第49話 シド、驚かれる

 しばらく呆然としていた一同。

 こちらから声をかけなかったのは俺の方でも何事かと混乱していたせいだった。

 耕作放棄地だった荒れ地をアサルトライフルを用い魔法で掘り返しただけだ。


 アサルトライフルはゴブリンどもを始末するのに用いたので、これが原因とは考えにくい。

 威力だって魔物を消し飛ばした時よりも抑えたので、これにも驚かれる要因はないはずである。

 本当に思い当たる節がないのだ。


「シド、大丈夫なの?」


 護衛たちよりも先んじて我に返った姉が驚きと心配をない交ぜにしたような表情で聞いてきた。


「は? 何がです?」


 大丈夫かと聞かれてもサッパリ意味が分からない。

 逆に問い返してしまうのも無理からぬことではないだろうか。


「あれだけ派手にやっておいて、ケロッとしてるのが信じられないのっ」


「派手にとは? 土が派手に飛び散らないよう調整しましたよ」


 こちらに飛んでこなかったことからも、それは明白である。


「そうじゃなくて!」


 苛立ちを隠そうともせずエレオノーラはピシャリと言い放った。


「やせ我慢してるんじゃないかと言っているのよ」


「そんなことを言われても……。何をやせ我慢するというのです?」


 問い返すと唖然とされてしまった。

 驚かれるようなことを言った覚えはないんですがね。


「その様子だと本当に平気みたいね」


 やはり意味が分からない。

 一体なんなんだ?

 わかるように説明してほしいものだ。


「あのね、普通はあれだけ魔法を連発して倒れない方がどうかしてるの?」


 そんなこと言われてもなぁ。

 どうして魔法を連発したくらいで倒れてしまうのかが理解できない。


「場合によっては死んでしまうことだってあるのよ」


 俺が困惑しいるのを見て取った姉が、どれほどのことなのかを強調するように言ってきた。

 死ぬってどういうことなのかと思うだけでピンとこなかったけどね。

 魔法を連発すると体力が削られたりするのだろうか。

 だとすると10才児の俺が危険なことをしたというのも分からなくはない。

 病弱だと言われて書庫に押し込められていた訳だし。


 とはいえ俺自身は病とは無縁と言って良い健康体である。

 死に瀕するような状態に陥った覚えはないし、わずかにでも体力を削られたような感覚すらない。


「御覧の通りなんともありませんが」


「魔力欠乏は見た目じゃ分からないわよっ」


 軽くキレられてしまった。

 それにしても魔力が尽きてしまうことを心配をしていたのか。

 魔力を消耗しすぎると死んでしまうことがあるなんて知らなかったよ。

 先代の知識にも無かったことからすると滅多にないことだとは思うけど。


「そうなんですか? 魔力でしたらまだまだ余裕がありますよ」


「は?」


 俺の言葉が理解できないと言わんばかりの「は?」だ。


「見栄を張っている場合じゃないのよ」


 エレオノーラのまなじりが吊り上がっている。


「見栄ですか? そんなものを張って何の得があるんです?」


 と聞き返してみたものの姉の態度は変わらない。

 これだけでもオルランと違ってエレオノーラが俺の魔力を感知することはできないらしいというのが分かる。

 誰でもできる訳じゃないらしいから無理もないのか。

 むしろ相手の魔力量を感じ取ることができる者は非常に少ないそうだし、そういう測定ができる魔道具も存在していないらしい。

 一般的に魔力量がどれほどあるのかは自己申告となるのだろう。


 見栄を張る奴が出てくる土壌はありそうだ。

 いざという時に活躍できず役立たずの烙印を押されるだけだとは思うのだが。


「今と同じくらい魔法を使っても魔力が尽きることはないですが」


 かなり控えめに言ってみた。

 でないと荒唐無稽なホラを吹いたことにされかねないからね。

 にもかかわらず姉の表情はより険しくなってしまった。


「本気で言ってるの?」


「嘘をついてどうするんですか」


 このままでは話が平行線をだたどるばかりで何も進まない気がしてきた。

 しょうがない。

 デモンストレーションを追加するとしよう。


 今回はアサルトライフルを使わない。

 左手を横に伸ばして掌を上に向ける。


「これでも嘘だと思いますか?」


 掌の上に炎を灯し一気に大きくした。

 だいたい十数メートルの高さにはなるであろう火柱が吹き上がるとドサドサという音が聞こえてきた。

 護衛の何人かが尻餅をついたからだ。


「おっと、これは失敬。先に予告しておくべきでしたね」


 そう護衛たちにわびてから炎を消し姉の方へと視線を戻した。


「御覧の通り無理はしていませんよ。まだ信じられないというのであれば他の魔法も使ってみせましょうか?」


 返事を聞く前に今度は大人を優に飲み込んでしまえる大きさの水球を頭上に作り出した。

 それを掘り返した土地の上へ向けて射出し上空で破裂させる。

 破裂した水球は雨のように地面へと降り注いだ。

 そして上空に七色のアーチがかかる。


「お、虹ができましたね。これはちょっと僕も予想外でした」


 上を見上げながら思わず苦笑するが誰からもリアクションがない。

 雨が降った後に虹ができることがあるなんてのは当たり前すぎただろうか。

 そう思って振り返ってみたが……


「あれ?」


 またしても唖然としている一同を目撃することになってしまった。

 火柱のようにビビらせることはないと思っていたのに、この反応。

 本日二度目の「どうしてこうなった?」である。


「おーい」


 呼びかけるとエレオノーラがハッとした表情となり我に返った。


「ちょっと、シド!」


 血走った目で姉が迫ってくる。


「おおっ、どうしたんです?」


「貴方、その年でふたつも属性魔法が使えるの!?」


「は?」


 ふたつもって何だ?


「年齢は関係ないでしょう」


「大いにあるわよっ。貴方くらいの年齢で多彩な魔法が使えるなんてことはないのよ」


 ありゃ、やっちゃったか。

 それも知らなかったな。

 どうも先代は本には載っていないような魔法使いの常識的なものにうといところがあったみたいだね。


「だとしても、属性ふたつくらいで驚きすぎじゃないですか? 大袈裟ですよ」


 ハハハと笑って流そうとしたのだけど。


「ふたつくらいでって、あのねえ……」


 姉は呆れたように大きく嘆息した。


「まるで他にも属性が使えて当たり前みたいな言い方しないでくれる?」


 そんなことあってはたまらないと言わんばかりに頭を振るエレオノーラ。


「使えますが、何か?」


 あ、固まった。

 そんなに驚愕されるようなことじゃないと思うんだけどなぁ。


「氷も──」


 少し離れた場所に氷柱をドーンと立てる。


「風も──」


 ウィンドカッターで氷柱の上部を斜めに切り落とし。


「雷撃も使えますね」


 サンダーボルトで落ちた氷の塊を破砕した。


「他にも色々使えますけど、変わったところだとこんな芸当もできます」


 影操作で影の触手を作り氷柱の残りを締め上げて粉々にした。

 護衛たちから短い悲鳴が上がったような気がしたけど狙い通りだ。

 余計なことを喋ると、こういう目にあうかもしれないという刷り込みはできたはずである。


 一方で姉はどうだったかというと、影操作の魔法を見て固まった状態から復活できたようだ。

 目を大きく見開いているので驚いたままではあるようだけど。

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