第54話 取り引き

 会長と朝食を食べ終わると、生徒たちが登校し始める。良い時間になったようだ。

「さーて、じゃあ、お仕事しますかー。」

 会長はそう言うと、伸びをして体をほぐす。口ではめんどくさそうに言っているが、表情は穏やかだ。

 俺もゴミを片付けて教室に行く準備をする。

「ルーカス君、みんなのことよろしく頼むよ。特にイムニスはその心の底を見るのは大変かもしれない。でも、あのナガラ先生が推薦したんだ。きっとできるって信じてるよ。」

 そう言って会長は先に生徒会室を後にした。

「そういうことね…」

 俺も顔を洗っているヴァーレンに肩に乗るよう合図をおくる。ゴミを片付けて、教室に行く準備をする。イツキが俺にさせたいことがなんとなく見えてきた。それのついでに青春をしろということか。

 目下の課題はやはりイムニスとイリスだ。

 あいつらの扱い方を把握しないと何も始まらない。


 俺は今の目標を更新して、生徒会室の扉を閉めた。


「───だから、私のものになりなさい。決して損はさせないわよ。」

 イリスは肘をつきながら何回目かわからない勧誘をしてくる。

「はいはい。すごいすごい。」

 俺は横のイリスからの誘いを躱しつつ、今日の予定を立てていた。

 午後に時間が空いたら庭園館に行くとして、その時間がどれだけ取れるか。

 そんなことを考えながらペンを走らせていると、ふと、嫌な考えにたどり着いてしまう。

 さっきの会長の言葉、まさかと思うがこいつのことも含まれているのではないだろうか。

 「みんなのこと」と彼女は言った。ならばそれはどれだけの範囲を指すのか。

 俺の手が届く範囲のことを指すのなら。イリスも対象ということだ。

「はぁぁ…」

 気づきたくないことに気づいてしまった。

 俺はでかいため息をつきながら席を立つ。

「どうかしましたの?」

「こっち。」

 俺はイリスの手を掴んで二人で教室を出ていく。

「ちょ、ちょっと!?」

 俺は有無を言わさずに教室を出ると、イリスを階段裏に連れ込む。イリスは突然のことに驚いていた。

 俺は壁に手をついて、壁際までイリスを追い詰める。

「…おい、取引だ。」

「な、なんですの…?」

 こんな提案俺からしたくもないが、他ならぬ戦友のためだ。じゃなかったら絶対にこんなやつに関わらない。

「俺はお前のものにはならない。」

 その可能性がないことを俺は念押ししておく。

 イリスは首を横にふる。

「それは嫌。私はあなたが───。」

「その代わり!」

 イリスの言葉を強引に遮る。

「俺が今まで培ってきた魔法の技術。全部お前にやる。」

「───!」

 こんな提案今まで誰にもしていない。マリアナにだって全ては教えなかった。

 だが、こいつを変えるためには、こちらもそれ相応のものを差し出さないといけない。そうじゃないとこいつは俺のテーブルに着かない。

「お前が望めば、魔法の到達点の一つを教えてやる。」

「どんな魔法なんですの…?」

 イリスは圧倒されたまま、そう聞いてきた。

「魂魄魔法の究極。転生魔法だ───。」

 俺は今回の人生で、今まで口にしなかったことを話した。

「転生…そんな、おとぎ話のような魔法が、本当にあるんですの…?」

 俺は呆気にとられているイリスの目を真正面から見据える。

「ある。俺自身がその証拠だ。」

 前世のことまで教える義理はないが、これくらいならば話してもいいと判断した。

 それと、村にいるときに僅かではあるが、前世の俺の情報を商人が知っていることがあった。

 その話によると、エルラド・クエリティスは魔法研究中の事故死となっているらしい。転生魔法を研究していたことを王は知っているはずだ。事故死として処理されているのは少し違和感がある。

 ともあれ、そのことは今はさして重要ではない。

 イリスがそれを信じてくれるかどうか。

「…一つだけ、お願いがありますの。」

 イリスは俺の目を見ながらそう告げる。

「教えてくれ。」

「あなたが転生者であるという明確な証拠を見せることはできて?」

 やはり口で言ってもそう簡単に信じてくれはしないようだ。ならば二の矢を放つまで。

「できる。今日の魔法実習、テーマは入学時の実力テスト。そこで俺の中で最強の魔法を使う。それはかつて師匠に『最強の長距離砲』と言わせた、とある魔法使いの固有魔法だ。」

 固有魔法とはその名の通り、その魔法使いにしか使えないものを指す。

 それらの魔法は絶対にが使われている。俺のスターダストレンジなら、その立体魔法陣そのものが特別なものになる。

 俺は壁から手を離すと、イリスから離れる。

「返事はそれを見てからでもいい。考えておいてくれ。」

 それだけ言うと、俺は一人で教室に戻っていった。


「俺が今まで培ってきた魔法の技術。全部お前にやる。」

 それは衝撃の提案だった。

 私の誘いを断ったときもそれなりに衝撃を受けた。だが、この男は私にその技術を提供すると言ってきたのだ。当然なんの見返りも求めていない。

 この世には技術料があるということぐらい、私だって知っている。これはその技術料を度外視した提案と言える。

 正直、意味がわからなかった。

 そんなことをして、この男になんの特があるのか。私の部下になって高待遇を受けたほうがこの男にとっても利益があるはずだ。


 私は理解できない感覚を覚えたまま、教室に戻っていった。

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