第75話 謝罪
蘇るのは昔日の記憶。
「ようクソガキ。俺がお前の先生だ。よろしくな。」
私はその無礼極まる言い草に、ふんぞり返りながら文句を言う。
「誰よあんた!貴族の私に無礼よ!お父様に言いつけるわよ!」
「俺はそのお父様とやらに頼まれて来たんだ。自尊心極まってる娘をなんとかしてくれってな。だからどれだけ大声上げても、お前は俺に勝てない。」
お父様が私にそんなこと言うはずがない。いつも私のお願いを全部叶えてくれるのだ。
「見た感じ庶民のくせに!聞いて驚きなさい!私は公爵令嬢なのよ!」
私は自信満々にその庶民に言ってやる。お前たちがどれだけなりたいと思ってもなれないもの。それがこの私だ。
「あっそ。」
その庶民はどうでもよさそうに私の言葉を受け流す。
「もっと敬いなさいよ!これだから庶民は!!」
庶民は貴族と違って頭が悪いから、私の凄さを理解できないんだ。これだから庶民と関わるのは嫌なのだ。
「なら聞くが、お前はなんか一つでも、敬われるようなことをやったのか?」
その庶民は私を見下しながら聞いてくる。
「え…」
その問いに一瞬言葉が詰まる。そして、その庶民はその隙を見逃さなかった。
「どんな偉業を成し遂げてきた?固有魔法を開発したか?国の危機を救ったか?王に認められたか?」
「え、えっと…」
そんなこと私は一つもやっていない。国王様にだって、会ったのはこの前のパーティーが初めてだ。
「俺は全部やってきた。」
その男の目には底知れぬ闇が潜んでいた。今の私には何と言ったらいいか、言葉が見つからない。でも、この庶民がこれまで苦労してきたことはわかった。
その真っ黒な瞳に私は少しだけたじろぐ。
「おい、クソガキ。」
庶民は私に目線を合わせてしゃがんでくる。
「ク、クソガキって言うな!私はシルビアよ!」
私はお父様とお母様からもらった、大切な名前を教えてやった。
「なら、シル。お前はまだなんにもできないクソガキだ。」
「だから、クソガキって言うな!」
かってに愛称までつけるなんて、本当に生意気な庶民だ。
「でも、安心しろ。俺がお前に面白いもんを見せてやる。」
その庶民は杖を構えると、私が知らない魔法を使って見せる。
「わぁ…」
そして、次々と披露されていく数々の魔法。空に花吹雪が舞う魔法。綺麗な雪を降らせる魔法。
「”エンゲージ”────。」
そして、空に花火を打ち上げた魔法。
「どうだ!魔法って、夢があるだろ────?」
彼が私に、初めて魔法を見せてくれたあの日。振り向きざまに投げかけてくれた言葉。
同じだ。
私の目に焼き付いて離れない、あの魔法陣も、その言葉も、それを発する表情も。何もかも。
────ああ、やっぱり眩しいわ。
彼が名乗りをあげたときは、信じられなかったはずなのに。今はその疑念は、綺麗に消えていた。
私の、人生の後悔がそこにいたのだ。
俺はやりきった。
伝えたいことは伝えた。込められるだけの想いを込めた。魅せられるだけの魔法を見せた。あとはこの子達次第だ。
これが俺の到達点。ここから先はお前らが行ってくれ。
俺はオルカンをつきながら、シルの元まで歩いていく。
彼女の目の前まで来る。そして、俺はまるで、小さな女の子に話しかけるような声で、語りかける。
「ようシル。久しぶり。俺のこと、覚えてるか?」
俺は泣きそうになっているシルにそう話しかける。
「お前、お母様に無礼だぞ────!」
ジャッジ王子が俺の言葉遣いに文句を言おうとする。だが、その言葉は、他ならぬシル本人によって静止された。
「久しぶり、と言っていいのかしら。」
シルは短くそう言うと、首を少しだけ傾ける。
「お母様!?」
ジャッジは有り得ないものを見る目で、シルの方に振り向く。
「どうしたんだ、前みたいに抱きついてこないのか?」
俺はかつてシルが毎日やってきた、胸へのダイブを催促してからかう。
「もう、からかうのはやめて。もうそんな歳じゃないわよ。」
俺達はお互いに笑みを浮かべる。
「シル。」
「なあに?」
「あの時はごめんな。」
「元々怒ってないわよ。」
「そっか。」
「エルラド。」
「なんだ?」
「あの時はごめんね。」
「…いいよ。今許した。」
俺達はその場にいる誰も知らないことを謝り、そして許しあった。
「ここじゃ、少し人目が多いわね。エルラド、来てもらってもいいかしら?」
シルの言葉遣いが王妃のものから、少女のものへと変わっていく。
その言葉を聞いて、ジャッジが顎が外れるくらい驚きの表情を浮かべていた。ちょっと面白い。
「俺はいいけど、お前、視察はいいのか?」
「そんなもの全部キャンセルするに決まってるでしょ。エルラド、早く来なさい!」
俺の手を強引に引っ張りながら、シルは歩き出す。
お付きのメイドたちはどうしたらいいのか分からず、ずっとあわあわしていた。王妃に直接触れるなんて無礼、本来なら即斬首でもおかしくない。
だが、それをやっているのが王妃その人なのだ。なので、どう対応したらいいのか、分からないのだろう。
でも、俺は知っている。
何十、何百と聞いてきた彼女の無理難題。
その思い出たちが、自然といつもの返事を口にする。
「本当にもう…今回だけだからな!」
そして、返ってくる返事も、当然決まっている。
「わかってるわよ!」
そこには俺を困らせて遊ぶ、あのクソガキの笑顔が浮かんでいた。
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