第64話 ミス

 放課後になると、俺は朝のように生徒会室に向かう。先に来ていたイムニスと他愛のない会話をしながら、他の人が来るのを待ていた。

「ああ、そうだ。イムニス、今日の夜って時間あるか?」

 俺はこの一週間で考えていたことを思い出す。

「んー?あるけど、どうしたの?」

 イリスは魔法を教えることで、その心の内を探ることにした。そして、イムニスはイムニスで、俺は別のことを考えていた。

「一緒に遊ばないか?」

「いいよ!」

 彼女は即答すると、口元を大きく歪めて笑う。

「デートだねぇ…!」

 その大きな尻尾をユラユラと動かしながら、両手で顔を触る。

 その怖い笑顔を見て、俺は急いで訂正する。

「遊ぶだけだから。デートじゃない。」

 それを聞いて、イムニスの目が細くなる。

 一瞬不味いか、と思ったが、次に聞こえてきたのは呆れ声だった。

「はぁ…お兄ちゃんはわかってないなぁ…貴族の女の子を夜に呼び出すって、告白してるのとほぼ一緒なんだよ?」

 人差し指を立てて、イムニスは俺にその意味を教えてくれた。

「え、そうなの…?」

 当然だが俺はそんなこと一ミリも知らない。

 どうやらこの国ではそんな風習があるらしい。

「そうなの!だから───。」

オムニスは俺の首元を引っ張ると蠱惑的な笑みを浮かべる。

「今日はかっこいい服で行ってあげる。」

 それを聞いて、これはさすがに不味いと確信する。

「いや、今着てる制服でいいから。服変えるとそっちの方が誤解され───。」

「やあ二人共、お待たせ。」

 なんとか訂正しようと足掻いていると、ちょうど最悪なタイミングで会長達が姿を現す。

「おや?イムニス、何かいいことでもあったのかい?」

 イムニスはいつものように会長に抱きつくと、とんでもない爆弾を投下する。

「今日お兄ちゃんとデートする!」

 それを聞く前と後とで会長の雰囲気が明らかに変わった。

 これは不味い。

 なにがとは明確には言えないが、致命的に不味いことになった気がする。

「…ふーん。そうなんだ。なるほどねぇ───。」

 会長からの視線がいつもより冷ややかに感じる。朝の強風どころではない視線だ。

 しかし、イムニスが顔を上げる頃にはいつもの視線に戻っていた。

「いいんじゃない?後輩と親睦を深めるのも大事だからね。それじゃあ、席について。今日の仕事を始めようか。」

 そう言って会長たちはいつもの席につく。他のメンバーも何事もなかったように席に座る。

「それじゃあ、今日のそれぞれのやることを伝えるね。」

 それぞれの仕事が割り振られていく。まるでさっきの視線が俺の幻覚だったのではないかと錯覚するくらいだ。

 いや、それこそが真実だったのかもしれない。

 怖い会長なんていなかった。

「じゃあ、みんな、お仕事お願いね。」

 その一声で近い行事の確認や、それに伴う経費の計算など、各々の仕事が始まる。

 俺の仕事は、庭園館に花束用の花に関することで打ち合わせに行くというものだった。

 会長と一緒に生徒会室を後にする。当然向かうところは別々だ。

「ああ、ルーカス君、ちょっといいかな?」

 扉を閉めたタイミングで、会長が俺を呼び止める。

「なんです?っ!?」

 振り返るのとほぼ同時に、会長が俺の体を引き寄せる。


「明日の朝は必ず来るように。ほら、返事は?」


「は、い…」

 俺はその得も言えない迫力に負けてか細い返事を返す。

 すると会長は俺のことをすぐに解放してくれた。

「会長、今何か言いました?」

 そのすぐ後に、生徒会室からガルシアが顔を見せる。

 彼の耳がぴょこぴょこ動いている。

 今の会長の話を扉越しに聞き取ったのだろうか。

「んーん?やっぱりなんでもないや。じゃあねー。」

 すでに会長はいつもの雰囲気に戻っていた。

 取り残された俺とガルシアはそこに棒立ちになっている。

「迫力すご…」

 俺がボソッと呟くと、横にいたガルシアが首を傾げる。

「やっぱり何か言われてた?」


 イグルムの待つ庭園館に訪れた俺は、いつものように彼女と一緒にお茶をしていた。

「これが欲しい花束のサイズと個数ね。事前に伝えていたものと間違いない?」

「はい。大丈夫です。生育も順調ですし、このままいけば文化祭には間に合いそうです。」

 文化祭というのは来月にあるこの大学の行事だ。

 王都の人だけでなく、周りの町からわざわざ見に来る人もいるくらいでかいイベントらしい。

 普段大学で行われている研究などを発表する場でもあると会長は言っていた。

「毎年どれだけ準備しても、当日は100%トラブルが起きるから。まあ、ほどほどに頑張ろうね。」

 会長はそう言って疲れた顔をしていた。

 感覚としては村でやっていた狩猟祭みたいなものだろうと勝手に思っている。

「あ、イグルムは去年も文化祭に参加したんだよな?」

 ふと目の前でお茶を飲んでいるイグルムが目に留まった。

「ええ、参加しましたよ?」

「どんな感じなの?」

 彼女はお茶を置くと、記憶を辿り始める。

「んーと、私はここで来たお客様の対応をしていたので、外がどんな感じなのかはあんまり…姉さんの話ではすごく楽しいらしいです。」

「イムニスの感想か…」

 俺はそれを聞いて少し不安になる。

 あいつの楽しいは、一般的なものとはベクトルがズレている気がするのだ。


 俺は一抹の不安を覚えながら、イグルムとの打ち合わせを進めていった。

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