第67話 不機嫌
「おい、朝だぞ。」
俺はオルカンのその一言で目を覚ます。
「眠い…体がダルい…」
靄がかかっている頭を軽く振って無理矢理体を起こす。
昨日は散々な結果だった。結局一本も取れないまま月が高くなり、俺達は解散した。
イムニスは終始満足げな顔をしていた。僅かだが、また彼女の核心に近づけた気がする。その奥底を見るまでもう止まることはできない。
最初にイムニスが言っていた。「裏切ったら許さない」と。彼女の心を完全に解きほぐすまで離れることは許されないだろう。
俺はベッドから起き上がって、顔を洗ってくる。戻ってきてヴァーレンの方を見ると、まだ丸くなって寝ていた。
「あれ…?」
俺は机に置いてある朝食とお弁当が目についた。
「俺が作った。早く褒めろ。」
オルカンの方を見ると、優雅に足を組んでソファに腰掛けていた。昨日は朝に起きれる気がしなかったので、目覚まし役にオルカンを召喚してそのまま寝た。
てっきりオルカンも寝ていたものだと思っていた。だが、こいつは俺のために今日の分のご飯を用意してくれていたらしい。
「ありがとう。すごい嬉しいし、助かるよ。」
オルカンはそれを聞くと満足げに頷き、ソファから立ち上がる。
「その言葉が聞けて満足だ。じゃあ、俺は帰るぞ。」
「ああ、ありがとう。」
俺はオルカンを帰還させて、用意してもらったものをカバンの中にしまう。ベッドで寝ていたヴァーレンはいつの間にか寝返りをうっている。
仰向けで眠そうにしているので、俺は起こさないように静かに抱える。
「行こうか。」
俺はヴァーレンを抱っこすると、そのまま自分の部屋を後にした。
生徒会室の扉の前まで来た俺は扉をノックする。
「失礼します。」
俺が中に入ると、そこにはいつもの制服姿の会長が座っていた。
「…やっと来た。」
その顔はいかにも不機嫌という感じで、足をパタパタしている。
「で、イムニスとのデートは楽しかったのかい?」
「だから、デートじゃないですって。そろそろ機嫌直してくださいよ。」
俺はなんとか会長の機嫌をとろうとする。会長はそんな俺の様子を見ると、ため息を付く。
「はぁ。確かに任せはしたけど、いきなりデートはやり過ぎ。なんか疎外感あって、僕寂しかったなー。」
そう言いながら会長は俺のことをチラ見してくる。
彼女がどうすれば機嫌を直してくれるのか見えてきた。俺は会長のそばにいくと、そのまま跪く。
「…お嬢様、何かご要望はありますか?」
俺がそう言うと、会長は悩む素振りを見せる。
「君は何をしてくれるのかな。」
「お嬢様の望むことなら、なんでも。」
俺はふざけたことを大真面目に口にする。
なんで朝からこんなこと、と思いもした。だが、会長だって本気で怒っている訳ではない。それくらい俺だってわかっている。
今やるべきことは会長の冗談に付き合うことだ。
「なら、まずはご飯を食べさせてもらおうかな。」
「かしこまりました。」
俺は会長の前に置かれているパンケーキをを切り分けて、会長の口に運ぶ。
「あーん…うん。ふふっ…く、苦しゅうない。」
会長はその空気に耐えきれず、笑いがこぼれてしまう。俺はそれをスルーしてさらに演技を続ける。
「ありがたき御言葉です。ああ、私としたことが、お茶を淹れ忘れてました。すぐにご用意いたします。」
俺は食器を置いてお茶を入れようとする。
「フフフッ…!もういいよ。僕が淹れるから。わがまま言ってごめんよ。」
会長は俺の手を止めると、立ち上がって自分でお茶を淹れ始める。
「そういえば、会長は、なんでお茶を自分で淹れるんですか?」
俺は立ったまま横で会長の手順を見て覚える。
会長は手を動かしながら俺の質問に答えてくれた。
「ああ、そういえば言ってなかったね。んー、僕って誰かをそばで支えるのが好きなんだよね。」
茶葉を入れてお湯を注ぎ、砂時計を返す。そしてこちらを向くと、柔らかい笑みを浮かべる。
「疲れたときに差し出されるお茶ってとても嬉しくないかい?」
「それは…そうですね。」
俺は昔のことを思い出す。
「あなた、そろそろ休憩したら?お茶、淹れたわよ。」
「いらっしゃい、ルー君!今日はお茶菓子もあるからゆっくりしていってね!」
それらの記憶に俺は強引に蓋をする。
「それが心の底からの優しさなら、どれだけ幸せか…会長と結婚する人が少し羨ましいです。」
俺は思ったことをそのまま口にする。俺の出会ってきたような欲にまみれた奴らとは違う。
純粋に、大切な人を想う心から生じるその優しさが、あまりに眩しかったのだ。
俺のその言葉を聞いて、会長の動きが一瞬止まった。しかし、すぐに普段の動きに戻る。
「そんな口説き文句もってるなんて、君も中々やるね。なら、いい褒め言葉をくれた君にご褒美をあげるよ。」
会長は棚の方にいくと、そこから一つの桐箱を持ってくる。なんだろうか。
「なんと、今日はお茶菓子付きさ。」
会長が箱を開けると、そこには数枚のクッキーが入っていた。どこかで買ってきてくれたのだろう。
俺と会長はいつも通りご飯を少しずつ交換する。楽しくおしゃべりをしながらご飯を食べていった。
今日はいつもより会長に笑顔が増えていたような気がする。
「どうぞ。」
そして、俺は差し出されたクッキーに手を伸ばす。
「いただきます。」
お菓子なんて久しぶりに食べる。会長が出してくれたのはただのクッキーではなく紅茶の風味がするものだった。
バターがふんだんに使われており、柔らかく甘い。そして、ほのかに香る紅茶の香りがその甘さに彩りを加えてくれる。
「どう…?おいしい?」
会長は俺の顔を覗き込んで、感想を聞いてくる。
「おいしいです。会長が淹れてくれるのと同じ茶葉ですよね?すぐにわかりましたよ。」
俺がそう言うと、会長の顔に笑顔が咲く。
「そ、そっか。えへへ…気づいてくれた。嬉しいな。」
茶葉のことを言っているんだろう。俺だってそこまで馬鹿舌ではない。それくらいの味はわかる。
まあ、でも、自分の好みをわかってくれているというのは、ある意味お互いの距離の指標だ。それが明確に言葉にされて嬉しかったのだろう。
俺は普段より笑顔が多い会長と、いつもりよちょっとだけ楽しい時間を過ごした。
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