第68話 報告書

「ああ、そうだ。ルーカス君、一つ、僕から君に話があるんだ。」

 俺はヴァーレンを撫でながら、会長の言葉に耳を傾ける。

「何かあったんですか?」

 会長は鞄から数枚の紙を取り出すと、それを俺の前の机に差し出してくる。

「読んでみて。」

 俺はヴァーレンを撫でるのをやめて、その紙を手に取る。

「拝見します。」

 その紙束を見てみると、中身は報告書だった。

「封印されていた魔道具の移送および、それに伴って発生した事故について。」

 俺はその報告書を読み進める。

 ここよりも北部の国で見つかった人形。それは強力な封印が施されており、厳重に守られていた。それを開放して兵器として運用するために、同盟国であるネカダに、封印解除の研究のため移送していたらしい。

 しかし、その移送中に事故が起きた。

 輸送隊が強力な魔物に襲われて、人形をロストしてしまったらしい。

「現在対象は目下捜索中であり、見つけ次第、当初の予定通り大学の研究室に送り届ける予定です。ほえー。これがどうしたんですか?」

 俺が目線を上げると、会長は真剣な目つきでこっちを見てくる。

「それ、本当に事故だと思う?」

「…え?」

 俺はそれを聞いて、気の抜けた返事をしてしまう。

「輸送隊は二国の騎士団が担っていた。仮にも国の主力の騎士たちが、ただの魔物の事故で対象をロストすると思うかい?」

 俺はそれを聞いて、嫌な予感がする。確かに読み返してみれば変だ。

 兵器としての運用を考えていると書かれているので、極秘に輸送していたのはなんとなくわかる。だが、そんな強力な魔物が出現したなら、その魔物の情報くらいは報告するはずだ。それが、たった一文で処理されている。

 この報告書自体に違和感があるのだ。まるで、魔物のことを隠そうとしているような感覚だ。

「君も人形を持っているからね。ちょっと頭に入れておいてほしい。何もなければそれでいい。僕の思い過ごしだったで終わる話だ。」

 俺は真剣な顔で頷く。

 俺のオルカンは基本的に自律的に行動できる。それに、万が一何かあっても俺が傍にいれば、帰還させることができる。よっぽどのことがない限り、オルカンを失うことはないだろう。だが、それでも油断していい理由にはならない。

「ん…?」

 最後のページの一文に目をやる。

「外交上のリスクを踏まえ、本報告書は機密ファイルに指定される。読了後は速やかな破棄をお願いします…」

 俺は再度顔を上げて会長の方に白い目を向ける。

「会長。これ、機密って書いてあるんですけど。」

 会長は首をかしげながら、にんまりとした笑みを浮かべる。

「うん。だから読ませた。僕たちだけの秘密が増えちゃったね。」

 俺はそれを聞くとファイルを閉じて会長の方の机に置いておく。

 この人、俺をどうしたいんだ。

 確かな確証はないが、入学してからずっと、会長にいいように手玉に取られている気がする。

「俺に何させたいんですか。」

「別にー。ただ、反応が面白いからさ。昨日の一件を、君は誰にも話さなかった。だからまあ、ちょっと信用してみようかなーって。」

 なんで俺が話さなかったと断言できるのか。それは昨日一日中俺のことを何者かに監視させていたということに他ならない。

 俺は少し、引き気味に会長に冷ややかな視線を送る。

「ストーカーなんですか…」

「違う!君のこと試してただけだから!誰が好き好んで、自分のし、下着を異性に見せつけると思うんだい!」

 会長はスカートを抑えながら、強めに否定してくる。そういえば今日は窓が開いていなかった。昨日の過ちを繰り返さないためだろう。

 イリスと違ってそういうことをする気が一切ない。やはり、会長が信用できるのはそういうところだ。

「冗談ですよ。会長のこと信用してますから。じゃあ、俺はそろそろ行きます。事故の件。教えてくれてありがとうございました。」

 俺はごみを片付けて、教室に行く準備をする。会長は俺のことを少し睨んでいた。

「もう、冗談ですって。機嫌直してください。」

 会長の食器を魔法で綺麗にして片付ける。普段なら会長が自分でやることなのだが、今日は頬が膨れていた。

「…なら、頭撫でて。」

 俺はその要望に一瞬たじろぐ。

「いや、さすがに王女の髪に安易に触るのはちょっと…一庶民からすると怖いです…」

 そう言って会長からのお願いをなんとか回避しようと試みる。

「あーあ。そんなこと言うんだ。ならみんなに言っちゃおうかなー。ルーカス君が僕の下着を二回も見てきたって。すごく恥ずかしかったんだけどなー。」

 だが、会長は俺の行く手を簡単に塞いでくる。それを持ち出されたら俺としてはどうすることもできない。

「わかりましたから。だから、それを言うのはやめてください…じゃあ、触りますよ?」

「ん…」

 俺は座ったまま頭を差し出す会長に手を伸ばす。

「わぁ…」

 すごい。王女の髪ってこんなにもサラサラなんだ。

 触れるたびに、そのふわっとした手触りがとても気持ちいい。

「そろそろ許してあげてもいいかな。」

 会長はウルフカットなので、少し引っかかったりするかな、なんて思っていた。だが、これは想像のはるか上だ。

「ル、ルーカス君…?」

 会長の青い髪はボリュームもあり、撫でるたびに手に心地いい感触が返ってくる。

「も、もうだめ!終わり!」

 俺が夢中で撫でていると、会長が頭を引っ込めてしまった。その顔は若干赤らんおり、自分で髪を整えている。

「ああ…」

 あまりにも触り心地がよかったので、心の声が漏れてしまった。

「もう、がっつきすぎ。女の子はもっと丁寧に扱わないとだめだよ?」

「…はい。」

 俺は生徒会室を後にするために、そのままヴァーレンを抱っこしようと手を伸ばす。

「ガウ。」

 すると、ヴァーレンは俺の手に嚙みついてくる。

「いてぇ!?」

 ヴァーレンは自分で飛び上がると、俺の手を借りずにそのまま肩に飛び乗ってきた。

「あはは。君から僕の髪の香りがして、警戒してるんだよ。今日一日は我慢するんだね。」

 そう言って笑うと、髪を整えた会長は先に行ってしまった。残された俺はヴァーレンの方を見る。

「…そうなのか?」

「キュイ。」

 ヴァーレン当然のように頷いてそっぽを向く。今日一日これはきついかもしれない。


 会長に夢中になりすぎたことを後悔しつつ、俺も自分の教室に急ぐことにした。

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