第40話 提案

 友人との再会を喜んだ俺は、イツキに連れられて喫茶店に来ていた。

「───てな感じでここまで来た。正直、せっかく守ったのに、後ろからさされるとか、かなりキツイよ。」

 俺はげんなりしながらこれまでにあったことを話した。しかし、過去を振り返るだけで相当精神力をもっていかれる。

「だから言ったんだ。こんな世界守る価値なんてないって。」

 横に座っているオルカンは頬杖を付きながら俺を見下ろしてくる。その口はいかにも気怠げに動いている。

「でも世界を守るのは一級冒険者の義務だから。」

「今はもう五級以下じゃねえか。」

「う…」

 俺が言い返せずにいると、注文した紅茶とお菓子が運ばれてくる。

「ご注文は以上でよかったですか?」

「ええ。どうもありがとう。」

 イツキが店員にお礼を言っておいてくれた。お互いに届いた紅茶に口をつけて、一息入れる。

「それで、あなたたちこれからどうするの?」

 イツキはクッキーを手に取りながら聞いてくる。

 どうするって言われても、現状やりたいことなんて保管庫に戻ることだけだ。

「マキエルの保管庫まで帰るよ。みんなの遺品を取りに行くつもり。」

 俺がそう言うと、イツキはクッキーを食べる手を止めて、微笑む。

「そう…ちゃんと持っていてくれたのね。ありがとう。あなたのそういう義理堅いところ、好きよ。」

 全く。こういう直球で思いをぶつけてくるところとか、昔から全然変わっていない。言ってて恥ずかしがらないところとか、さすがだ。

「まあな。でも、差し当たってやりたいことはそれだけだな。」

「そう。」

 イツキは紅茶を飲みながら、窓の外に視線をやる。

 俺もそっちを見ると、そこには一組の家族がいた。子供がボールを買ってほしいと親にねだっているのがわかる。お父さんは困ったような顔をしていた。


「あれが私達が守ってきてたものよ。オルカンも、いつも一緒に戦ってくれてありがとうね。」


 お父さんは結局根負けして、子供にボールを買ってあげていた。子供は笑顔でお礼を言っている。

 俺は次の一枚に手を伸ばす。

「ねえ、エルラド。もしよかったらなんだけど、うちの魔法大学、入ってみない?」

 俺はその言葉を聞いて食べようとしていたクッキーを口から遠ざける。

「魔法大学?」

 初めて聞く名前だ。この国には魔法大学なんてあるのか。

「あなた、確か学校に通ったことなかったわよね?せっかく転生して子供になってるんだから行っておきなさい。きっと楽しいわよ。」

「へぇー。」

 俺はあまり興味がなさそうな返事を返す。実際あまり入ってみたいとは思わない。そういうところって、大体貴族とか富豪とかが、自分の子供を泊つけのために入れる場所だ。

 それに、俺はアスティアから魔法を学んだのだ。もうこれ以上学ぶこともない気がする。

「今更勉強することなんてないって思ってるでしょ?」

 イツキはこちらの表情から俺の内心を読み取る。

「図星。」

 そう答えると、イツキが呆れたような顔をする。

「相変わらず察しが悪いわね。私がやれって言ってるのは勉強じゃなくて、青春の方よ。」

「青春?」

 俺は意味がよくわからず、オウム返しをしてしまう。

「そうよ。一緒に勉強会したり、お昼一緒に食べたり、放課後カラオケ───、は無いか。どっかで遊んだり。」

 何を言い出すのかと思えばそんなことか、と言う気分だ。金持ちのボンボンと仲良くできるかと言われれば答えはノーだ。金銭感覚が違いすぎてついていけないと思う。

「青春ね…」

「騙されたと思って行ってみなさい。私が推薦しといてあげるわ。」

 ぼーっと聞いていると気になる単語が耳に飛び込んできた。

「推薦って、お前今何してるの?」

「言ってなかったかしら?私、今は教師をやっているの。すごくない?格好よくない?」

 イツキは自慢気に教職に就いていることを話してくれた。彼女の魔法の腕を見込んで、学校側が声をかけてきたらしい。

「すごいな。俺とは比べ物にならねぇ…」

「何言ってんのよ。あんたも王命受けるくらい出世していたくせに。」

 最後のクッキーをかじりながら、ジト目でイツキが見てくる。

「昔のことだって。今はただの魔法使いだよ。でも、まあ、そこまでしてくれるなら入ってみるか。保管庫に行くのも急ぎじゃないし。」

 その答えを聞いて、イツキが笑顔になる。


「決まりね!」


 大学内の自室に帰ってきた私は最後の推薦枠にエルラドもとい、ルーカス・リーヴァイスの名前を書き込む。彼の今の名前らしい。

「今のお前に必要なのは心の休息だよ。学校で人とのつながりをもう一度見つめ直してくれよ。」

 彼の過去を聞いたとき、そのクソ女共を迷宮結界に投獄したいくらいだった。私はそれくらい内心では怒り狂っていた。

「よくも私の戦友に…クソが…!」

 エルラドが過去の話をしているとき、オルカンがずっとダルそうな顔をしていた。彼女も似たような気持ちなのだろう。

 彼は世界の為に、もっといえば人の為に命懸けで戦ってきたのだ。

 そんな彼が維持してきた平和の中でのうのうと生きていた存在。そいつらがエルラドのことを後ろ指をさして笑うなんて、許せるわけがなかった。

 もう二度とそんな思いはさせない。


 彼はもう十分頑張った。


 今度は私が彼を助けるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る