戻るために進む道
第38話 プロローグ 停滞
なんで泣いてるの?
私はお父さんの頬に顔をすり寄せる。
お父さんは夜に眠っているとき、たまに涙を流す。
お父さんの隣にはいつも私がいる。
でも、お父さんはいつも悲しそうだ。
どうやったらその涙を止めてあげられるの?
どれだけ考えても今の私にはわからない。
また夜が明けて、朝が近づいてくる。
私は今夜も傍にいることしかできなかった。
外が明るい。
俺は光と馬車の振動で目を覚ます。向かいには俺よりも年をとった老人が座ったまま寝ている。横を見れば御者が馬を走らせながら街道を一定の速度で進んでいた。
俺がノノベ村を出てから数日が経った。いくつかの町を経由して、今はこの国の王都に向かっている。
すでにマキエル王国に行くためのルートは粗方調べてある。思い立って即行動ができないのは結構ストレスなので、こういう時のために前もって情報を集めておいたのだ。
「にいちゃん、ここでいいかい?悪いがわしは王都に行く前に寄るところがあってな。」
御者が馬を止めて振り返る。俺はそう言われて、少し遠くにある王都を目視する。結構近くまで運んでくれたらしい。
「そうですか。全然大丈夫です。ここまで乗せていただき、ありがとうございました。」
俺は心ばかりのお金を渡して、馬車を見送る。そのまま一人で王都の門まで歩いて行く。
誰かと一緒にいるときは気を張っているのでまだいい。しかし、
別に俺の方から一方的に見切りをつけてここまで来たのだ。俺に落ち度はないはず。だが、こういう時にふと考えてしまう。
俺に問題があったから、アリサもマリアナも俺から離れていったのではないか、と。
たまたまそういうことをするのに抵抗がない人たちだったのかもしれない。でも、二人も続くと流石に自分側にも問題がある気がしてくる。でも、それがなんなのか俺には全くわからない。
小さい頃から貧しい生活をしており、そこから這い上がるために俺は独学で魔法を学んできた。
そんなところにまた落ちる訳にはいかない。だからこそ俺はいろんなことに躍起になっていた。
今となってはなんだか全てどうでもよくなりつつある。
今の俺を動かしているのはみんなと一緒に過ごした思い出だけだ。その思い出をなくさないためになんとか足を進めていた。
王都の門には長い列ができていた。やはり、身分証がないと中には入れないのだろうか。
とは言え、俺はこの国で使える身分証を何も持っていない。
「まあ、なんとかなるか。」
いざとなったら完全不可視化の魔法をかけて力技で突破すればいい。別にずっとここに居るわけではないのだ。多少ごり押しでもどうにかできるはず。
ボーっとしながらそんなことを考えていると、周りから妙な視線を感じた。振り返るとすでに俺の後ろにも何人か並んでおり、全員こちらを見ている。
俺の身なりが何かおかしいのかと思って自分の格好を見ていると、ヴァ―レンが不快そうにうなり声を漏らした。
そこで俺はようやく視線の意味に気が付く。
みんな俺ではなく、ヴァ―レンを見ているのだ。そりゃそうだ。竜はそれ自体が珍しい存在。それをただの魔法使いが連れているとすれば、嫌でも注目が集まる。
「次の人!前へ進んで!」
嫌な視線を浴びながら、ようやく俺の番が回ってくる。兵士の声に従い、門の中に入っていく。
検問をしている兵士からも変な目線を感じる。
「…身分を証明するものは何かあるか?」
「なにもないです。」
兵士は手元の紙に何かを書き込みながらスラスラと会話を進めていく。
「ならば登録票を発行する必要がある。2番の窓口に向かうように。なお、登録票の発行には登録料がかかる。払えないなら王都には入れない。留意するように。次。」
兵士が手を挙げると、他の兵士が次の人を呼びに行く。ここでの説明は終わりのようだ。
「ありがとうございます。」
俺は言われた通りに進んでいく。受付で銀貨1枚を払い、渡された紙に必要事項を記入していく。
生まれた年やら出身地やら色々書かされたが、全て書ききって登録票を発行してもらった。
「───わかっていると思うが王都内では許可された一部の場所を除き、攻撃魔法の使用が全面禁止されている。自衛以外でそれを破れば処罰の対象になる。心しておくように。説明は以上だ。ネカダ国、王都カリエへ入ることを許可する。行っていいぞ。」
俺は軽く会釈をして、王都の中に入っていく。
流石に王都と言うだけあって、中は今まで通過してきたどの町より大きく、人通りも多かった。
建物も背が高く、殆どが二階建て以上になっている。
こういった栄えている町並みを見ると、マキエルの王都を思い出す。
アスティアに連れて行ってもらって、冒険者として一流になって、仲間もできて。本当に充実した毎日だった。
俺の目の前で人混みの中を中年の黒髪黒目の女が横切る。
そうそう、あんな感じの女が仲間の一人にいて───。
「───…イツキ?」
歩みを止めて、かつての仲間の名前をつぶやく。そんなわけがないと頭では理解している。こんな遠くの国にかつての仲間がいるわけ無いと。そんな奇跡のような偶然はないと。
だが、俺のつぶやきを聞いて、その女は振り返る。
「あの、どこかでお会いしたことありましたっけ…?」
困惑しながらその女───、イツキ・ナガラは首を傾げた。
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