第36話 アリバイ作り

 オルランが消息を絶ってから、しばしの月日が流れた。

 たぶん3ヶ月くらいだけど数えるのが面倒でカウントはしていないため細かな日数はわからない。


 相変わらず次兄ガルフは連日のように長姉エレオノーラにボコボコにされながら扱き使われている。

 それでも隙を見て女の子に粉をかけているんだけどね。

 エロ脳筋と評したのは間違っていなかったようだ。

 問題を起こさなきゃいいんだけど、そのうち何かやらかしそうな気がする。


 やらかすと言えば、俺もやらかしたと言えるかもしれない。

 とは言っても向こうの事情には関係がないのが救いか。


「服がパツパツだ」


 サイズが合わなくなり始めているのは誰の目にも明らかだ。

 いや、ここには俺以外の人間はいないけど。

 いるのはリスタだけである。


 ただ、スライムに人間の服のサイズのことを言ってもわかろうはずがない。

 この数ヶ月でガリガリのやせっぽちだった貧相な体が肉付きが良くなり背も伸び始めたことくらいは認識できているけれど。

 さすがに服がどうこうと言っても俺が何を困っているのか不思議そうにされるだけである。


「どうしてこうなった」


 思わず口をついて出るが原因はわかっている。

 俺が魔法を使えるようになったことで先代の頃とは食事情が改善したためだ。

 わかっちゃいるけど言わずにいられないのが愚痴というものである。


「どうすればいいと思う?」


 リスタに問いかけるが、それは意味のないことだ。

 体が少々大きくなったところでスライムにとっては大した差には感じないだろうからね。

 もしもリスタが人語を話せたのであれば「ちょっと意味がわからないですね」とか言われそうだ。

 困惑の思念が送られてきたから似たようなものだと思う。


 まあ、返事を期待していた訳じゃないさ。

 考えを巡らせる間の手慰みのようなものだ。


 やらなきゃならないことは幾つかある。

 アリバイ作りもそうだが、服もどうにかしなければならないだろう。

 このまま成長が止まるなら今のままでもギリギリどうにかなるかもしれないが、栄養状態の良い10才児が成長しないはずがない。


 幸いと言うべきか、ここは倉庫だ。

 倉庫がわりに使われている離れと言うべきなのかもしれないが、実質的にそうなのだから細かいことはどうでもいい。

 大事なのは道具と材料があるかどうかなのだ。

 そして、それは両方ともそろっている。


 後は採寸して服を作るだけだが普通の子供には無理だろう。

 だが、俺は何度も転生してきた記憶と技術を持つ者だ。

 言うまでもなく仕立屋だったこともあるので服の1着くらいはどうってことはない。


「アリバイの方は作業しながらでも考えるとするか」


 問題の先送りで逃避したとも言う。

 サイコキネシスを使って自分自身を採寸。

 そこから型紙を作って布地を切り抜き縫製していく。

 前世で縫製の仕事をしていた頃はミシンを使っても時間がかかったものだが、今は自分の目を疑いたくなるほど瞬く間に仕上がっていく。

 魂が適合した世界だと、こんなにも素早く動けるのだということに改めて感じ入ってしまった。


 新しい服に着替えるとスッキリした気持ちになる。

 今までの服もドライクリーニングの魔法でこまめに洗ってはいたんだけどね。

 ドライクリーニングと命名したけど有機溶剤を使って洗う訳ではない。

 これは服を着たまま瞬時に衣類を洗って乾燥させる魔法である。

 今まで存在しなかった魔法なので作りましたよ。

 何日も同じ服を着てたせいでベタベタして気持ち悪かったから必死でしたともさ。


 何はともあれ新品の服は洗ったものとはひと味違う。

 そのせいで今この姿を見られたら新たに用意したことがバレてしまいそうだけど。

 何度か洗えば使い古した感じが出てくるとは思うけど、そこまでしようとは思わない。

 そのために手間をかけて一から作ったのだ。

 でなければクリエイションで服を作っているさ。


 これもアリバイ作りの一環だ。

 作業の痕跡なしに服を作ったなど怪しいにも程がある。

 間違っても盗んできたなどとは言われたくないからね。

 何でも難癖をつけてくるオルランがいなくなったとはいえ、ガルフだって短絡的に決めつけてくる恐れはある。

 このところずっと姉のエレオノーラに殴られながら扱き使われているからストレスたまってるだろうし。


 で、アリバイ作りというと本命の急激な体の成長に関しての解決案がない。

 要するに作業している間に何にも思いつかなかったということだ。

 没頭してしまった結果なので無理もないのだが。


「今さら痩せるのもなぁ」


 運動して体を絞っても病的に痩せたようには見えないだろうし。

 そもそも連日のように狩りに出掛けているから、ぽっちゃり体型ではない。

 ここから絞ろうと思うと食事制限をしなければならなくなってくる。

 断食して痩せたところで伸びた背丈は誤魔化せないから、そこまでするつもりもない。


 ならば成長してもおかしくない状況を作り出すのが現実的か。

 ただし、クリエイションで食べ物を用意していることを伏せた状態でだ。

 こんなの知られたらどうなることやら。


 盗みを働いていると思われるのもなしの方向でとなると難しいものだ。

 現状はクリエイション以外で食料調達する方法なんて皆無だし。


 肉類は狩りをして?

 魔法も使えない子供だと思われているから無理がある。

 それならまだ自分で作付けしたと言った方がマシだろう。

 ここには農具もあるし、食事が調理していない芋だけなんてことはざらだし。


「母屋から死角になる位置に畑を作って誤魔化せるものかね」


 微妙だとは思うが妙案のない現状では、これに賭けるしかない。

 という訳で異世界ひとり農業はじめてみました。


 ずっと前からやっているように見せかけなければいけないので最初は魔法を使わない。

 農地ではない場所を耕すのって大変なんだけど身体強化を常用しているので子供の体でもどうということはなかった。

 とはいえ、耕しただけで芋がわんさか育つなら苦労はしない。


 芋類は痩せた土地でも救荒作物としても知られているが、それでも土地の良し悪しで収穫の結果に差は出る。

 俺が急成長したことに説得力を持たせるには貧相な芋がちょろちょろとできている程度ではダメなのだ。


 という訳で枯れ葉を集めて肥料づくりもやりましたよ。

 通常は積み上げて発酵させるけど魔法で時短することにした。

 このためだけに発酵促進なんて魔法を新たに作り出しましたよ。

 こっちの人間は発酵の現象は知っていても何故そうなるのかとかには興味がないみたいだ。

 即物的だね。


 おかげで発酵を補助するような魔法を作ろうという発想が出てこないのかもしれない。

 そんな訳だから数分で肥料を完成させたと言っても誰も信じないだろう。

 同時にデオドラントの生活魔法を習得して肥料から臭気が出ないようにするのも忘れなかった俺を褒めたい。

 肥料の臭いでバレちゃ意味がないからね。


 で、何ヶ月も待ってられないので芋を育てるのにも魔法を使う。

 そんな訳でこれまた存在しなかった魔法を作りましたよ、促成栽培。

 魔力を大量投入するとニョキニョキと芋が生長していきましたとも。

 すぐ近くで見ていると不気味に感じたりもするくらい早かった。

 桁違いの魔力を注ぎ込んだからなのは言うまでもない。


 とにかく、芋ができればこっちのもの。

 収穫して作ってを繰り返し書庫内に溜め込んでいく。

 これを食べていることにすればアリバイ作りも完了だ。

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