第6話 現状把握

 俺がこの家の赤子に転生して二か月が経った。ここでの生活をしていてわかったことがある。


 一先ずここでの生活は安全で安定しているということだ。俺の両親であろう人たちの生活は、確かに毎日慎ましいものではあった。

 しかし、母親は父親が返ってくると、笑顔で迎え入れる。それに対して仕事で疲れているであろう父親も優しい笑顔でただいまを言う。そんな当たり前の光景が毎日続いているのが、俺は嬉しかった。

 今回の人生は暖かい家庭に生まれることができたようだ。

 しかし、問題もあった。それは魔力の最大値が減少したままということだ。最初は転生魔法を使ったことにより、一時的に減っているだけかと思った。だが、いくら時間が経とうが、魔力の最大値が前世と同じくらいまで回復することはなかった。

 記憶の喪失など他の問題は起こっていないが、俺は魔法使いだ。その力の源は保有魔力量に大きく依存している。この状態では一日に使える魔力感知の時間もほんの僅かしかない。

 俺はアスティアに最後の手紙で言われたことを思い出す。

「調子乗んな。焦ると失敗するよ。」

 今の俺はその言葉通りになっていた。

 確かに転生自体は完璧に成功したと言っていい。そこはケラノスが「世界の外側に足を突っ込んだ者」と言っていた言葉を信じるならまず間違いない。実際に俺は前世のこともケラノスと会った時のこともよく覚えている。

 俺が失敗したのは転生した「後」の設定をしていなかったことだ。おそらくアスティアが、転生魔法は最高難易度の魔法だと言っていたのは、これが理由だろう。

 死亡した後どんな存在に転生するのか。その対象は男なのか女なのか。歳は何歳の体に入るのか。魔力の保有量は前世から引き継ぐのか。設定しなければいけないことを上げ始めればきりがない。

 そして、何よりもどかしいのがこの体だ。

「ぁあああ!あああー!」

「あらあらどうしたの?お腹空いた?」

 俺は母親であるロザリーナ・リーヴァイスにウソ泣きをしてお腹が空いたことを伝える。そうするとロザリーナは家事をする手を止めて、こちらに近づいてくる。

 本当に申し訳ない。だが、この体の弱さは想像を絶するのだ。

 まだ自力で歩くこともできない俺は、自分の身に起きたことはこうして泣いて伝えるしかない。

 なんて情けない姿だろうか。

 これがマキエル王国北部最強と言われた魔法使いの末路とは、あまりにも悲し過ぎる。母親に母乳を分けてもらわないとすぐに空腹で動けなくなる。おむつを替えるのも自分では無理。体を拭くのも当然両親にやってもらっている。

 ああ、もう!魔法さえ!魔法さえ自由に使えれば、こんな地獄を味合わずに済むのに!むがああああ!


 俺は内心申し訳なさと恥ずかしさでいっぱいだった。


 「はーい、いい子ですねー。」

 私は抱きかかえた息子に母乳を与えつつ、体をゆっくりと左右に揺らす。母乳を一生懸命飲む息子の邪魔をしないように、静かにしてその様子を見守る。

 息子はよく寝る子だった。

 昼間はいつも寝ているし、起きたと思ったらすぐに泣き始める。

 起きた息子のベッドを見ると、よく汗で湿っていた。

 最初は何かの病気なんじゃないかと思って、町の医者に何度か見てもらった。

「…ふむ。起きた時にいつも汗をかいているのは気になりますが、体は健康そのものです。もしかしたら多汗症の可能性があるのでこまめに体を拭いてあげてください。」

 医者の先生はそう言うと、息子をベッドに寝かしてくれる。

「ということは息子は大丈夫なんですか?」

私がそう聞くと、先生は笑顔で答えてくれた。

「はい。心音も安定してますし、お腹が空けば素直に泣いて、親にアピールする。皮膚にも特に異常は見られない。とりあえず命に関わるような病気ではないでしょう。もし、何か他に異常が見られたましたら、その時にまた呼んでください。では、お大事に。」

 先生はそれだけ言うと、自分の診療所に戻っていった。

 私は先生に言われた通りに息子の体が汗でかぶれないように、注意して見るようにした。

 その甲斐あってか、ここ最近は汗をかいて寝ていることも減ってきた。急に「ああうあぅあ!」と言って周りをきょろきょろしていることもあったが、ベッドの外の世界が気になるのだろう。

「早く歩けるようになるといいね。」

 母乳を飲み終えて、背中を向けている息子に向けてそう話しかける。

 看護婦の人から教えてもらったことだが、母乳を飲んだ後は背中をさすってあげると良いらしい。初めての子育ては、わからないことの連続だった。夜寝ようと思ったら急に泣き出したり、目を離すとベッドから落ちそうになっていたりと、ひやひやすることばかりだ。

 近所の子育ての経験がある人に頼ることも多い。

「こういうのは助け合いだから。気にしなくていいんだよ。一緒に頑張りましょう。」

 そう言ってもらえて私としては本当に心強かった。夫は仕事の都合で昼間は外に出ている。そんな中で他に頼ることができる存在というのは貴重だった。


 これから大変な事もたくさんあるだろう。だが、私はこの子を健康な子に育てて見せると、強い思いを持っていた。


 その理由はこの子が大きくなったら教えてあげるつもりだ。


「だから、早く大きくなってね。」


 私は寝ている息子の頭を撫でて、家事に戻るのだった。


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