第84話 王族

 俺は二人にパーティーの礼服を着せてもらい会場に来ていた。

 色は白。派手すぎて俺には合わないと感じる色だった。周囲には布地が多いドレスを着た若い女性や、宝石で派手に装飾された服を着ている男性が各々談笑していた。人数も現時点で50人くらいだ。入口からはなおも貴族が入場し続けている。

 俺はその様子を眺めながら一人で高級料理をつまんでいた。正直、ここまでレベルの高い料理だと、バカ舌の俺には「うまい」以外の感想は思い浮かばなかった。

「で、お前ここで何してるの?」

 俺は横でワインを優雅に飲んでいる胸のでかい女の方を見る。金の刺繍が入った白いドレスを身に纏う少女は、ニヤニヤしながら顔を寄せてくる。

「決まっているじゃない。あなたがいたから見に来たのよ。」

 イリスはドヤ顔で全然嬉しくないことを話してくれた。

「あっそ。早く席に戻れよ。会長も睨んでるぞ。」

 俺は会場より僅かに高い位置にある王族用の椅子を見る。そこには水色のドレスを着た会長、王子、王妃、王、がそれぞれの椅子に待っていた。当然、空席なのはイリスの席だけだ。

「お姉さま、相変わらずね。まあ、挨拶回りもあるし、そろそろ戻った方が良いかしら?」

「いいから早く戻れ。お前が側に居ると目立って叶わん。」

 こんな振る舞いをしているがイリスは王族だ。周りからの視線がマジで怖い。

 そもそもここには貴族しかいない。つまり、全員顔合わせくらいは済ませている仲だろう。そこに庶民が一人突き落とされてきて、更に横には王女がいる。こんなもの見るなという方が無理だ。

「わかったわよ。後で踊りましょう?約束よ。」

「はいはい。嫌だ嫌だ。」

 イリスを家族の元に返却すると、俺は再び料理に目を落とす。

 当たり前だが、ヴァ―レンは休憩室で寝てもらっている。会場には連れてくるわけにはいかない。

 俺は隅っこの窓際で、外の景色を見ながら料理を口に運ぶ。

 景色は王宮なだけあって結構いい。いいのだが、窓に映る背後からの視線が怖い。あえて気付いていないふりをしているが、いつ向こうから声をかけられるかひやひやしている。貴族の会話なんてついて行ける気がしないからだ。

 しかし、よく考えてみると本当に久々に一人だ。ヴァ―レンもオルカンもいない。今まではなんだかんだ言って誰かがずっと側に居てくれた。一人の時は何をしていたのかもうよく覚えていない。魔法の研究もこんなところではするわけにもいかない。

 おまけに周りは怖そうな貴族ばかり。

「帰りたいな。」

 場違いなところにいることを自覚しながらぼーっとしていると、俺の耳に一際大きな声が飛び込んでくる。

「それではジレド王国よりお越しくださったシルビア王妃、ジャッジ王子のご入場です。」

 俺はその声に反応して、視線を窓から移す。

 そこには、赤いドレスに身を包んだシルがいた。暗めの赤にその髪と同じ銀の刺繍がふんだんにあしらわれていた。豪華なアクセサリーに身を包み、王妃の証であろうティアラを身に付けている。

 その足取りから手を振る指先まで、流れるような動きが見て取れる。

 ああ、そんなになるまで努力してきたのか。

 時間にしてほんの数十秒。距離にして僅か二十メートル。

 しかし、その僅かな時間には、彼女のこれまでの人生が込められていた。

 あのばたばたと走り回っていた頃を思えば、まるで別人だ。

 シルはそのまま国王と挨拶を交わし、段を降りて他の貴族との交流を進めていく。俺はその横顔を離れたところから見守っていた。

「失礼いたします。ルーカス様、今よろしいですか?」

 俺が綺麗なシルに見惚れていると、メイドの一人に声を掛けられる。

 そこには会長のお付きのメイドの一人であるクレイノさんが立っていた。

「クレイノさん。来ていたんですね。この前はありがとうございました。」

 俺は女子寮の件のことでお礼を言う。この人が気付かれないように裏から逃がしてくれたのだ。

「もったいないお言葉です。そして、誠に申し訳ないのですが、ルシアナ様の元まで来ていただけないでしょうか?」

「え…いや、それは、ちょっと…」

 俺は会長が座っていた椅子の方を見る。シルたちの登場で人が減ったとはいえ、王族の周りにはまだ貴族がたくさんいる。

 あの中に突撃して会長の元に行く勇気は俺にはない。

「そこをなんとか、お願いいたします。実を言いますと、さっきから男女構わず貴族たちの求婚が激しくて…一息入れる程度の時間で構いません。ルシアナ様の為にお願いいたします。」

 そう言って、彼女は頭を下げる。

 この人には恩がある。彼女が上手く処理してくれたから俺は帰ることができたのだ。そんな人からの必死の頼みを無下にできる訳もない。

「わかりました。会長を休ませればいいんですね。」

 俺は肩を竦めて、クレイノさんの頼みを受け入れる。

「ありがとうございます。私がご案内いたします。」

 正直、気は進まないが、会長は忙しそうに貴族たちの対応をしていた。

 対するイリスの方は男ばかりが群がっていた。あいつもあいつで大変そうだ。だが、イリスのことなどどうでもいいので、とりあえずクレイノさんについていく。

 「ご歓談中失礼いたします。ルシアナ様、ルーカス様が是非お話しを、と。」

 会長はそれを聞くと、バッとこちらに振り向く。

 ただのカンなのだが、少し疲れているように見える。

 会長は周りの貴族たちに断りを入れると、俺の方に近づいてくる。

「ごきげんよう、会長。大丈夫ですか?」

「ごきげんよう。なんとかね。で、なんでここにいるのかな?もしかして、僕に会いに来てくれたのかな?」

 会長は目を輝かせながら、俺に質問を飛ばしてくる。

「あー、まあ、そんな感じです。会長の水色のドレスよく似合ってますよ。可愛いです。」

 俺は会長の水色のドレスを褒める。体のラインが出るような作りになっているので、スタイルが良い会長じゃないと着こなせないだろう。

「ふふっ、ありがとう。ちょっと元気でた。」

 談笑している内に、会長の顔色がよくなってくる。

 対照的にお俺の顔色は蒼くなっていく。

 周りの貴族から懐疑的な視線が送られてくるのだ。もうそろそろ戻っても良い気がしてきた。

 すると、そこで急に音楽の曲調が変化する。

「やった…!ダンスの時間だね。ルーカス君!ほら、ほら!」

 会長は俺に何かを引き出そうとしてくる。勘弁してほしい。それをやってしまったら、最初の相手を狙っていた貴族に恨まれてしまう。

「ほら…!」

 だが、その期待に満ちた目を裏切ることなどできる筈もなく、俺は会長に手を差し出す。

「…僕と踊ってくれませんか?」

 会長は嬉しそうな笑顔で、俺の手を取る。


「私でよければ、よろこんで!」


 そこからはパーティーの終わりまで、地獄と天国の狭間でダンスをするはめになった。

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