第19話 異常繁殖?

 魔力波への干渉対策は監視カメラの魔道具本体を結界から遠ざけることで解決することにした。

 対象の部屋まで本体から2本のケーブルを伸ばし映像と音を拾う。

 ケーブルの片方は光を集め、もう一方は音を集める謎物質だ。

 イメージしたらできてしまったので原理とかはよく分からん。

 実際に試したら問題なく動作したんだから気にすることもないだろう。


 これを夜中の間に母屋に忍び込んで設置していく訳だ。

 侵入者が外部から来るとは限らないってね。

 俺の方から出向いてくるとはオルランも思ってなかったみたいでノーマークだったから侵入しやすかったよ。

 光学迷彩を使っていたから関係ないかもしれないけど。


 中に入った後はもっと楽だった。

 警備の人員は中にも割いておくべきだと思うんですが?

 まあ、その問いに答えられる者はいないんだけど。


 念のためリスタを見張りに立てて加工の魔法で監視カメラを埋め込んでいく。

 痕跡を残さないよう慎重に作業したため多少時間はかかった。

 もっとも、真夜中に活動している者など屋敷の中にはいなかったので発見されることはなかったのだけど。


 設置が完了したら早々に撤収だ。

 書庫に戻ってからリアルタイムで監視カメラの動作状態を確認して問題ないことを見届けたら作戦終了。

 後は森に行っていつも通り朝まで鍛錬という名の狩りをした。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



「なんだ、こりゃ?」


 その異変に気付いたのはオルランが視察に出て長らく留守だったからだと思う。

 でなければ森に設置した監視カメラをチェックしようとは思わなかったはずだし。

 おかげで、やたらとゴブリンが映っていることに気付けた。


「アイツら昼行性なのか」


 夜中はあまり見かけなかったから、そういうことなんだろう。

 だとしても数が多い。

 それなりに距離を置いて設置したはずの監視カメラのいずれにもゴブリンが映っている。

 単体ならまだ偶然だと思ったかもしれないが十数匹で群れていたので普通じゃない。


「リスタ、どう思う?」


 タブレットを覗き込んでいたリスタに聞いてみた。

 返事を期待した訳じゃないけど、異常事態かどうかの判断くらいはできるはずだから反応を見てみたかったのだ。


 で、どうだったかというと嫌悪感と敵意をない交ぜにしたような感情をタブレットの画面に向けていた。

 リスタにとってゴブリンとは決して相容れることのない相手のようだ。

 俺もそれには同意見である。

 あんなに群れていると嫌悪感も倍増だ。


 殲滅することになんの躊躇いもないのだが、同時に違和感を強く感じる。

 どうしてあの規模で群れるのか。


「これじゃあ、まるでスタンピードの前兆現象だ」


 自分でそう言って、ハッとした。

 どうしてすぐにそれを思い出さなかったのか。

 先代の記憶にヤバいのがある。

 ゴブリンの異常繁殖だ。


 シドが毒を盛られてから半年後に万を超えると目されるゴブリンが領内を蹂躙し壊滅状態に追いやられた。

 先代もその際に死に戻っている。

 領内で戦える人間の数などたかが知れているから守る対象は必然的に限られてしまう。

 伯爵家の生まれであろうと長兄にうとまれている末っ子など真っ先に見捨てられたという訳だ。


 ただ、死に戻りするたびに毎回そのイベントがある訳ではない。

 むしろ数多の死に戻りをしてきた中でも数えるほどである。

 それ故か先代は予兆を察知できなかった。

 森の奥でゴブリンどもが異常繁殖しているという予測は立てていたけれども、剣も魔法も使えぬ子供に確認する術などあろうはずがない。

 己の仮説を周囲の大人に聞かせたところで信じてもらえる訳もなく、という訳だ。


 せめて信じるに足る証拠があればオルラン以外の兄や姉たちは耳を傾けたかもしれない。

 生憎と書庫に押し込められた身にできることなど何も無いに等しい。

 仮に証拠を探すことができる立場であったとしても、危険だからと森の中へ調査に赴くことは許されなかったとは思うが。

 子供というのは不便なものだ。


 ひとつ疑問がある。

 森は確かに広大でゴブリンが異常繁殖しても万の数に達するまであふれ出さなかった訳だが、その数まで増えるのが一朝一夕でないのは明白だ。

 その期間、ゴブリンどもは何を食べていたのかということになる。

 さすがに先代の知識でも奴らが何を食べるのかという情報はなかった。


 アカシックレコードへアクセスし時間をかけて調べれば、いずれは判明するかもしれないが現実的ではない。

 飲まず食わずのぶっ通しで検索しても情報がヒットするかわからないし、中断すれば一からやり直しだからね。

 それよりも、ここは書庫だ。

 ミューラー伯爵家の名に恥じない膨大な数の本がある。

 先代が読み飛ばした資料もあるかもしれないということで魔物関係を中心に探してみましたよ。


「あった」


 数時間ほどで目的の情報が記載された本を発見した。

 書棚が項目ごとに整理されていたおかげだ。

 手書きで製本技術も拙く感じるのは活版印刷が普及していない証拠かな。

 紙質も日本人には馴染みの薄いパシャパシャした感じで古い前世の記憶が呼び起こされた。


「羊皮紙か。懐かしい」


 などと中世時代の前世に思いを馳せている場合ではない。

 ちゃんと調べないと。


[ゴブリンの生態は謎に包まれており食事を不要とする説がある]


 ガクー


 思わずズッコケましたよ?

 謎って何だよ、謎って。

 こっちはそれが知りたいんだっての。

 まだ続きがあるようだけど期待できないな。


[食事の要不要で言えば、どちらも間違っていない]


 どういうことだよ。

 なに言ってるかわかんないですね、の世界である。


[必要とするのは繁殖して増えたゴブリンであり、不要なのはダンジョンで生み出されたゴブリンである]


 そういうことだったのか。

 ちゃんと読まずに早とちりするのは良くないな。


[後者はダンジョンで魔力の供給を受けることによって生きながらえているものと考えられる]


 そりゃそうか。ダンジョン内に食材が豊富にあるとも思えないし。


[前者と後者では見た目や能力に大きな差異は認められないため同種であると見られているが、この違いから亜種であるとも考えられる]


 見た目と能力が似たようなものなら細かく分類しなくてもいいんじゃないですかね。


[決定的な違いは死んだ場合に死体が残るかどうかだ。前者は絶命後も死体が残る一方で後者は魔石と所持していた武器は残すが体はほぼ消滅する]


 それは確かに決定的な違いだな。

 ダンジョン産のゴブリンは、まるでゲームの中の存在みたいだな。

 魔力によって生み出された存在だから死体が残らなかったりするのだろうか。

 大いに謎ではあるが解明したいとまでは思わない。

 異常繁殖に関連する情報だったら調べもするんだけど、まるで関係なさそうだからね。


[例外的に右耳だけは残るため討伐証明部位となった経緯がある]


 そいつは知らなかった。

 謎は深まったが、どうでもいい。


 それよりもハッキリしたことがある。

 俺が森の奥で倒したゴブリンはダンジョン産ではない野良ゴブリンだということだ。

 死体が残っていたからね。


 ただし、監視カメラに映っているのが野良かどうかは分からない。

 死体が消える場合はダンジョンを探す必要がありそうだ。

 ゴブリンが異常繁殖するであろう原因としてもっとも疑わしいからね。

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