第63話 距離感
会長との意味不明なやりとりを終えた俺は、自分の教室で授業が始まるのを待っていた。転生魔法の資料を作って時間を潰していたのだが、周りからの視線が終わっていた。
ちらほらと聞こえてくるのだ。
「例の問題児───。」
「庶民のくせに───。」
ヴァーレンを左手であやしつつ、俺はペンを走らせる。教師に手を挙げたんだからそうなるよねって感じの反応だ。二層目の魔法陣を改良していると、俺の上から影が落ちてくる。
「えらく複雑な魔法陣ですわね。内容が全くわからないですわ。」
俺が顔を上げると、そこにはイリスが立っていた。
「おはよう。超位魔法だからな。絶対わからせるから、そこは安心しとけ。」
さも当然のことのように俺は答える。イリスはなんとも言えない顔をしていた。
「…もう驚きませんわよ。」
「そんなことより、もうすぐ授業始まるぞ。」
俺はキリが良いところでペンを止めて、資料の束を片付ける。ヴァーレンを椅子に下ろすとちょうど授業が始まった。
初日は説明ばかりでとても授業と言える内容ではなかった。それもあって、俺は人生で初めてまともな授業を受けた。
結論から言うと、アホほど暇だ。
「ここはテストに出るからなー。」
そう言われるとそこの説明をノートに写し出す生徒たち。俺もメモと取る振りをして、さっきの続きを再開する。
「ねぇ、ルーカス。例題に入ったわよ。次当てられるのあなたよ。」
「え?」
俺はイリスからペンで突かれて、黒板の方に目をやる。そこには組みかけの魔法陣が描かれている。
「───ここを、ルーカス君。わかるかい?」
俺はその魔法陣を覚えると、いつも通り感覚で空欄の場所を組み上げていく。
「…コンティニュアルライト。」
「正解。よくわかったね。そう、ここはさっきの魔法式がそのまま使われていて───。」
どうやら正解らしい。俺はまた視線を下に戻す。さっきの続きをしようと思ったところで、横から再度ペンで突かれる。
「今度は何?」
「わからないから教えて欲しいわ。」
そう言ってイリスは俺のすぐ横まで移動してくる。彼女の肘が僅かに俺の左腕に当たる。
近い。
「…教えるからもうちょっと離れて。」
俺が横に逃げようとすると、イリスは俺のすぐ横に張り付いてくる。
「離れたらあなたの声が聞こえないじゃない。それで、どうやって解いたの?」
その目は至って真剣で、真面目に魔法を学ぼうとしているように見える。どうやら今はそういうつもりはないらしい。
それがわかると、そんなことばかり気にしている自分がアホらしくなってくる。
「…さっき。メモした式があるだろ。分解して説明する。」
思考を切り替えて、俺もイリスに真面目に教え始める。
俺は自分のメモ帳にそれぞれ魔法文字を書いて、それがどんな影響を現実に起こすのかをイリスに説明する。
「───なら、ここはどうなの?」
「それは───。」
イリスは俺が説明したことを片っ端からメモしていく。
そのまっすぐな姿勢に俺は素直に感心する。テストの時に垣間見えた努力の成果は見間違いではなかったようだ。
こいつは手段があれだっただけで、魔法を学ぶ意思はちゃんと持っている。
なら、魔法使いとして俺がやるべきことはその意思に相応しい知識を伝えることだ。
「この例題が早く終わったらこれも解いてみろ。さっきの魔法陣が理解できてるならすぐ解ける。」
俺はイリスに無理をさせない程度に負荷を掛ける。人の集中力と言うのはそう長くは続かない。いかに効率よく学べるか。それも魔法を上達するにあたって重要になってくる要素の一つだ。
「む、難しいですわ…」
「さっき説明したことをゆっくり思い出せ。細かく分解して見るんだ。」
俺だって最初はそこからスタートした。アスティアに出会う前は教えてくれる人なんて誰もいなかった。だから、自分のやり方で這い上がるしかなかったのだ。
でも、イリスは元々最高の教育を受けている。なら必要なのは、ほんの小さな手助けだけだ。
「ここはさっきのと同じ…なら、こっちの魔法門が違う…?っ…!ライトチェイサー?」
俺はイリスが完成させた魔法陣を覗き込む。
「そう思った決め手は?」
イリスは俺の方に自分が書いたノートを見せてくる。
「光という点ではさっきのと同じ式が使われてましたわ。でも、その先でこっちは魔力への干渉式が入ってますの。これに範囲の指定まで組み込まれたら、一般的にはこの魔法しかありえませんわ。」
俺はイリスのノートに丸をつける。
「正解。ここは条件魔法にもよく出てくる式だ。今のうちに覚えておいて損はないぞ。」
俺は昔やっていたやり方をイリスにそのまま教え込む。知識単体では頭から抜けていく速度も早い。それを防ぐために、知識と知識を紐付ける。こうすることで一つ思い出すと連鎖的に思い出せるようになる。
「わかったわ。ねえ、ルーカス。ちょっと昨日のところでもわからないところがあったの。見てもらってもいいかしら?」
そう言って、イリスは昨日のノートと遡り始める。
「それはまた今度の放課後な。今は先生の話を聞いとけ。」
俺は今覚えてくれたことを定着させるために、あえて待ったをかける。焦りすぎて全て覚えても、これまた抜けていく速度も早くなる。必要なのはそのギリギリを見極めることだ。
「もう…わかりましたわ。っ!」
イリスは観念すると、視線を前に戻す。するとそこで驚いたような顔をする。
「どした。」
俺も前を見ると、ほぼ全員の視線が集まっていた。
「さ、さあ…?なんでしょうね…」
イリスもオドオドしている。俺もなんの視線なのか皆目見当も付かなかった。
「あー…イリス様。いいですか?」
ばつが悪そうな顔をしながらクーベルズ先生がイリスに声をかける。
「どうかしまして?」
「その、お二人の仲がよいのは承知しているのですが、授業中はもう少し控えていただけると助かります。」
…はあ?
コイツと俺の仲が良いだって?先生も冗談が上手い。そんなこと天地がひっくり返ってもあり得ない。
先生は一体どこを見てそう言っているのか。
そう思って横のイリスの方を見る。
「っ!?」
俺が振り返るのとほぼ同時にイリスもこちらを向く。だが、驚いたのはそこではない。
イリスと俺との間隔が、ほぼゼロ距離だったのだ。
「どわぁ!?」
俺は急いでイリスから距離を取る。なんでこんなに接近されるまで気がつかなかった。普段ならここまで近くに人を近づけることなんて絶対しない。
「その、失礼しました。」
俺は自分を落ち着かせるために先生の方に謝罪する。
いくら集中していたとしても、今のは気を緩めすぎだ。
俺は頭を振って気持ちを切り替えると、自分の作業に戻っていった。
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