第3話 調査隊

「ん、うーん…腰が痛くなるね…まだ着かないのかい?」

 女は王都からメリグという町に向かう馬車の中にいた。白く短い髪に赤い瞳を持ち、杖を横に立てかけている。その身なりからして魔法使いということがわかる。

「アスティア様、メリグはもう目の前です。」

「そうかい。」

 女────アスティアは王からの勅命を受けてメリグに派遣された。


 一週間前の王都、私はいつも通り王宮の書庫で新しい魔法の開発をしていた時だった。突然王に至急玉座の間に来るよう招集が掛かった。

 その時は何か戦争でも起こったかとのんびり構えていた。私はこれでも五百年生きたエルフだ。この王国が興る前から生きており、ずっと魔法の研究をしていた。この国の宮廷魔法士になったのもただの偶然だ。

 戦争に駆り出されるなら他国にでも逃げるか、と頭の中でぼーっと考えつつ、玉座の間に向かった。あんな報告を聞かされるとも知らずに。


「そなたの弟子であり、北部地方の魔法技術の発展と普及に貢献した魔法使い、エルラド・クエリティスが死亡した。」

 私はその報告を聞いた時僅かな時間ではあったが、全身が動かなくなった。

「…王よ。失礼を承知で申し上げます。それは確かな情報ですか?」

 声が震えないように必死に抑えながら、情報の出どころについて問いただす。

 まだ、まだ誤報の可能性だってある。死体が発見されていないならまだ…

「自宅で体が爆散した状態で発見されたらしい。死霊魔法をすぐに試したが、何の反応も無し。ほぼ確実に死亡しているとメリグの町から報告があった。」

「そう、ですか。」

 メリグ、前に私が行ったことがある町だ。エルラドと出会いそして別れた。瞬きする間のようなわずかな時間だったが、私はそのときのことを今もよく覚えている。

「それで今回呼び出した件はそのことについてだ。」

「なんですございますか?」

「エルラドは死ぬ直前、何かの魔法を使用していたようでな。あ奴を死に追いやった魔法の解明をお主に命じる。メリグに行き、エルラドの死の原因を究明するのだ。」

 私の弟子を…エルラドを死に追いやった魔法。

 確か一番最後の手紙では転生魔法の研究が最終段階に入ったと言っていた。あの時は「調子乗んな。焦ると失敗するよ。」としか返事を書かなかった。だが、あの手紙のことから推測するに可能性が一番高いのはその魔法だろう。

「わかりました。私にお任せください。」

 私は深々と頭を下げて、その命令を受けた。


「ここがあやつの家か。随分と偉くなったもんだな。」

「氏はここ数年でこの邸宅を建てたようで、ほとんどの魔法の研究はここで行っていたようです。」

 私の中でエルラドが言っていたとある言葉が思い出される。

「アスティアはわかってないなぁ。一軒家を持つっていうのは男のロマンの一つなんだよ。こんな小さい宿屋じゃなくていつかでっかい家に住んでやるぜ。そのときはアスティアも呼んでやるから、待ってろよ。」

 あの馬鹿弟子。死んじまったらロマンもクソもないだろうに。

 どうせ来るならあいつが生きている内に来ればよかった。

 私たちエルフは人間と比べてはるかに長い時を生きる。だから、生きている内に忘れてしまうことがある。私たちの後でやればいいは間に合わないことが多いのだ。

 そんなこともうずいぶん前に知っていたはずなのに。私の馬鹿野郎。

「そうかい。行くよ。」

「はい!」

 どうせ来るなら、あの馬鹿に呼ばれて来たかったよ。


 家の中に入ると、中はかなり暖かかった。

「お初にお目にかかります。ここの警備の責任者を任されました。カリドゥス・グルガと申します。本日からよろしくお願いします。」

 家の中にも兵士が何人もいて、遺体がある現場を厳重に警備していた。

「宮廷魔法士のアスティア・インフェルだよ。それしてもやけに暖かいね。死体の腐敗は大丈夫かい?」

「はい。魔法で冷凍してありますので。部屋の状態は事故発生当時から変わっておりません。暖房に関してはエルラド氏のご婦人が調査にあたる者達の為に自由に使って構わないと。」

「それは助かるね。じゃあ、始めようか。」

 私はさっそく死体のある現場に向かうことにした。


「これは、確かに失敗してるね。」

 私はその現場を見て、開口一番そう言った。ぐちゃぐちゃになった弟子の肉片に触れながら、目を細める。

「この馬鹿弟子が、私より先に死なないって約束だっただろう。クソが。」

 エルラドが転生魔法を研究し始めたきっかけも、私がエルフだったからだ。


「じゃあ、アスティアの知り合いってエルフ以外はみんな先に死んでしまうんだね…」

 とある日の夜珍しく酒を飲んでいた私は余計なことを口走ってしまった。

「まあ、そういう世の摂理だからね。仕方ないよ。」

 寿命が種族によって違うのは世界が決めた摂理だ。それを覆すことはできない。私も昔は他の種族の知り合いは多くいた。だが、今となっては指で数えるくらいしか居ない。

「…なら俺は一緒にいるよ。」

「はあ?」

 エルラドのその言葉に私は驚かされた。

「俺も人間だから同じ体では無理かもしれないけど、転生し続ければずっとアスティアと魔法の研究ができるでしょ。」

 転生。理論上は可能だとされているが、まだ誰も成功させたことがない魔法。その魔法が完成すれば世界の仕組みが変わるくらいの偉業だった。

「はぁ…できるもんならやってみな。」

 その時は全然期待していなかった。人間が扱うには高度過ぎる魔法。絶対に無理だとさえ思った。だが、それを口にしなかったのは、エルラドの一緒にいたいという思いが嬉しかったからだ。


