第12話 過去
薪が燃える音がする。音がする方向と距離、どちらも聞きなれた場所からのものだ。どこか懐かしいような気もする。
静かに、しかし確かに鳴っているその小さい燃焼音で俺は目を覚ます。
ここは?
俺が目を開けるとそこにはいつもの研究室があった。俺の家の二階に作った大きな研究室。転生魔法の研究に専念するために保管庫とは別に用意した俺の部屋。向こうは云わばただの物置だが、こちらには研究に必要な資料を全て用意してある。
目の前には組みかけの三層目の魔法陣の図面がある。どうやら俺は寝てしまったようだ。確か昨日もこの層の魔法式を組み上げていたはずだ。
「なんだ…すっげぇ頭痛い…」
激しい頭痛がするが、俺は構わずペンをとる。確か、ここの魔法式を繋げるところだったか。うたた寝をするなんて俺らしくもない。
ペンを走らせながら、俺は何か視界に違和感を感じ取る。
なんだ?
いつもあるものがそこにない。何かが欠けている。だが、何がないのかがわからない。
何とも言えない嫌な感覚が広がっていく。
「うぅ…」
頭が痛い。
どうやら根を詰め過ぎたようだ。さっきから体の調子が悪い。うたた寝をしていたことも含めて、疲れているらしい。
動かしていたペンをペン立てに戻し、俺はインク入れの蓋を閉める。なんだか妙な閉塞感も感じる。風邪でも引いたか。
俺は椅子から立ち上がって振り返る。すると、そこには黒いローブを着た何者かがいた。
「誰だお前?どうやってここに入った?」
俺の研究室の扉には許可した人以外開けられない条件魔法をかけてある。知らない奴がそうそう入れる場所ではない。
そいつを警戒しながら、俺はオルカンを召喚する隙を伺う。
「忘れたの?あなたが自分で入れてくれたんじゃない。」
その言葉を聞いて訝しむ。
俺が許可した、だと?
その言葉に動揺していると、さっきも感じた喪失感が再び襲ってくる。さっきからなんなんだこの感覚は。
「探しているのはこれ?」
そいつの手に握られていたのは俺の薬指に嵌まっている筈の婚約指輪だった。
俺は急いで自分の左手を確認するが、そこに指輪はなかった。
「そんな。なんで召喚魔法が発動しない…!?」
あの指輪に触れれば即座にここの研究関係の物は、全て保管庫に送られるようになっている。
何故その魔法が発動していないのか。ちゃんと動作テストもしてある。必要魔力も十分溜めてあるはずだ。
「ふふっ。それもあなたが許してくれたんじゃない。」
そう言うとそいつの体がゴキゴキと音を立てて変形し始める。
骨格が大きく歪み、背骨が巨大化して肉が千切れて中の骨が露出していく。首が縦に裂けて血が噴き出し、中から無数の長い牙が姿を現す。
「この化け物が!消し飛ばしてやる!」
俺はすばやく魔力を練り、敵を攻撃するために魔法陣を構築する。
「召喚。来い!オルカン!」
俺はいつも通りに召喚魔法を使い、オルカンを呼び出そうとする。しかし、どれだけ待ってもオルカンが出現することはなかった。
「どうして!?」
「私が許可してないからよ。」
俺が敵の方を見ると、そこには衝撃の光景が広がっていた。そいつが被っていたフードが破れて床に落下する。
伸びきった首の先にぶら下がるように付いている人間の顔。その顔はアリサのものだった。
「なんで…」
俺が、あまりに変わり果てたアリサの姿に思わずそう漏らす。だが、当の本人は俺のそんな姿を見て酷く不気味な顔で笑っていた。
「あなた、愛してるわ。」
逆さまになったまま、左右に僅かに揺れているアリサの顔。その表情は口以外微動だにしていない。その無機物感と俺が知っているいつものアリサの姿があまりにかけ離れており、俺は思わず後ずさる。
「やめろ…」
「愛してる。」
アリサのようなものはその場から一歩も動かずに、その長い歪な首をこちらに伸ばしてくる。その間も首は僅かに左右に揺れている。
「やめろ!来るな!」
「愛してる。」
アリサだったものの長い髪が左右に振られ続ける。まるで振り子のように一定のリズムを刻みながら、生物ではないと主張するかのように。
「やめろ!シールド!」
俺は防御の魔法を発動する。しかし、奴の顔が障壁に張り付くと、そこから焼けるような嫌な音と煙を上げながら強引に迫ってくる。
「来るな!来るなぁぁあ!!」
化け物の顔は焼け焦げながらシールドにひびを入れてくる。全力で魔力を込めているのに全然押し返すことができない。
そして、ひびは全体に拡がり、遂には突破してくる。
「あぁたぁ、愛してる。」
そいつは俺の目を正面から見定める。俺は恐怖のあまりそこから一歩も動けなくなってしまう。
何故動けない。こんな命のかかった場面は今まで何回も切り抜けてきた。
なんで俺は立ち止まっている。まだ魔力だって残ってる、戦える。
まだ俺は死んでない。扉からでも窓からでもいい、逃げるなら早く逃げるんだ。
なのに────。
「バイバイ。」
俺の心はとうにボロボロになっていた。
化け物の首が更に縦に裂けて、一瞬で俺の頭を齧り取る。
俺の意識はそこで途切れた。
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