第55話 呼び起されたモノ
実技の授業のために、俺達は訓練場まで来ていた。入学試験のときにも使われた場所だ。的の方は天井がなく、生徒が構えるところにだけ屋根が付いている。半分外、半分建物という造りになっている。
縦長になっており、随分先に目標の的が見える。
「では順番に的の方を好きな魔法を使って攻撃してもらう。順番は…やりたい人から前に出るように。」
先生がそう言うと、生徒たちはお互いに顔を見合わせる。
俺はイリスに前に出るように促す。一番わかり易いのは彼女のあとに俺がやることだ。そうすれば、彼女に今の俺の力がよくわかるはずだ。
「俺がやる。」
しかし、イリスが前に出るよりも一瞬早く、手を挙げた男がいた。そいつは金色の髪に高そうな宝飾が付いた杖を持っていた。服にも金の刺繍がふんだんに使われており、高価なものということが一目でわかる。
「えーっと。確か、ネイロ・ミーディア君だね。一番に手を挙げるとは相当自信があるとみた。いつでも始めて良いよ。」
先生がそう言うと、ネイロはその豪華な杖を構えて詠唱を始める。髪をかき上げ頭を振ると、閉じていた目を見開く。
「湧き上がる炎は始まりの灯火。原初の力の一部を我が元へ。ファイアーボール───!」
ネイロは炎魔法の中では上位の威力を持つファイアーボールを詠唱する。杖から放たれた火球は着弾すると、爆音を響かせながら的を焼き尽くす。
良い火力だ。詠唱速度も最低限実践レベル。恐らく今日までこいつも魔法についてたくさん勉強してきたのだろう。そんな感覚が伝わってくる杖裁きだった。
そういえば、マリアナが使えたのもあのくらいが限界だった。
「やれやれ、少し目立ちすぎたな。」
ネイロはそう言うと、一人で壁際の方に行ってしまった。もう他には興味がないと言った雰囲気で目を閉じてしまっている。
「流石は推薦枠。いいね。じゃあ、どんどん行こう。次にやりたい人はいるかい?」
ネイロが見せた魔法は新入生の中では頭一つ抜けている。やはり推薦枠は優秀な人に与えられるのだろう。
「私が行きますわ。」
次にイリスが手を挙げて前に出る。こいつの杖も負けず劣らず豪華な造りになっている。
「天へ昇りに大いなる炎よ、竜の息吹よ、我が元へ集え。現出するは人ならざる力なり。ドレイクプロミネンス───!」
イリスもネイロに負けず、炎の高等魔法を発動する。杖からは火炎が噴き出し、的を黒焦げになるまで焼き尽くした。
こっちも良い火力だ。俺が使っているのと比べても、遜色ない威力が出ている。
「さすがです殿下。聞きしに勝る天才だ。次は誰だい?」
「俺が行きます。」
俺はすかさず手を挙げて前に出る。良いものを見せてもらった。彼女がこれまで魔法の勉強をどれだけ頑張ってきたのか。その片鱗が見えた気がする。
最初は実力がなくて権力に頼るだけのクソ女かと思ったが、どうやらそこまで落ちぶれてはいないらしい。
「えっと…確か、ルーカス・リーヴァイス君だったね。杖はないみたいだけど、忘れたのかい?もしそうなら学園のものを貸し出すよ。」
「いえ、それにはおよびません。」
俺は的の前に立つと、いつも通りの相棒を呼び出す。
「召喚。魔杖オルカン───。」
俺は手元にオルカンを呼び出すと、あの魔法を使う準備に入る。
「ルーカス君!?召喚魔法はまだ───!」
「”エンゲージ”───。」
俺は自分の右隣に立体魔方陣を出現させる。
「セット───、
音を立てながら激しく変形していく魔方陣。そして、俺の詠唱が終わる頃、それは大型自走砲の砲身のような形に変化していた。
「ターゲットロック───。穿て、スターダストレンジ───。」
俺は自身の魔力を砲身に込めて、的に向けて発射する。
大きな爆発。着弾点を中心に、半径10メートルの地面が真っ黒になるほどの燃焼。立ちこめる黒煙。そして、爆発の光から一瞬遅れて鳴り響く轟音。
それまでに使われた二つの魔法とは比べものにならない威力。
当然だ。これだけの威力がなければ、魔族との戦いなんて話にならない。こいつは俺の必殺の魔法。使ったら最後、必ず相手を殺す為に作ったのだ。その根本の目的が敵の殺害に向いている。
火の玉を出すとか、竜のブレスを再現するとか、そういうレベルの魔法ではないのだ。
ここまでくるのにどれだけかかったことか。
ああ、そうだった───。
久しく忘れていた。この魔法を作り始めた時のことを。
どれだけ遠くでも、どこにいても、大切な人を守るための魔法が欲しい。そんな夢のような魔法を作りたくて、俺はこのスターダストレンジにたどり着いた。
そうだ。
そこには、確かに夢があったのだ。
俺がずっと心の中に抱いて離さなかったもの。
夢とロマン。
この魔法はその結晶だ。
「…なんでそんな大事なこと、忘れてたのかな。」
俺は自嘲気味に笑うと、それを顔を振って振り払った。
「イリス。」
俺はその女の名前を呼ぶ。俺の視線の先には呆然とするイリスがいた。
「どうだ!魔法って、夢があるだろ────?」
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