第39話 確認
私は困惑していた。
買い物の途中で声をかけてきた赤髪の少年。その子は肩に竜を乗せており、周りからわずかに視線を集めていた。
「ああ…俺、エルラドだよ。エルラド・クエリティス。ちょっと見た目は変わっちまったけどな。」
「…はぁ?」
何を言い出すのかと思えば、その少年は自分をかつての友人だと説明しはじめた。その名前の人物は、もう十年以上前に死んだと報告を受けている。
死者の名を騙る不届き者。
私はその少年に不快感と静かな怒りを覚えた。
「いや、本当だから。攻撃魔法は…使っちゃダメか。じゃあ、召喚。魔杖、オルカン。」
少年はおもむろに召喚魔法を使用し、手元に杖を呼び寄せる。
その杖には二つの赤い魔石が使われていた。
その事に私は衝撃を受けた。杖に使う魔石は基本的に一つだけ。魔力の流れが分散してしまい、逆に魔法の発動効率が悪くなってしまうからだ。
たった一つの例外を除いて───。
ああ、あの杖は───。
私の脳裏にかつての光景が蘇る。
立体魔法陣を突き詰めた男。杖の内部に魔方陣を刻み込むという力業で、二つの魔石の杖を完成させた奇才。その裏打ちされた確かな実力で、私を含め、たくさんの人を救ってくれた人。
「まだ足りないか?なら、オルカン、頼む。」
少年がそう言うと、杖がゴシックドレスの女の子に変身する。
その姿を見た途端、私の疑念は確信へ変わった。
「何かあった…どわ!?」
そのままオルカンに飛びつく。そしてその顔と胸の魔石を鑑定してそれが当時、エルラドが見せてくれたものと同じかどうか確かめる。
結果は同一物。間違いなく本物だ。
「オルカン、なのね?」
オルカンは困惑しながらも私の質問に答えてくれた。
「ああ…え?お前イツキか。なんだよ、離せ。おい、エルラド!どうなってる!?なんでこいつがここにいる!」
「ぐえっ!?」
オルカンは私を蹴り飛ばし、少年の方に詰め寄る。
少年は私を見ながら、困惑しつつオルカンの質問に答えた。
「なんか王都についたら、イツキがブラついてた。」
オルカンは一瞬だけ考え込むと、直ぐにその綺麗な瞳をこちらに向けてくる。
「大体わかったぞ。おい、イツキ。お前とエルラドしか知らない質問を投げまくれ。それではっきりする。」
オルガンはそれだけ言うと、あとはどうでもいいと言わんばかりに少年にもたれかかる。
オルカンはその性格上、エルラド以外に触れられるのを極端に嫌う。昔本人に聞いたことなのだが、曰く、他人が嫌いらしい。
そのオルカンがあれだけ心を許しているなら、ほぼ、確定だとは思う。でも、私は念の為その少年に確認しなければいけない。
「こっち来て。」
「おわ!?」
私は強引に彼らを引っ張って、路地裏に連れ込む。そして、少年の顔を覗き込む。
「私の誕生日は?」
「…5月1日。」
少年はなんてことはないように答える。
「私と初めて会った場所。」
「冒険者ギルド本部。魔族討伐のための合同依頼を受けたとき。俺はアスティアの推薦で来てたから、お前を含めて大分周りからの風当たりが強かったな。」
私は一瞬、口どもる。壁に突いている右手が震え始める。
「…私があなたに依頼した杖の名前。」
今も使っている。世界に一つだけの、私の相棒。
「アイリーン。オルカンの製造途中で依頼されたやつだ。変形機構を組み込んだ、イツキの専用武器。特徴として全ての攻撃魔法の大幅な威力低下と引き換えに、支援、回復、結界魔法の発動コストを抑えるように作った。」
そのデメリットを知っているのは、私以外には作った本人だけ。
「…私の、一番好きな、魔法。」
「結界魔法。お前の一番の得意技でもある。確か、限定的に私は世界を支配する、だったか?すまん。ちょっと間違ってるかも───。おわっ!?」
私は少年を抱きしめる。もうここまで来たら疑いようがない。でも、最後。最後にもう一言だけ欲しいのだ。
「エルラド!本当にお前なんだな!?信じて、いいんだな!?」
私は泣きながら彼の耳元で大きな声を上げる。
「大丈夫だ。俺はロマンと夢を持っている男だからな。死んだくらいじゃ、死なないよ。」
昔と同じだ。
彼と別れる時にも言ってくれた。夢とロマン。彼が生涯愛し続けたその言葉を聞いたとき、私の中でたくさんの思い出があふれ出す。
「会いたかった!ずっと、ずっと会いたかった!なんで、私を置いて逝ったんだ!なんで!」
普段教鞭を執っている時と違い、上手く言葉が出てこない。声に乗せられないくらい、友への想いが暴走していた。
他の戦友と共に世界のために戦い、そして生き残った数少ない仲間。死んだと聞いたときはショックで倒れたくらいだ。
また会おうと言いながら、私はこの国まで来た。当時、なんでもう一度会いに行かなかったと、自分を責めて、責めて、責め続けた。
「…悪かった。女神様にも滅茶苦茶怒られたよ。こんなやつに言われるのは嫌かもしれないけど、俺もまた会えて嬉しいよ。」
彼はそう言うと、私の頭を軽く撫でる。
私はかつての仲間との久しぶりの再会を、涙を流しながら喜んだ。
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