第5話 転生

「あぁあうあ?(どこだここは?)」

 目を開けるが視力が弱いのかぼやけていてよく見えない。そういえば耳もよく聞こえない。誰かが喋っているのはわかるが、ボーンと間延びしていてうまく聞き取ることができなかった。

 全力で手足に力を入れてみるが、やはり感覚が鈍い。


 何かがおかしい。


 俺は自分の置かれた状況にだんだんと焦り始める。

「ああぅ。あぁあうあぁあ。(召喚。魔杖オルカン)」

 言葉がろくに喋れない。なぜかわからないが魔力も大幅に減っている。


 不味い。本当に不味い。


 俺が長年ずっと使っていた魔法が使えない状況に置かれ、自分の生命の危機を感じた。

 だめだ、落ち着け。冷静にならないと。

 何か今の状況を何とか把握できる方法がないかを考える。

 詠唱は不可能。魔法陣ならいけるか?いや、でも、そうなると魔力量的に使える魔法はかなり限られてくる。無詠唱は詠唱自体はカットできるが、最後の魔法発動のトリガーは発音しなければいけない。

 そもそも何故魔力が少ないのか。これがわからない。

 転生魔法を組み上げた段階で、転生後に魔力の最大値が減るような設定はしてなかった。つまりこの状況自体俺が意図していない事、十中八九事故った可能性が高い。

 そうだ、あれなら使えるかもしれない。

 現状の魔力だと発動時間はかなり短くなってしまうが、仕方ないだろう。

「ああうあぅあ!(魔力感知!)」

 俺は少ない魔力をかき集めて、高位魔法の魔力感知の魔法陣を自身に掛ける。これは空気中にある僅かな魔力を経由して、視覚と聴覚を獲得することができる魔法だ。使用中は魔力を放出し続けるので今の魔力量では使えて一分程度だろう。

 だが、今は何としても状況の把握をすることが必要だ。

 魔法陣の効果が全身を包む感覚がした後、視覚、聴覚共にクリアになる。


 先ず視界に飛び込んできたのは知らない若い男の顔面だった。

「うあ!?(うお!?)」

「おお!?どうしたんだ急に?」

 なんだこの男!?というかここどこだよ。てか近い!

 俺は必死に首を動かそうとするが、頭が重すぎて首を横に向けるだけで精一杯だ。

 そこには小さい窓があり、一瞬ではあったが外の景色を見ることができた。そこには森が広がっていた。木々の合間から木漏れ日が差し込んでおり、ちらほらと別の家も散見された。

「こら!首を横に向けると危ないだろう!ほーら、こっち向いてお父さんと一緒にいましょうね~。」

 男はそう言うと、再び顔を近づけてくる。ただでさえ時間がないのにこの男の顔ばっかり視界に入るので、だんだん鬱陶しくなってくる。

 だが、なんとなく状況は把握できてきた。ここはどこかの家の中で一先ずは安全だということ。そして、さっきからずっとこの男の顔が視界いっぱいに入っていることと、五感が鈍いという事実。


 俺は一応転生に成功した。但し、生まれたばかりの赤ん坊に。


 状況的にもうこの可能性しかないだろう。俺は半分失敗したのだ。


「あぅ…(はぁ…)」


 俺は魔力切れになり、そのまま意識を手放した。



 俺は初めて生まれた我が子を抱き上げる。

「いいかい、絶対に急に動かしたらいけないよ!首から手を離さない事!いいね!」

看護婦の人からゆっくりと布で巻かれた幼い息子を受け取る。

「わかってるって。おーよしよし。お父さんだぞ~。」

 なんて可愛い存在なのか。

「あぁあうあ?」

「おお喋ったぞ!!ローナ!見てくれ!元気な男の子だ!」

 俺は妻に向けて赤子の様子を教える。

 妻は出産直後でひどく疲れている様子だ。しかし、息子の泣く声が聞こえてくると少しだけ目を開いて微笑んでくれた。しっかりと呼吸をできているし、あの様子なら妻の命の心配もないだろう。

「ああうあぅあ!」

「ん?」

 俺が息子から目を離していたうちに、なんだか手元が光ったような気がした。だが、目線を戻すと、そこにはさっきと変わらない息子がいた。どうやら気のせいだったようだ。

「うあ!?」

 そしてその直後、急に体をジタバタと動かし始める。

「おお!?どうしたんだ急に?」

 息子が急に暴れ始めたので、俺は首が落ちないように必死に抱き留める。

 「こら!首を横に向けると危ないだろう!ほーら、こっち向いてお父さんと一緒にいましょうね~。」

「だから言っただろ!こっちに貸しな!もう、危なっかしくて見てられないよ。」

 看護婦に怒られてしまい、息子をとられてしまう。息子はベッドに寝かされると、急に暴れなくなる。

「ああ、そんなぁ…」

「あんたの抱き方が悪い。もっと優しく扱うんだよ。これだから剣士は…」

 俺はそう言われて少し傷つく。これでも、出来る限り優しく扱ったつもりだった。だが、俺から降ろされた途端暴れなくなったことから、俺の抱き方が悪かったのだろう。

「あなた、大丈夫よ。これから二人で覚えていきましょ。」

「ローナ…ああ、そうだな。」

 俺はベッドに寝ている妻のロザリーナの手を握る。それにしても自分の子供とは本当に可愛いものだ。

 これからは妻だけじゃなく、この子のことも守っていかなければいけない。俺は必ずこの子をいい子に育て上げて見せると決意した。

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