第34話 決着

 化け物は私の杖を見た瞬間飛び上がり、私から距離を取る。

「その杖はぁぁあ!!影を殺した、あいつのぉ!」

 さっきまで浮かべていた笑みは怒りの表情に代わり、戦闘態勢に入っていた。

「…杖がなんだか知らないけど。これ以上好き勝手なことさせないから。」

私はルー君に教えてもらった通りに魔力を集中させる。体の中の魔力を回し、杖に集めていく。

 その様子を見ていた化け物は腕を伸ばしてこちらに直接攻撃を仕掛けてくる。

「無駄よ!」

 私は攻撃前にシールドを張り、敵の攻撃を防御する。

「ちぃ!硬いぃい!!」

 向こうの鋭い爪がシールドと接触し、火花を散らす。だが、それ以上爪がこちらに迫ってくることはなかった。

 シールドは敵の攻撃を防ぎ切り、私に時間をくれた。

「今度はこっちの番よ!くらいなさい!ファイアボール!」

 私は魔力を集中させ攻撃用の魔法を展開する。だが、敵はこちらの弾道を読んで、いち早く回避してくる。私が撃った魔法は敵の背後に着弾し、そこで大きな爆発を起こす。

 それを見て敵の表情に、再度余裕の色が戻ってくる。

「ははぁ…そういうことか。お前も弱い!」

 黒い化け物がこちらの攻撃を避けてすごいスピードで肉薄してくる。

「早い…!でも!」

私は更に連続で魔法陣を展開し、ファイアボールを連射する。だが、敵はそれを見るなり、全ての攻撃をギリギリで回避してくる。

「くっ…!どうして!?」

 何度撃っても攻撃が当たらない。しっかりと狙っているのに、敵の動きが速すぎて全て避けられるのだ。

 私は訓練と実践の難易度の開きに愕然とする。

 私でもできると思っていた。

 あれだけルー君に教えてもらったのだ。私も戦えるはずだと。

 敵の爪がこちらに迫ってくる。気味が悪い笑みを浮かべてその腕を伸ばす敵は、勝利を確信しているようにも見える。

 「とどめの一撃は油断に一番近い。絶対に忘れないでね。」

 ふと、私の中にルー君の言葉が蘇る。敵の表情、喉元に迫る攻撃。


 まさに、とどめの一撃。


 私に残っているものは何?

 魔力。まだ全然戦える。武器。杖はルー君にカスタマイズしてもらった私専用のもの。他の戦力。周りにいる兵士が数人。

 必死に頭を回す。ここから何をすればいいのか考える。一瞬が無限に引き延ばされたような感覚に陥る。

 ギリギリまで考えた中で私は一つの作戦を思いつく。

 必要なのは相手の予想を上回る攻撃。

「…」

 私は無言で杖を向ける。向こうの攻撃が迫ってきているがお構いなしだ。

 相手は私を弱いと言った。何故か。私の戦闘技術や使える魔法の種類など、挙げ始めればきりがないだろう。


 だが、その中の一番大きい要素はだ。


 ここはルー君が帰ってくる場所。その留守を、私は託されたのだ。


「ファイアーボール。」

 その時、敵と私との距離は僅か2メートル。だが、私はその一瞬を見逃さなかった。黒い化け物は爆破の直前で、

 敵の目の前で発動した魔法は、私もろとも巻き込んで大きな爆発を起こす。私は爆発の衝撃で吹き飛ばされて地面に転がる。

 服は所々破れ、土埃でひどく汚れている。だが、そんなことを気にしている余裕はない。

 全身に走る痛みに耐えながら、急いで立ち上がる。敵の方に目をやる。

「ぐぅぅ…貴様ぁあ…」

 その黒い化け物の左腕がなくなっていた。どうやらうまくいってくれたらしい。右腕で左肩を抑えながら、敵は苦しそうな表情をしている。

「魔力さえ補給できれば…!こんな奴に…!」

 このまま畳みかける。


 そう思った時だった。


 私の背後から、誰か男の人が飛び出してくる。その人は剣を構えながら、敵に向かって行く。だが、その切先はブレブレで、普段から訓練していないのがまるわかりだ。走る度に重心が左右に振られている。

「よくやったお前ら!俺が殺してやるよ!!」


 その男の正体は、ダニエルだった。


 その状況に私は焦り始める。ダニエルが勝てるような相手ではないのは馬鹿でもわかる。だが、問題はそこではない。

 ダニエルが邪魔で、敵が見えないのだ。

 わざわざ私の射線上を走っているせいで、とどめの魔法を撃つこともできない。

 やっとの思いで作ったチャンスが、一瞬の内に消えていく。

 そして、敵の右腕が細かく分かれ、油断していた三人の兵士を貫いていく。

「な、なんだ?ぐあああああああ!」

「痛い痛い痛い痛い痛い!」

「助けて!死にたくない!」

 そんな。せっかく、守れるはずだったみんなが。

 そんな彼らを無視して、ダニエルは剣を振り下ろす。

「死ねぇぇぇぇぇ!」

 だが、当然のようにダニエルの攻撃は弾かれ、剣はあらぬ方向に飛んでいく。

「へあ…?」

「キキキ!キキキキキキ!!」

 ダニエルが弾かれた衝撃で、その場でへたり込む。それでようやく敵が見えるようになる。すると、敵の左肩がぶくぶくと膨れ上がっていた。

 何かの攻撃かとも思ったが、敵は目の前のダニエルを無視している。

 嫌な予感がした。だが、私の最も威力が高いファイアーボールでは、目の前のダニエルも巻き込んでしまう。

「邪魔!早くどいて!」

 私はかつてない程の怒りを露わにし、ダニエルに怒鳴りつける。

「え?え?」

 当の本人は何が起きているのか全く理解していない。その場で座り込んだままこっちを見ている。なんで敵から視線を切らないという基本すらできないのか。

 膨れ上がった肩から、敵の左腕が再生していく。

「ありがとうぅ!おかげで回復できたよぉぉぉおおお!じゃあ死ね。」

 敵が溢れんばかりの笑顔でお礼を言うと、ダニエルに腕を振り下ろす。

 この距離ではシールドの強度が弱すぎて、使い物にならない。

 また守れない。

 私が戦意喪失しそうになったその時、私の背後から一筋の光が走った。

 その光そのままは敵の胸の中心を撃ち抜く。

 敵の視線が自身の胸部を見た後、私の方を見る。

「…もう来たのかよ。あーあ。もう少しだと思ったのになぁあ。」


「遊び過ぎたな。そのまま終われ。」


 私が振り返ると、そこにはボロボロの姿になったルー君がいた。肩で息をしており、横には見たことがない大きな魔法陣が展開されている。そこから再度光が放たれる。


 胸部を大きく抉られた敵は、塵となって崩れ去った。



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