第58話 光

 テストを終えた俺はイリスと一緒に他の生徒の魔法を見ていた。

「ルーカス、あなたの杖って、普通の杖じゃないわよね?同じものってどこで作られているか教えてくださる?」

 イリスはオルカンを指さしながら、そんなことを聞いてくる。

「あーすまん。これ一点ものだから。世界に一つしかないんだよね。ちょっと材料が特殊すぎて、同じのは再現不可能だと思う。」

 かつて世界に一体だけ出現した上級魔族。数十万単位の犠牲、ヴォルガの左腕、俺の仲間たち。たくさんの大切なものと引き換えに手に入れた、世界に一つしかない最上級の魔石。

「そうなんですの…私も同じものが欲しかったですわ。」

 イリスは少しだけしょぼくれていた。彼女の杖に目をやるが、使われているのは青い魔石だ。サイズと質はかなりいいものを使っているが、それでもオルカンとアイリーンには一歩及ばない。

 赤と青ではそれだけ魔力の密度が違うのだ。

 如何せん、赤い魔石はその絶対数が極端に少ない。世界に百個程度しかないだろう。俺もオルカンに使った二つを除くと、手元に一個、保管庫に一個しかストックがない。それだけ貴重品ということだ。

 さて、困ったぞ。

 イリスにそのことを教えていいものかどうか。

 俺が赤い魔石を持っていると言えば、是が非でも譲ってほしい打診してくるだろう。

 大体これは個人で所有していること自体がかなりイレギュラーなのだ。当時、オルカンの大きいほうの魔石を手に入れたときもそうだった。戦力を提供した様々な組織が所有権を主張したのだ。結構揉めたが、結局は止めをさした俺のものになり、このことは表に出してはいけないタブーとなってしまった。

 俺は懐から今手元にある唯一の赤い魔石を取り出す。たくさんのものをなくしたノノベ村で、手元に残った唯一のもの。

 いや、まだ使うと決めるには早計過ぎる。何せ替えが利かないのだ。もっと慎重に使いどころは決めるべきだろう。

 俺はそれを懐にしまうと、イリスとの会話に戻る。

「まあ、その杖も中々出力は高いし、悪くない武器だと思うけどな。」

 俺は率直な感想を述べる。見た目が派手なのは気に入らないが、性能が結構よさそうなのは見てて大体わかった。

「悪くない武器って…これもこの国の最高の職人に作らせた特注品オーダーメイドですのよ?」

 イリスはあきれ顔で自分の杖に目を落とす。

 俺は選ぶ言葉を間違えてしまったらしい。

「え、あ…すごい強力な杖だと思うぞ。」

 俺は急いで訂正するが、時すでに遅し。イリスはムスッとした顔で返事する。

「今更飾った言葉なんて欲しくなくってよ。」


 授業が終わると、俺はとりあえず生徒会室に向かう。イリスの方はなんか知らんが希望が見えてきた気がする。代わりに失ったものも多いが、気にしたらキリがない。

 次だ。

 俺は小さく息を吐くと、覚悟を決めて生徒会室に入る。

「あ、お兄ちゃん来た。お兄ちゃーん。」

 イムニスは席を立つと俺の方に駆け寄ってくる。他の生徒三人はまだ来ていなかった。

「おお、イムニス早いな。いつも一番乗りなのか?」

 俺はイムニスの頭を撫でながら、質問をする。まずはこいつのことを知るところからだ。

「まあね。お兄ちゃんも中々早かったよ。」

 まだ、こいつが怪力のメンヘラ自己中猫耳女ということしか俺は知らない。そういった表面的な情報ではなく、彼女の性格や、好きなものとか、内面を知っていかなければいけないのだ。

 おれが頭を撫でていると、その焦点が合ってない金色の瞳で俺のことを見てくる。

「もっと。耳の周り撫でろ。」

「はいよ。」

 たまに飛んでくるこのガチトーンの声もどういうことなのか。

 この声を出す時だけいつも語気が冷ややかなものになる。まるで怒っているのではなく、むしろ悲しんでいるような気さえするのだ。

「んー、要練習だね。」

「下手ですまんな。」

 俺はイムニスの隣の席に座る。

「会長たちも、もうすぐ来るはずだよ。」

 足をパタパタさせながら、高さが合っていない椅子の上で暇そうする。

「そっか。なあ、イムニスは好きな魔法って何かあるのか?」

 俺はさりげなく、あくまでも自然にイムニスに話を振る。

「んー?どうしたの急に?」

「別に。ただの雑談。昨日は魔法使ってなかったし、お前のこともっと知っておきたいから。」

「ふーん。」

 イムニスは目を細めて、こっちを値踏みするような視線を送ってくる。そして、数回尻尾を振り回すと、ニヤッと笑ってこっちを向く。

「いいよ。手、出して。」

 俺は言われるがままに右手を差し出す。

 すると、イムニスは自分の右腕に何かの魔法陣を通す。

 すると、彼女の腕が猫のような形に変化する。

「これ。何の魔法かわかる?」

 彼女の腕に触れて、それがまぼろしではなく本物であることを確認する。

「獣化の魔法。」

「正解。可愛いでしょ。私、力が強いから、殴り合いが好きなんだよね。」

 手を開いて大きな爪を出すと、猫のようにひっかく真似をする。

「でも、ここじゃあ、それやってくれるの会長しかいないから、あんま面白くない。」

 イムニスは魔法を解除すると、手をひらひらと振って机に肘をつく。ため息をついて金色の瞳を閉じてしまった。


 なるほど。ほんの僅かだが、イムニスの内側が見えた気がする。


「イムニス、おまたせ。おお、ルーカス君ももう来ていたか。やる気があってなによりだ。」

 そこで他の三人が生徒会室にやってくる。

 今日はここまでのようだ。だが、この短い時間はかなり重要なものになるだろう。なんとなくだが、ここに居る時はイムニスの暴力がなりを潜めている気がする。

 いや、今日がたまたまそうだっただけかもしれないが、本当になんとなくそんな気がしたのだ。

 というかマジでそうであってくれないと、こいつとまともにコミュニケーションとれる機会がなくなってしまう。


 二人の問題児に僅かな希望を見出した俺は、生徒会の会議に少しだげいい気分で参加した。


「じゃあ、会議の前に、一つ通達ね。ルーカス君は今すぐ会議室に向かうように。」

 イムニスのことで上機嫌になっていた俺は一瞬反応するのが遅れてしまった。

「え?俺?」

「ナガラ先生が呼んでたよ。めっちゃ怒ってた。」

 なんだろう。何か怒らせるようなことしたか。

「あ…」

 したわ。十中八九実習で使ったスターダストレンジのことだろう。


 なんか面倒な雰囲気を感じながら、俺は生徒会室をあとにした

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