「お前たちは散らかった肉片を集めておきな。」

「「はい。」」

 部下にエルラドだったものを集めておくように命じ、自分は一人で魔力の跡を調べることにした。

「ライトチェイサー。」

 私は無詠唱で痕跡を追う魔法を使用する。これで現場に残った魔力の痕跡を浮かび上がらせることができる。

 地面に浮かび上がったのは見たことがない魔法陣。やはりここで魔法を使ったのは間違いないようだ。だが────。

「なんだいこれ…」

 魔法陣の内容に目を通していくが、それは間違いなく欠陥品だった。とてもじゃないがこの魔法陣だけで魔法を使おうとした場合、間違いなく失敗するだろう。

 だが、そんなことはエルラドだってわかっていたはずだ。

 問題は何故失敗するとわかっていながらこんな魔法を使ったのか

「いや、まさか。超位魔法を…?」

 私は訝しく思って、周りに飛び散っている肉片の方も見てみる。その肉片一つ一つも僅かだが、まだ魔力が残っていた。

 これは間違いなく詠唱でも魔法を使っていた痕跡だ。

 魔法を使う場合、発動するには四パターンある。

 一つ目は詠唱。二つ目は魔法陣。三つ目は無詠唱。四つ目が魔法陣と詠唱を組み合わせた超位魔法。

「使ったのはおそらく超位魔法。可能性としては魔力の操作を誤ったのか?いや、まさか、まさか、失敗じゃなく成功だとしたら…?」

 この肉体の爆散という結果がもし前提として組まれていたとしたら。


 転生が成功している可能性がある。


 周りに散らばった魔力の痕跡もう一度よく確認する。肉片に込められている微弱なものを排して魔法陣に使われた魔力だけを見てみる。やはりそうだ。魔法陣から一切魔力が乱れていない。失敗していたならこうはならない。

 私は頭を回すが、そこから先は推測するしかないので困難だった。考えがどん詰まりになってしまった時、部下から声が掛かる。

「アスティアさんこれ、何でしょう?」

部下が指さしていたのは指輪だった。

「ただの指輪…?」

 いや、そんなわけがない。あのロマンを追い求める馬鹿が身にけていたであろう指輪だ。

 指輪の内側を見てみると中にはびっしりと魔法陣の刻印が組み込まれていた。一般的な指輪ではない。明らかに専用の職人に作らせた特注品だろう。

「これは、召喚魔法…?」

 私は指輪を拾いあげる。すると、突然魔法が発動し始める。家全体が光始め、床や壁一面に彫り込まれていた魔法陣が浮き上がる。

「この規模は一体…!?」

「ア、アスティアさん!大丈夫なんですか!?」

 部下たちがざわざわし始めるのを無視して、魔力がどこに流れているのかを調べる。

「狼狽えるんじゃないよ。魔力が集まっているのは二階か…」

 私は飛行の魔法を使って急いで魔力がある待っている部屋まで滑るように移動する。

「この部屋か。」

 私は研究室と書かれた部屋の中へ入ってみる。

 部屋の中には何もなかった。家具などは置かれているが、そこにあるべきはずの本やペン、定規など何もなかったのだ。

 だが、そんな部屋の中央に一枚の紙が落ちていた。

 私はその紙を拾いあげる。そこにはこう書かれていた。

『俺じゃない誰かへ。残念だったな!あんたが盗もうとしたもんは全部俺の秘密基地に送った!俺の物に手を出そうとしたアホ!アスティアにぶちのめされる日を首を洗って待っとけ!!』

 その文字は間違いなくエルラドのものだった。エルラドは自分が殺された時、自分の研究資料を守るためにこの仕掛けを作ったのだろう。

「全く、最後まで私の邪魔しやがって。これじゃあ捜査が進まないじゃないか。それに最後は私頼みかよ。あの他力本願野郎。」

 私は恨みがましくそう口にする。あいつの最後の言葉がこれとは本当に大馬鹿者だ。

 だけど、そうか。あいつは死後のことを託すくらいには、私のことを信用してくれていたんだな。

 私は溢れそうになる涙を拭い。その紙の裏側を見る。すると、そこには何か黄色い染みが付着していた。

 なんだいこれは。

 裏面の一番下には一行だけこう書かれていた。

『もしこれを見つけたのがアスティアなら、俺の言いたいことわかるよな!』

「わかんねーよばーか。」

 さっき拭ったはずの涙が再びこぼれそうになる。これはあいつが私の為に遺してくれた最後のメッセージだ。

 私はその紙に防腐と防虫の魔法をかけて劣化しないようにしておく。


 これは私がやらなければいけないことだ。エルラドが残したはずの研究を私が引き継ぐ。


 幸い私には時間だけはたくさんある。魔法の研究なんてこれが終わってからすればいいだろう。それにまだ、エルラドが転生に成功している可能性が高い。それも私にとっては希望だった。


 もう二度と後悔しないように。この紙の謎を解いてあ奴の秘密基地とやらに行く。そして、転生魔法が成功していたのかを確かめるのだ。

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