第13話 眠りの中で
俺が目を覚ますとそこはマリーの自室だった。確かお父さんに植物のことを聞いた後、彼女の家に来たはずだ。
それにしてもさっきの夢は中々に辛いものがあった。やはりああいうものは決別すると心に決めても、容赦なくやってくるものだ。今更アリサのことはどうとも思っていないが、彼女のことを愛していた過去は消えない。彼女を愛した時間は呪いになり、悪夢という形で俺に襲い掛かって来た。
俺は失恋はアリサが初めてだ。この悪夢がどれだけ続くのか、それは未知数だ。
「はぁ…」
ため息をついて横を見るとマリーが寝ていた。
なんでこの子はこうも無防備なのか。一応横には子供とはいえ男がいるんだから、もう少し警戒してほしい。
俺はマリーを起こさないようにそっと立ち上がる。そして、彼女の机の上に積まれている紙の山に手を伸ばす。これは俺が今まで調べ上げたノノベ村周辺の植物図鑑の原本だ。
この地道な調査をすること数か月。ようやくまとめた資料の束が、書籍と言っても差し支えないほど分厚くなっていた。
そして、寝る前にマリーが用意してくれたのは本の装丁用の道具一式だった。俺が使っていたものと似ている。
今ならマリーも昼寝しているし、誰にも見られる心配はない。今の内にぱぱっとやって本を完成させるか。
俺はページの順番を考えながらサイズの合ってない椅子に腰かけた。
何かを叩く音が聞こえる。そこまでうるさくなく、一定のリズムで繰り出される音はどこか心地よかった。
うっすら目を開けると、そこは私の部屋だった。いつもの見慣れた家具や壁紙には安心感すらある。しかし、音が鳴る方を見ると、そこには誰かが椅子に腰かけていた。
一瞬疑問に思ったが、その見慣れた後ろ姿を見て私は安心する。
ああ、なんだ。ルー君か。
私は微笑みながらルー君が机に向かっている姿を見守る。あんなに小さいのに、道具をせわしなく動かしており、一生懸命何かを作っているみたいだった。そういえば、本の装丁用の道具を義父に用意してもらったんだった。多分だが、今まで二人で集めてきた資料をまとめて、本にしているのだろう。
全く、お昼寝の時間ぐらいゆっくりすればいいのに、本当に好奇心旺盛な子だ。
しかし、ルー君が起きたのなら、そろそろ起きなければいけない。彼一人だと怪我をしてしまう可能性もある。私は眠い気持ちを抑えつつ、重い体を起こそうとする。
だが、何故か体は思うように動かなかった。
さっきから頭にはもやが掛かっているような感覚があるし、眠気が一向にとれない。
「うーん…」
私が小さく声を上げると、ルー君がこっちに気が付く。その手を止めると、振り返ってこちらのことを確認する。そして、手に持っていた道具を置いて、ベッドに近づいてくる。
「ごめん、起こしちゃったね。まだ寝てていいよ。タッチオブスリーピング。」
ルー君はそう言うと、私の頭に手を乗せてくる。そして、そのまま優しく撫でてくれた。なんだかさっきよりも眠くなってきた気がする。
「おやすみなさい、マリー。」
ルー君が何か歌を歌っている。よく聞こえないがとても落ち着く歌だ。そのまま私は再び瞼を閉じてしまう。
しかし、その最後に見えたルー君の姿はとても大人びて見えた。
本作りの作業がひと段落したので、最後に重しを乗せておく。こうしないと本として完成した時にしっかり閉じなくなってしまう。
それにしても流石に疲れてきた。
いくら魔法で強化しても元の体が三歳児なので、体力もあっという間になくなってしまう。こればっかりは肉体の成長を待つしかない。
マリーの部屋に置いてある時計を見ると、もう夕方の五時だった。そろそろお暇する時間だ。
「ん、ん-!よく寝たわぁ…あれ?ルー君、起きてたの?」
ちょうどいいタイミングで魔法の効果がきれてくれた。さっきマリーに使ったのは振れた相手を眠らせるというシンプルな魔法だ。精神魔法と条件魔法の応用なので、上位魔法の部類に入る。こういうのは習得すると今回みたいに日常生活でも役に立ったりする。
「マリーおはよう。よく寝れた?」
「おはよう…ええ、よく寝たわ。ルー君はどう?寝れた?」
俺は机の方を指さす。マリーは首を動かして机の上にあるものが何か見ようとしていた。
「俺はちょっと早く起きたから、本作ってた。悪いけど今日一日は机から動かさないでほしい。お願い。」
俺はマリーにぺこりと頭を下げる。紙とペンを貰って、本の装丁道具を借りて、あまつさえ机も貸してくれと言っているんだ。ここで頭を下げない奴が居たら見てみたい。
「うん、いいよ。ルー君がそうしたいんだもんね。わかった。今日一日任されました。」
「ありがとう。じゃあ、俺そろそろ帰るね。お母さんに怒られちゃうから。」
「いい時間だもんね。それじゃあ、気を付けて帰ってね。バイバイ。」
「また明日ね。」
俺はそう言うと、マリーの部屋を出て、彼女の家の玄関に向かう。それにしても大きい家だ。個人部屋の大きさもかなりあるし、シックな木材で内装がまとまっていた。
彼女の家の玄関を抜けて外に出る。そのまま帰路に着こうとしたその時だった。
「おい、お前なんでマリーの家から出てくるんだよ?」
「え?」
俺は質問の意味が分からなくて気の抜けた返事を返してしまう。振り返るとそこにはいつも俺のことをハブって遊んでいる男の子たちだった。
「とぼけんじゃねーよ。俺らだってまだ入ったことないのに!この抜け駆けした雑魚が!」
「やれやれ、キモいんだよ。剣も碌に使えない雑魚。」
あー…なるほどね。自分の好きな年上のお姉ちゃん取られて嫉妬してるんだ。子供とは自分の相手をしてくれる人と取られるのを嫌うものだ。こいつらのことなんか全然興味ないが、教えといた方が誤解も解けるだろう。
「別に仕事で行ってるだけだから気にすんな。じゃあな。」
俺はそれだけ言うと、来た道を引き返す。このまま家に帰った方が良さそうだ。
「こいつ!そういうすかしてるところがウザいんだよ!」
「弱いくせにイキりやがって!」
「二度とマリーに近づくな!」
俺はひらひらと手を振るとそのまま家を目指した。
なんだか変な奴らに目をつけられてしまったようだ。
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