第56話 心の内

 その魔法を見たとき、そこにいた誰もが言葉を失った。

 見たこともない複雑な魔方陣。聞いたこともない詠唱。想像以上の破壊力。何が起きているのか理解できなかった。

 魔方陣が変形するなんて現象は聞いたこともない。

 さらに言えば詠唱と魔方陣を同時に用いて使う魔法は超位魔法。この国で使える者のは10人もいない。

 なんで大学の新入生がそんなものを使える?それだけの魔力はどうやって手に入れた?そもそも最初に見せてくれた召喚魔法は何?

 次々に疑問が湧いてくる。だが、そのどれもを口にする前に、一番最初に沈黙を破ったのは彼の言葉だった。

「イリス。」

 私は名前を呼ばれてハッとする。今、何を言おうとしていたのか、全ての思考が飛んでしまった。

「え、えっと…」

 彼は今までに見せてくれなかったような満面の笑みで問いかけてくる。

「どうだ!魔法って、夢があるだろ────?」


 何故だろう。その笑顔で、蘇る思い出があった。


「イリス、楽しいね────。」


 一緒に秘密の部屋で、初めて魔法を使った時のこと。

 なんで今更こんなことを思い出す?今の今まで忘れかけていたはずなのに。

 なぜ私の胸が苦しくなる。私が苦しむ理由なんて何もない。

 どうして、彼の笑顔から目が離せない。眩しすぎるくらい輝いているのに。


 頭の中をいろんな問いがぐるぐると回っていた。

 でも、一つだけ明確なことがある。彼が戻ってきたらなんて声をかけるか。それだけはすぐに決まった。

 その場にいる全員の視線を集めて、彼は私の前に帰ってくる。

「それで、答えは決まったか?」

 なんとなくだが、彼はもう私の答えを知っているような気がする。でも、彼はあえてそれを言わない。それを口にするのは野暮というものだ。だから、私も、私自身の言葉を口にするのだ。

 私は普段、貴族たちに接するような礼儀作法で彼に恭しく礼をする。私から、彼に向けた謝罪と敬意を込めた礼だ。

「あなたの魔法。喜んで学びますわ。」

 人の目がなければ、「学ばせていただく」と言いたかったくらいだ。だが、私は王族。最低限の面子は保たなければいけない。彼からすれば、まだまだ謝罪も足りず、不誠実なものに映るだろう。

 だというのに、私が顔を上げると、そこには満足げに頷くルーカスがいた。


「そうか。なら改めて、よろしくな。」


 私は不覚にも、一瞬返事をするのが遅れてしまった。



 なんなんだあの庶民は。

 俺は今回も最高の結果を出したはずだ。なのに、どうしてクラスの奴らの視線は俺に向いていないのか。

 イリスに向くのはまだいい。あいつはこの国の王族。質の高い教育を受けているのは明白だ。だから、ある程度俺に食い下がってくるのは予想がついていた。

 だが、あの魔法は聞いてない。あんなものどうやっているのか全く分からない。それどころか、俺はその前に使った召喚魔法も理解できなかった。

 試験の時もそうだった。

 あいつは俺に恥をかかせるためにわざと俺の後にやったんだ。そうに決まっている。俺より先にやると、俺を馬鹿にできないから。

 実際今の俺はいい笑いものだ。あいつに礼をしたイリスは前に友達だと言っていた。なら、あんなやり取りをしても貴族たちは「やっぱり友人なんだ」程度で流してしまう。だが、俺の方に向いてくる視線は違う。

「あいつ、一番最初にやったくせに庶民よりショボかったな。」

「どうせ推薦枠も金で買ってもらったんだろ。」

 ふざけんな。俺は特待生の5人に入っているんだぞ。それも知らない無能どもが、いい気になって適当なことを言いやがる。

 お前らこそ何様だ。俺は両親に胸を張って送り出してもらったんだ。お前ならできると、言ってもらったんだ。

 それに、子供の頃にイリスにだって────。

 それもこれも全部あいつのせいだ。あの庶民さえいなければ、俺はみんなに認めてもらえてたんだ。

 そもそも何様だあいつは。

 俺のイリスを気安く呼び捨てで呼びやがって。その女は本来お前なんか傍にいることすらできない存在なんだぞ。本当ならそこにいるのは俺のはずだったんだ。わざわざ、この日のために声をかけるための練習もしてきた。

 イリスは俺のものになる予定なんだ。

 俺は壁際から動き出すと庶民の方を見ているイリスの方に早足で駆け寄る。

「イリス様、俺の魔法も見ていただけたと思います。イリス様のも中々でした。これから共に魔法真髄を学びませんか?」

 イリスは満面の笑みを浮かべながら、俺の方に首を向ける。

「はい。同じクラスメイトとして、これからも良き関係でいたいものですわ。」

 ほら、やっぱりそうだ。イリスは俺に教えてほしいと言っている。やはり、あの庶民ではいくら魔法が使えても所詮は庶民だ。身分が違いすぎて、俺のイリスには奴隷程度にしか思われていないだろう。

 俺は壁際に戻る際に庶民の横を通る。そしてそいつにだけ聞こえる小声でしっかり煽っておく。

「おつかれさん。」

 俺はそいつのことを嘲笑しながら、横を通り過ぎた。庶民が夢を見るからいけないのだ。どうせ友達だとイリスが言ったのを真に受けているんだろう。イリスが気遣って建前でそう言っているのが理解できないのだ。


「おうお疲れさん。いい魔力持ってるな。」


 その庶民は俺にそう言うと、イリスとの会話に戻っていく。


 やはりそうだ。そうやって声をかけるのをやめろって言っているんだよ。やはり庶民に貴族の社会は理解できないらしい。


 俺は心の中でそいつを見下すと、壁際で一人笑顔を浮かべた。

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