第4話 対話

 目を開けるとそこは草原の中だった。どうやら地面に横たわっていたみたいだ。体を起こして、周りの景色を確認する。

「どこだここ?」

 俺はこの光景を見たことがない。全く知らない場所だった。

 確か俺は最後に転生魔法を使ったはず。俺は自分の格好に目を落とす。あの時着ていた服のままだ。

「転生は失敗したのか…?召喚。魔杖オルカン。」

 俺はいつも使っている杖を呼び出す魔法を使う。だが、何の反応も起きなかった。いつもならすぐに俺の手中に現れる筈の杖は、一向に姿を現さない。

「呼んでも来ないよ。ここに来れる意志ある者は、世界の外側に足を突っ込んだ者だけだからね。」

 その声は背後から聞こえてきた。さっき周りを見渡した時は確かに誰もいなかったはずだ。

 俺はゆっくりと振り返ると、そこには小さな女の子がいた。

「…あなたは一体何者だ?」

「見た目で侮らないとはやるねぇ。いや、ここまで来た者ならその程度は当たり前か。私が神だよ。君たちが信仰してる女神ケラノス。」

 少女────ケラノスはそう名乗るとその姿を大きく変えていく。身長は三メートルくらいになり、腕が六本に増える。顔面はドロドロと崩れ落ち、そこには真っ黒なのっぺらぼうが出現する。周りには表情が違う四枚の仮面が浮かび上がり、彼女の周囲を回っている。

「これが私の真の姿だ。怖いかい?」

「まさか。神様の真の姿を見る機会なんてそうそうないことだ。転生魔法も結構ロマンあったな。」

 俺はケラノスを見た素直な感想を述べる。異形の存在なんて若い時に死ぬほど戦ってきた。それが少しばかりデカくなったと思えば怖くなんてない。

「豪胆な奴だ。だけど、少し意外だったよ。ここに来る最初の存在が、まさか人間とはね。私としてはエルフが一番乗りかと思ってたよ。」

「…まあ、苦労しましたよ。転生は死霊系統の分野だと思ってましたから。まさか魂魄魔法が一番答えに近かったとは。最初は驚きました。」

 俺は最初、死霊魔法に転生の秘密が隠されていると思っていた。今にして思えば、それはとんでもない誤解だった。

「そうだね。死霊系はあくまでも死者に干渉する魔法だ。その性質上────。」

「おっと待ってください。それは自分で研究したいんです。答えはノーで。」

「…オーケー。ふむ。ここじゃあ、殺風景すぎるね。少し景色を変えようか。」

 ケラノスがそう言うと、それぞれの腕で三回拍手をする。すると周りの景色が歪み始め、花畑が出現する。そして、少し離れた場所には机と椅子が用意されていた。

「あっちに行こう。」

「わかりました。」

 俺は言われるがままにケラノスについて行く。

 女神ケラノス。世界中で種族を問わず広く信仰されている女神だ。その姿は黄金の髪に紺碧の瞳を宿しているとされている。なので、その特徴を持って生まれた女の子は、女神の祝福を受けた存在として重宝されている。

 さっきのケラノスが少女の姿の時、その特徴を有していた。やはり、この存在の正体はケラノスなんだろう。

「かけてくれ。」

「失礼します。」

 ケラノスに促されて俺は小さい方の椅子に座る。女神より先に席に着くのは不敬なんじゃないかとも思ったが、座るよう言われたのなら大丈夫だろう。

「さて、じゃあ君のことを聞かせてもらおうか。なぜ君は転生しようと思ったんだい?」

 ケラノスも席につき、六本の腕で優雅にお茶を用意していく。

「大した理由じゃないんですけどね。恋人を寝盗られまして。今度はちゃんと最愛の人に最後まで愛されて死にたいなって。」

 ケラノスの長い腕によって、お茶が入ったカップが差し出される。

「ありがとうございます。いただきます。」

 お茶は死ぬ前にも何度か飲んだことがある味だった。馴染みがあるものを出すことで警戒心を解こうとしてくれているのだろうか。

 ケラノスも真っ黒な顔面にカップを近ずける。どこが口なのかよく分からないが、飲み食いはできるらしい。

 そして、カップを置いて肘をつきながら笑顔の仮面を手に取る。

「ふーん。いいんじゃない?真実の愛を探すために転生する。面白いと思うよ。」

「面白くは無いと思いますけどね。」

「でも、それを求めるなら私から一つだけ忠告がある。」

 ケラノスの口調が変わり、手に持っている仮面が怒りのものになる。

「もし次の人生で恋人を再び盗られたとしても、全てを世界のせいにしてはいけないよ。」

 俺はその言葉を聞いて、少しだけ押し黙る。

「…わかってますよ。」


「いいやわかってないね。君は今回絶望してその感情のままに転生魔法を使った。でもそれは本当に正しかったのかい?それで悲しむ人は、誰もいなかったのかい?君のことを愛してくれていた他の人は、誰もいなかったのかい?君が愛したいと思っていた人は、誰もいなかったのかい?」


 アリサ以外に俺が愛したいと思っていた他の人。

 そう言われて俺は一人のエルフの顔を思い浮かべる。最近は顔を合わせる機会もめっきりなくなった人。でも、文通だけは続けており、その手紙を通してお互いの近況を知らせ合っていた。結局俺はアリサを選んだ。だが、もしアリサと出会わなければあの人のことを選んだだろう。

「アスティア…」

「そういうことだよ。君は少し早計過ぎたんだ。もう焦らなくていい。次の人生はよく考えて生きるんだ。物事の本質は結果だけじゃない。そこに至るまでにどんな道筋を辿ったのかこそ重要だ。さっき死霊魔法の答えを拒んだ君なら、そのことを理解しているはずだよ。」

 俺はケラノスからの言葉を噛み締めていると、突然体が光始める。

「これは一体…?」

「ここまでか…君の転生先が決まったみたいだね。君、こっちにおいで。」

 俺は席を立ち上がり、ケラノスの目の前まで歩いていく。するとケラノスは立ち上がり、六本の腕で俺のことを抱きしめてくれた。

「あの、これは?」

「ただの見送りさ。私だって一人でここに居るのは意外と寂しいものなんだよ?だから、ここに来てくれてありがとう。」

 その言葉を聞いて、俺もケラノスのことを軽く抱きしめる。

「私からあげられるものは何もないけど、君の幸せを願っているよ。」

 徐々に俺を包む光が強くなり、手足の先端から少しずつ消えていく。だが、不思議と恐怖は感じなかった。

「いえ、十分大切なことを教えてもらいましたよ。ありがとうございました。」

 俺はケラノスを離して光が俺を完全に消してくれるのを待つ。

 最後にケラノスは笑顔の仮面を手に取る。

「君なら力に勝てるはずだ。頑張ってね。行ってらっしゃい。」


「はい。行ってきます。」




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