第62話 ハリボテ
「なんてな。」
俺はイツキに笑いかける。
「冗談だよ。俺はなんにも変わってないさ。」
吐露した真実を覆い隠すように俺は言葉を並び立てる。
「大丈夫だ。俺はお前らとの思い出があれば生きていける。」
弱音を吐くなんて俺らしくもない。俺はいつでも笑って、誰かに振り回されていればそれでいい。
しかし、イツキの心配そうな面持ちは全然変わらない。
「私にできることはないの…?」
「お前は、ここの子供たちをしっかり導いてあげろ。それだけで十分だ。」
俺はイツキにそれだけ言うと席を立つ。
「ルーカスさん、お待たせしました。お茶の準備ができましたよ。」
そこで、ちょうど奥にいるイグルムから、声がかかる。
「そうか。今行く。」
俺はちょっと大きい声で返事をして庭の方に向かう。だが、その前に扉の前で振り返る。
「ああそうだ。目標なら今さっき作ったやつがあるぞ。」
「何?」
「この世界は本当に守るだけの価値があったのか確かめることだ。オルカンにこっぴどく言われたからな。俺ももう少しこの世界を見てみるよ。」
俺は人の醜い部分に今まで目を向けてこなかった。そこをちゃんと見定めるのだ。
それにここは王都。万が一魔族が出現しても国の戦力が対応してくれる。もう、俺が最前線で戦うこともないだろう。
命の危機がない生活。それは、俺がずっと欲していたものの一つのはずだ。
「イツキももう教師なんだから俺に肩入れし過ぎるなよ。」
俺は転生をしてからというのも、ここまで散々だ。手に入れたものより失ったものの方が多いように思う。
俺の心は削れていく一方。
だから確認させてほしい。
この世界はこんなにすばらしいのだと。
仲間を、この手で殺した価値があったのだと。
一週間後。
無事に出席停止の期間が過ぎ、俺は今日から晴れて校舎に入れるようになった。一週間かけて仲間二人の機嫌をとり、なんとかこれまでの生活に戻った。ヴァ―レンも今は俺の肩に乗っている。
今日は珍しく風が強い日だった。洗濯物が飛ばないか少し心配だ。
俺はこの前と同じように早朝に生徒会室を訪れる。
そこには外の景色を見ながら窓に寄りかかっている会長がいた。
「あー。問題児君だ。」
会長は俺が入ってきたことに気が付くと、微笑みを浮かべてからかってくる。
「嫌なあだ名ですね。いじめだ、いじめ。」
俺は扉を閉めて、会長の方に歩いていく。よく見ると横に席が二つ並んでいる。今日俺が来ることを予想していたのだろう。
「いじめじゃないもーん────。」
そこで一際強い風が生徒会室に吹き荒れる。
そして、それはちょうど会長が窓から離れようとしていた時のことだった。
僅かに揺れる程度で終わるはずだったスカート。しかし、それは吹き込んだ風の影響をもろに受けてしまう。
俺の前に会長の白く美しい足と、その付け根がさらけ出せれる。
時間にして0.1秒以下だろう。会長はそれが見えるとほぼ同時にスカートのすそを掴んで抑え込んだ。
「…見た?」
「…がっつり。」
会長は無言でスカートのすそを掴む。ぷるぷると震えているのがわかる。
そして、顔を赤くしながら、こちらにズカズカと歩み寄ってくる。俺はその迫力に負けて、壁際まで追い込まれてしまった。
そして、壁に手をついて俺のことを見下ろす。
「あーあ。いけないんだー。王女の下着見るとか、死刑でもいいんだけどなー。」
会長は目に涙を浮かべながら、必死に口では強がっていた。それは大人びている普段とあまりにもギャップがあり、完全に一人の少女になっている。
「弁解の余地もございません。」
顔を赤くしながら俺の顔を上からのぞき込む会長。その姿があまりにもかわいそうで、俺はそう言うしかなかった。
「よろしい。被告人に判決を言い渡す。判決は────。」
俺は会長の判決が出るのを無言で見守る。
「有罪。僕の言うことなんでも一つ聞く刑に処す。」
「えー。」
俺が不満を示すと、会長が俺の顎を掴んで小声でささやく。
「本当に死刑でもいいんだよ…?」
俺はそれを聞いて不満を言うのをピタリとやめる。
