第57話 番外編 嫉妬

 俺は一人で街の中を歩いている。優雅な足取りでアクセサリーを買い集め、上機嫌だった。

「おおーい…いい加減休憩にしようぜ…」

 俺が振り返ると、そこにはさんざん連れ回されて、ヘトヘトになったエルラドがいた。

「そうだな…広場のベンチで休むとするか。」

「やったぁ…」

 俺はベンチに先に行って、場所を確保する。今日は気合を入れてネイルも付けてきた。俺に合わせるために、色は深い赤紫にした。ドレスと馴染んでいていい感じだ。

 俺は手鏡を見て自分の可愛さに満足する。

 髪を梳きながら優雅に足を組んで座っていると、周りの男たちがチラチラとこちらを見てくる。

 ウザい。

 お前らの視線なんか今は微塵も欲しくない。欲しいのはあいつの視線一つだけだ。

 俺がそう思って主人の方を見ると、女に捕まっていた。

「チィ…」

 俺は舌打ちをしてエルラドがこっちに来るのを待つ。

 よく見ると、その女は最初にエルラドにアホみたいな提案をしてきた第二王女だった。なんで王族が街を徒歩で移動してんだよ。と思ったら、そいつはドレスを着ていた。何かイベントでもあるのだろうか。

 次は生徒会長とイムニス、イグルムがやってくる。全員白いドレスを着ている。生徒会長はエルラドの反応を見て楽しんでいた。

 なんだかんだエルラドは、あの中では生徒会長といるときが一番自然体だ。

「あいつ、歳上に弱すぎだろ。」

周りを見るとちらほらとドレスを来た貴族たちが集まってきていた。

 広場の中央の方の看板が目についた。そこには学生のダンスの披露と書かれている。

 ほえー。ダンスねぇ。やはり、貴族たちは集まれば踊らずにはいられないのだろう。

 そんな気分で見ていると、生徒会長が突然エルラドの手を引いて、広場の中央でステップを踏み始める。音楽も急に生徒会長のステップに合わせたものに変化する。

 エルラドの方はというと、すぐにリズムを合わせて対応ししてみせた。

 アスティアに鬼のように教え込まれていただけはある。しっかりと体の動かし方は覚えているようだ。

 まあ、一曲くらいならいいか。

 そう思ってベンチに座っていると、スーツを着た男子生徒がこっちに集まってきていた。

「僕と踊ってくれませんか?」


 は?嫌だが?


 その言葉がここまで出かかって、なんとか口をつぐむ。そんなこと言ったら不敬罪で斬首刑だ。エルラドがこの王都にいられなくなってしまう。

 声をかけられた時点で俺の負け、か。

 俺は立ち上がって、片足を引く。ドレスの裾を持ち上げ、頭を下げる。やるならとことん優雅に、美しく。それが俺のモットーだ。

「…喜んで。」

 俺だって伊達にエルラドの練習相手をしていない。最低限のダンスくらいは踊ることができる。

 まあ、一曲だけだ。それくらいなら我慢してもいいだろう。

 そう思っているとそいつの腰を支える手が、下の方に下がり始める。

「…」

 俺は無言でそいつの足をヒールで踏みつける。

「いっ…!?」

「あら、ごめんなさい。」

 口では笑顔で謝っているが、視線はそいつを睨みつけている。

 それ以降、そいつが馬鹿な真似をすることはなくなった。

 やっと曲が終わり、俺は礼をしてそいつと別れる。エルラドの元に向おうとしたら、次の貴族が俺の前に現れる。

 俺は流石に断ろうとした。だが、エルラドは次はイムニスと組んでいた。

 …あいつ。

 俺は仕方なくその貴族の手を取る。そして、二曲目が始まる。

 イムニスのパワーに振り回されないように、エルラドは必死に耐えているようだった。俺はだんだんと不機嫌になってくる。

 次は第二王女、次はイグルム。

 四曲目が終わったとき、俺は流石に相手に断りを入れてエルラドの元にかけていく。

 あいつ、次はまた生徒会長と踊ろうとしていた。

 俺は主人の腕を強引に引き寄せる。

「ごめんなさい。次は私の番なんです。」

 俺はそれだけ言うと、エルラドの体を引き寄せる。

「色んな女と踊って、随分楽しそうだったな。」

 俺はジト目で主人を睨む。エルラドは言葉を選びながら言い訳を始めた。

「いや、もう気づいたら中央に連れ出されて…その、ごめんって…」

 エルラドが謝ってくる。俺は視線を変えない。

「なら言うことがあるよな?」

 エルラドは恥ずかしそうな顔をしながら、俺に手を差し出してくる。

「…私と踊ってください。」

 やっとこいつの口から、その言葉を聞くことができた。

「俺でよければ、喜んで。」

 俺はエルラドと二人で踊り始める。さっきから見ていて思ったが、エルラドだけ私服なので、かなり浮いていた。

「俺、場違いだよなぁ…」

 エルラドはしょんぼりしながら足を運ぶ。気持ち、ステップの幅が小さくなった。

 俺は強引にエルラドを動かして、リズムに乗せる。

「胸を張れ、ステップは鋭く。教えてもらっただろ?」

 俺は耳元でそう告げる。

 今の言葉はアスティアの教えだ。エルラドは動きが素直すぎる。もっと駆け引きを味わってほしいものだ。


 俺はエルラドを更に揺さぶる。エルラドの顔つきがだんだんと真剣になっていく。


 楽しい。


 最初はこいつが他の女と踊ってばかりで面白くなかったが、これだけ付き合ってくれたのなら許してやるか。

 最期に足を上げて大きくターンを決める。

 俺はエルラドとの真剣勝負を心の底から楽しんだ。


 だからまあ、今日はこれくらいで勘弁してやる。

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