第65話 分岐

 イグルムとの打ち合わせを終えた俺は寮まで帰ってきた。本当なら寝たいところだが、夜になったらイムニスとの約束がある。それまでにまた出かける用意をしなければいけない。

 寮のエントランスの扉を開けて建物の中に入る。そして、俺の部屋の方に向かおうとすると、数人の生徒が道を塞いでいた。

「すまん。通してほしい。」

 話込んでいるそいつらに話しかけて、道を空けてもらおうとする。というか、エントランスに歓談スペースがあるんだから、そこでやってくれよ、と内心思ってしまう。

「ミーディア様…来ましたよ。」

 その男は耳打ちされると、他の子を押しのけてこちらに近づいてくる。

 そいつは同じクラスのネイロ・ミーディアだった。

「おいお前。これ以上俺のイリスに馴れ馴れしくするのはやめろ。運よく推薦枠で入っただけの庶民が王族と話すなんて、身分の違いを弁えろ。今日なんてあまつさえイリスとあんなに近くに座り込んで話しやがって…!イリスのむ、胸を左腕で触ってたの、俺はわかってるんだぞ。どうせあのデカい胸と顔だけで好きになったんだろ?ガワしか見てないゴミ野郎が…!」

 俺はその物言いにポカーンとする。

「えぇ…?」

 ワンテンポ遅れてそうつぶやくのが限界だった。

 イリスは王族。それを俺が呼び捨てにしてるのをよく思わないのは納得できる。

 だが、その先は勝手な勝手な妄想だ。

 そもそも今日寄って来たのはイリスの方だ。それであいつの胸に当たってたらしいが、それを不快に思ったのならイリスの方が逃げるはずだ。それに、あの性格を知れば、どれだけ魅力的な外見をしていてもかなりキツい。

 だが、俺はそこで一つの閃きを得る。

「もしかして、お前、イリスのこと好きなのか?」

 俺がそう言うと、ネイロは更に怒りの表情を浮かべる。

「好きなんじゃない!あの女は元々俺の物だ!あのデカい尻も胸も俺以外に触っていい奴なんか一人もいない!あんな穢れを知らない体に触りやがって!」

 穢れを知らない体、か。

 俺は何も知らないであろうネイロに冷ややかな視線を送る。

「…へぇー。そうだといいな。」

 その時、俺の頭にイリスに胸を押し付けられたことがフラッシュバックする。

 クラッとして若干ふらついてしまった。あのクソ女。出会って数日の男にあんなことをする尻軽女を、俺が好きになる訳ないだろ。

 会長とイツキの後押しがあって、はじめて俺はイリスの教育に重い腰を上げたのだ。

「イリスのことが好きなら。頑張ってくれ。あれと結婚するのは大変だと思うけど、応援してるよ。」

 あの性格についていくのは正直ツラいだろう。俺なら多分無理だ。

 俺はネイロの恋に激励だけすると、そいつらの間を通り抜けて、自分の部屋に帰っていった。


「すまん。通してほしい。」

 陰湿な雰囲気を振りまきならがそいつは俺の前に姿を現した。

 このゴミだ。

 今日俺のイリスを抱き寄せて、偶然を装ってその体をまさぐっていたクソ野郎。俺が先生に告げ口してやめさせるまで、ずっとイリスにへばりついていやがった。

 イリスはずっと下を向いて勉強に励んでいた。

 それなのにこいつは、横の席なのをいいことにイリスにすり寄り、自分の体を密着させていた。最初は体を近づけるだけだったのだが、次第に距離を詰めていって最終的にイリスの体に触りやがった。

 俺は仲間に少し下がるように触れて、その庶民に話しかけてやる。

「おいお前。これ以上俺のイリスに馴れ馴れしくするのはやめろ。運よく推薦枠で入っただけの庶民が王族と話すなんて、身分の違いを弁えろ。今日なんてあまつさえイリスとあんなに近くに座り込んで話しやがって…!イリスの胸を左腕で触ってたの、俺はわかってるんだぞ。どうせあのデカい胸と顔だけで好きになったんだろ?ガワしか見てないゴミ野郎が…!」

 俺はイリスのすばらしさを知っている。いつも笑みを絶やさず、周りに優しさを振りまいてくれる清らかな淑女。

 今日も放課後に一緒に茶会をしたのだ。その間もイリスはずっと笑顔で居てくれた。俺の魔物を倒した時の話をずっと興味津々で聞いていた。「さすがですね!」「知らなかったです!」「すごいですね!」「せっかくなので────!」「そうなんですね!」そうやって相槌を打ちながらイリスは俺の話を心の底から楽しそうに聞いてくれた。

「えぇ…?」

 そいつは馬鹿にしたような顔でそう言うと、俺を更に怒らせてくる。

 なんなんだこいつ。そもそも俺だって貴族だ。その俺から話しかけてやってるんだから跪くのが当然だろう。

「もしかして、お前、イリスのこと好きなのか?」

 いつそんな話になったんだ。こいつ本当に俺の話を聞いていたのか。

「好きなんじゃない!あの女は元々俺の物だ!あのデカい尻も胸も俺以外に触っていい奴なんか一人もいない!あんな穢れを知らない体に触りやがって!」

 イリスの極上の体に女性以外で触れていいのは俺だけだ。

「…へぇー。そうだといいな。」

 そう言うとそいつは身体を揺らして、こっちを馬鹿にしたような表情をする。

 こいつ…!

 あのババアの後ろ盾がなければ退学させてやるというのに。同じ庶民同士で慣れ合うとは、下等な連中はこれだから救えない。

 俺がムカついていると、そいつは馬鹿にしたような態度のまま煽ってくる。

「イリスのことが好きなら。頑張ってくれ。あれと結婚するのは大変だと思うけど、応援してるよ。」

 そのクソ野郎はその負け惜しみを言うと、俺の前から逃げていった。

 自分が結婚するからお前は無理だ、と言外に言っているのが丸わかりだ。

 とことん俺を馬鹿にしやがって。

 そこまで言うならやってやる。


 俺は俺の女を救ってやるために、仲間を連れて歩き出した。

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