会長は壁際から離れてくれると、腕を組んで大げさに踏ん反りかえる。
「これに懲りたらもう二度と罪を犯さないように!そして────。」
一瞬だけ言葉が詰まる。
「し、下着のこのことは…他言無用である…」
会長は目線を逸らしながら、小声で口止めしてくる。
俺も仰々しく跪いて、顔を上げる。
「温情ある判決、誠にありがとうございます。王女殿下の寛大なお心に感謝いたします。今後は自身の罪を認め、一生その罪と向き合っていく所存です。」
俺がそう言い終わると同時に再度強風が入ってくる。
そして、今度は会長が腕を組んでいたこともあり、それはさっきよりも長い時間が経過した。
会長は窓を勢いよく閉めると、涙目でこちらを睨んでくる。
「し、死刑…!ぐすっ…」
そう言って泣き出す会長に、俺は謝り倒すことしかできなかった。
一通り謝り終えて、何とか許してもらえた俺は、会長と朝ご飯を食べていた。
「はぁ…もうお嫁にいけないよ。僕、王女なのに…」
「その、すいません…」
俺は年頃の少女のあられもない姿を見たとこに罪悪感を覚えていた。
「あと、それはそれとしてなんですけど。会長って王族だったんですね。初めて知りました。」
俺はこの絶望的な空気をなんとかするために、無理やり話を変える。
「…え!?知らなかったの!?」
会長はパンケーキを口に運ぶのをやめて、こっちに驚きの表情を向けてくる。
「はい。さっき知りました。イリスのお姉さんなんです?」
俺がそう聞くと会長は残念そうな顔をする。
「まあ、うん。そうだよ。僕が第一王女。イリスとは最近話してないかな。お互い忙しい身だし。それになんだか、嫌われてるみたいだし。」
「イリスに、ですか?」
会長はパンケーキを飲み込むと、小さく頷く。
「昔はよく遊んでたんだけどね…そういえば、ルーカス君はイリスと親しいのかい?イリスが呼び捨てを許すなんて、中々ないことなんだけど。」
確かに。イリスはクラスメイトには様付けしてもらっている。
第一印象が最悪だったのもあって、俺はもう呼び捨てのまま今日まで来てしまった。これも本当なら不敬罪になるんだろうか。
「親しいというか、まあ、はい。一緒に勉強するくらいには、ですかね。」
会長はそれを聞くと、食器を置いて肘をつく。
「そっか。じゃあ、イリスは大丈夫そうだね。君がついてるんだもの。」
「心配事があったんですか?」
「イリスはわがままだったからね。自分の思う通りに進まなないとすぐ不機嫌になる子だから。クラスで孤立しないか心配してたんだ。」
わがままなのはその通りだ。俺に胸を押し当ててきたこととか今思い出しても気分が悪くなる。
「ねえ、ルーカス君。時に話は変わるんだけど、僕みたいな人がああいうの着けてるのって、男の子からしたらやっぱり変、かな…?」
「え?何の話ですか?」
俺は今までとの話のつながりが見えてこなくて、気の抜けた質問をしてしまう。
「だから!その…スカートの下の話…」
俺はそれを聞いて顔を青くする。
「あ、ああ…えっとその…」
せっかく躱せたと思ったのだが、思い違いだったらしい。俺は激しく言い淀んでしまった。
「ほら、僕って女子から王子様とか言われるからさ。ああいうのやっぱり似合わないのかなって…」
これはどうやらふざけているのではなく、マジの質問らしい。なら、俺もまじめに答えなきゃいけない。そうじゃないと死刑にされる。
「あくまで個人の意見ですけどいいですか。」
「聞かせて。」
俺は嫌われること覚悟で馬鹿正直に思ったことを口にする。
「普段クールな会長がああいうの着けてるの男なら最高だと思いますよ。」
言っていて思ったのだが、これは本当になん話だ。
この国の王女の下着についてガチの感想をいう後輩。状況だけ聞いたら意味不明にもほどがある。
「そ、そっか。えへへ。そうなんだ…!」
でも、どうやら当の本人は嬉しかったらしい。
俺はぎりぎりの綱渡りを走り切り、なんとか生き残ることができた。
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