いたか。


「だとしても、やっぱり普通じゃないわ」


 自分の目で確認しているはずなのに事実を現実として受け入れがたいようだ。


「そうですか? あのゴーレムたちは命令通りに動いているだけですよ」


 杖としての機能を持たせなければ空き地を歩き回るだけで終わったことだろう。


「命令通りって……」


「魔法を使いながら歩けという命令です」


「それだけ!?」


 何故か驚かれてしまった。


「遠隔で細かく操作しているものとばかり思っていたわ」


 そういうことですか。


「そんな訳ないでしょ。僕がいつゴーレムに指示を出しましたか?」


「えっと、魔法で?」


 無詠唱でパパッと魔法を使うから、そんな風に思われるのも仕方がないのかもしれない。


「御冗談を」


 思わず苦笑してしまう。


「リアルタイムでそんなことをしているなら、こうやって姉さんと話をするのもままならないですよ」


「……それもそうね」


 言葉の上では納得しながらも姉は腑に落ちないという顔をしていた。


「最初に細かく指定しておけば、さほど難しいことじゃないですよ」


 そう説明してもエレオノーラの表情は変わらぬままだ。

 しょうがないなぁ。


「これくらい細かな指示になりますけどね」


 そう言いつつ鞄から紙の束を取り出した。


「何これ?」


 受け取った姉は困惑している。

 紙に書かれた内容が文章の体をなしていない単語に記号や数字を組み合わせた羅列だから無理もない。

 俺にとっては宍戸紀文だった頃のことを思い返させてくれる懐かしいものなんだけどね。


 そう、この紙には機械制御のプログラム言語を参考に作ったゴーレムへの指示専用の術式が書き込まれているのだ。

 これを事前に読み込ませておけば実行を指示するだけで指定通りに動いてくれる訳だ。


「ゴーレムに対する指示書ですよ。これをゴーレムのボディを作成した際に読み込ませてあります」


 返事がない。

 どうしたのかと姉を見ると唖然とした表情のまま指示書に目を落とした状態で固まってしまっている。


「もしもーし」


 呼びかけても返事はないままだ。

 指示書を遮るように手を出して軽く振ってみると──


「はっ!」


 ようやくエレオノーラは我に返った。

 俺が手を引っ込めると、それに釣られるようにグリンと首を巡らせ俺を凝視してくる。

 ちょっとホラー映画っぽくて怖いんですけど?


「ハァ、本当に貴方という子は信じられないことをするわね」


「何がです?」


「ゴーレムに高度な指示を出すのに文字を使うなんて聞いたことがないわ」


「ああ、そのことですか。口答で指示すると細かな動きをさせるのが難しいですからね。なんとかできないかと知恵を絞った結果です」


 ちゃんと説明したのに何故か姉には嘆息されてしまった。


「それでゴーレムにしか理解できないような方法を編み出したの?」


 呆れた様子を見せながら聞いてくる姉である。

 編み出したというのは否定したいが、それを説明するとややこしいことになるのでスルーだ。


「ゴーレムには文章なんて無駄が多いですからね。極限までシンプルにしたらこうなったというだけですよ」


 またしても嘆息されてしまった。

 そんなに呆れられるようなことを言ったっけ?


「まあ、いいわ」


 姉は強引に折り合いをつけ納得することにしたようだ。


「とにかく予定した頃合いには車を走らせることができるようになるのよね」


「それはもちろん。もうすぐ1周しますから」


 俺たちが話している間も黙々とコースを作り続けていたゴーレムたちがこちらに戻ってきている。

 さほど待つことなくコースは完成するだろう。


 ちなみに自動車の組み立ての方はとっくに完了している。

 実は組み上がるのはあっという間だったんだよね。

 分割して運んできたとはいえパーツ数が少なかったおかげだろう。


 時間に余裕があるならテストドライブを先にしておくのも悪くないかな。

 自動車を作らせていた職人たちの姿はまだ見えないからね。

 先方が遅刻している訳ではなく、俺たちが非常識なくらい早く来てしまっただけなんだけど。


「このゴーレムたちはどうするつもりなの」


「車を組み立てた方は残しますがコースの造成をさせた方は分解しますよ」


 人型ゴーレムにはマネキン人形に感じるような無機質な不気味さがあると思う。

 そんなのが数多くいるせいか護衛たちですら何とも言い難い緊張感を漂わせていた。

 職人連中ともなれば畏縮しかねない。

 そういう意味では余裕を持って後始末できる時間に来られたのは良かったと言えそうだ。

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