第66話 近づくということ
俺は準備を済ませて訓練場でイムニスを待っていた。
今日から始まるのは後衛の俺としては苦行以外の何物でもない。でも、だからこそやる意味がある。
誰かが歩いてくる音がする。
俺はコートを脱いで静かに息を整える。この装備もここに来るまでの道のりで手に入れた、現状での最高の防具だ。
「お兄ちゃんごめんねー。待った?」
イムニスの姿が月明りに照らされて浮かび上がる。
いつものスカートではなく、半ズボンに半袖という軽装だった。タイツを履いており、その足はいつもより艶めかしく写る。
「…今来たとこ。」
俺はイムニスの方を正面から見据える。向こうは俺と一定の距離を空けて、その歩みを止める。
「それで、告白してくれるんだっけ?」
イムニスはからかうような笑みを浮かべながら首をかしげる。
「そんな恰好で来て、何言ってるんだ。そっちも俺が何をしようとしてるのか、わかってるんだろ?」
「…まあね。」
俺は夜風が流れる訓練場でイムニスに頭を下げる。
「俺に稽古をつけてほしい。」
俺は真面目にイムニスに頼み込む。向こうがどんな顔をしているのかは知らないが、なんとなく笑っている気がする。
「いいよー。でも、それだとお兄ちゃんぼこぼこにされるけど大丈夫?」
俺が頭を上げると、そこには準備運動をしながら体を伸ばしているイムニスがいた。やはりその顔は笑っている。
「わかってる。それでも、頼みたいんだ。」
イムニスはそれを聞くと、笑いながら構えをとる。
「お兄ちゃんも変わってるね。私と戦いたいなんて言ってくる人、お兄ちゃんが初めてだよ。」
「まあ、自分の為だからな。」
嘘だ。俺は近距離の戦闘なんて覚えたくもない。だが、この先のことを考えると、どうしてもここでイムニスの稽古を受けておく必要がある。
俺は自分に身体強化の魔法をかけて構える。
「いつでもいいよ。」
イムニスは手で「来い」と合図する。
「行くぞ。」
「うん。」
俺から駆け出して距離を詰める。イムニスの体めがけて全力で殴り込んでいく。
右腕に力を込めて、足を強く踏みしめる。ヴォルガがやっていたことを見よう見まねで突っ込んでいった。
そして、俺の攻撃が直撃する直前まで動かないイムニス。その一撃で決めきるぐらいの勢いをつけ、俺は拳を振りぬく。
結果は────。
「満足した?」
俺は地面に叩きつけられていた。
「はぁ、はぁ…」
俺は全身の痛みを感じながら体を起こす。
本当に一瞬だった。
イムニスは俺の突き出した右腕を掴むと、そのまま地面に叩きつけてきた。受け身を取る暇すらなく、俺は大の字になって倒れていた。
「マジか…」
今、イムニスは一切の魔法を使っていない。つまり素の身体能力と戦闘センスだけでこれなのだ。
「マジだよ。どうする?やっぱやめる?」
イムニスは俺を見下ろしながらその金色の瞳を細める。彼女は俺の覚悟を値踏みしながら、俺がなんて答えるのか待っていた。
正直、ここまでの開きがあるとは思っていなかった。もう少しくらい食い下がれるだろうと高をくくっていた。
しかし、現実はそう甘くない。
こういうのを天賦の才というのかもしれない。
「やめるわけないだろ。もう一本頼む。」
俺は立ち上がると、再度自分に身体強化を掛ける。
「クヒヒヒ!お兄ちゃんならそう言ってくれると思ってたよ。じゃあ、いっぱい遊ぼうね!」
俺はゼロから始め直すつもりで、再度イムニスに突っ込んで行った。
楽しい。
どれだけ殴っても、どれだけ投げても向かってくる。
かつてこれだけ私に食い下がって来た者がどれだけいたというのか。私の稽古役の騎士でさえ、開始数分で泣いて帰ってしまった。
それからは会長と出会うまで、ずっと誰も戦ってくれなかった。もし、戦いになっても弱すぎて話にならなかった。
最初にこの人を見た時に感じたのだ。
この人は他の人と違う。
私の魔眼である神秘眼は人の本質を見抜く。具体的にはその人の魂を見ることができるのだ。
貴族の殆どはその魂が醜い形をしている。欲望に塗れ、自分の力を誇示することしか考えていない者ばかり。貴族同士のマウントの取り合いでいかに上に立つか、どうやって位の高い貴族に取り入るか。
そんなつまらない者ばかり見ているせいで最近はげんなりしていた。
ナガラ先生がお兄ちゃんの話を持ってきた時も、最初は期待していなかった。どうせこいつも貴族に気に入られる事を考えて大学に来た、面白くない奴だと決めつけていた。
生徒会室に一人で残っていたとき、私の神秘眼にそれが写ったのだ。
強い意志を持った、ボロボロの魂。その輝きはこれまで見たことが無いくらい強い光を持っていた。それはブレない強い精神を持っている証拠だ。
なのに今にも崩壊しそうなくらいにボロボロな外見。
まさにちぐはぐ。
その強さで、なぜそんなに魂がボロボロになっているのか謎だった。
だから思わず手を伸ばしてしまったのだ。
この学園に来て、会長に声を掛けられた時も、自分からは行かなかった。それなのに、その眩く脆い心を持った人に私は惹かれてしまった。
私と同じなのかもしれない。この人も一人だけで生きていたのかもしれない。
この人なら私の苦しさをわかってくれるかもしれないと。
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