第7話 戻らない力

ぐぅ…クソがぁ!

 俺は全力で重い頭を持ち上げ、椅子の足に掴まりながらなんとか姿勢を起こす。身体強化の魔法さえ使えればこんな無様な姿は晒さないというのに。

 しかし、現状の魔力量では中位魔法である身体強化は、発動すること自体不可能だ。

 生まれた直後に比べれば少しづつ魔力量は増えてきている。それ自体はこの体が順調に成長している証拠だ。それはいいのだが、増える量があまりにも牛歩過ぎて気が遠くなる。

「頑張って!ほらもう少しよ!」

「ゆっくりでいいからな!気を付けるんだぞ!」

 それに比べてこの両親は暢気なものだ。俺が立ち上れるかどうかだけでこれだけ盛り上がっているんだから。こっちとしてはさっさと自律的に行動したくて堪らないのに。

 俺がこの家でおんぶに抱っこの生活をし始めて、早二年が経った。俺の魔力量は初歩的な魔法なら使えるようになった。五感も発達して来て、魔力感知を使用しなくても周りのことを把握できるようにもなった。

「ああ、凄いわ!もう少しで立てそうよ!」

「頑張れ!」

 わたったからそんなにこっちを見ないでほしい。この二人さえ見ていなければ飛行の魔法で自由に行動ができるのに、中々目を離してくれない。

 飛行魔法も魔力感知と一緒で、時間を絞れば発動自体は可能な魔法の一つだ。母親が洗濯を干しに行った時間は、毎日部屋の中を飛行している。

 その中でわかったことがいくつかある。まずここはマキエル王国ではないということ。ここら一帯の植生やら気候やらを観察し続け、ここはマキエルよりも南に位置していることがわかった。気温も過ごしやすい温度で安定しており、俺が前世で住んでいたところとは大違いだ。雪が降ることがないのは少し寂しかったが、この体で過ごすには適した土地柄だと言えるだろう。

 もう一つはマキエルとは違って、ここは魔法技術が発展しているということ。この家にあるものを一通り調べてわかったのだが、魔道具やアイテムの質が結構高い。俺もマキエルではそれなりに魔道具の普及に尽力してきたつもりだが、ここら辺のものはマキエルで使われている物より質がよかった。

 俺の魔力量がそこまでないのに発動できる魔道具もそれなりにあった。少ない魔力で発動できるということはそれだけ付与された魔法が高度に組み上げられている証拠だ。

 こうしたものが一般家庭に広がっているのは興味深い。この国がどこかはまだわからないが体が成長したら後々調べる必要があるだろう。

 俺は体を起こして、なんとか一人で立ち上がる。ぐらぐらして足元がおぼつかない。

 はぁ、キツい。

「あなた!立ったわよ!」

「ああ、よかったな!すごいぞ!次はこっちまで歩いてくるんだ。さあ、こっちにおいで!ルーカス!」

 そんなこと言われても無理に決まっているだろ。俺は膝をついてその場で座り込む。まだ歩くことはできないが、今日は大きく前進した気がする。

「ああ…さすがにまだ無理か…でも、偉いぞ。この調子で頑張ろうな。」

 父親のロムルスががっかりしたような表情を見せた後、近寄って来て優しく頭を撫でてくれる。

「そうね。もう自分で立ち上がれるなんて、子供の成長って早いのね。」

 これは最近気づいたことだが、ロムルスの体はかなり筋肉質で掌もごつごつしおている。家の中で筋トレをやっていることもあるので何か体力を使う仕事をしているのかもしれない。

 母親のロザリーナは基本的に家で家事をしていることが多い。もちろん買い物などで外出する機会はあるのだが、働いてはいないようだ。

 今日はロムルスの仕事も休みのようで朝から家の中で俺に付きっきりだった。

 本当にどこにでもあるような家族三人の時間。

 だだ、それは俺が前世で求めてやまなかった光景だった。

 俺も本当だったら、こんな家庭を築きたいと思っていた。だが、俺は最愛の人に選ばれなかった。俺は彼女のことをずっと愛したいと思っていたが、彼女の方はそうは思っていなかったらしい。

 悲しい話だ。友人から始まって、交際を始めて結婚までして。ここまで一緒にいてくれたんなら、心の底から俺のことを愛してくれていると思っていた。俺もその思いに応えようと、転生魔法の研究時間を削って、二人で過ごす時間を増やすように努めていたつもりだ。

 だが、それだけでは足りなかったのだ。仕事と家庭を両立し、充実した時間を過ごしていると思っていたのは俺だけだった。研究で部屋に籠っている間や、仕事で外に出なければいけない時。そういった時間は彼女は家で俺の帰りを心待ちにしていると思い込んでいた。

 それは違ったのだ。今にして思えば、そうした時間もあいつと秘密裏に会っていたのだろう。俺が外出している時なんて家に入るのも簡単だったはずだ。彼女とあいつの関係がいつから続いていたのかなんて知らない。そんなことは重要ではない。結果的に彼女は結婚した俺を裏切って、あいつを選んだ。それだけのことだ。

 だけど、俺はこうした日常を過ごしていると、ふとした時にどうしても考えてしまう。


 ああ、アリサと一緒にこんな景色を作れたらどれだけ幸せだっただろうか、と。


 だが、そんなことを考えるのも今日でやめだ。

 俺は再度両親の目の前で立ち上がる。今度は椅子の足に頼ることなく、正真正銘自分の足でだ。

「ルーカス!すごいぞ!」

「自力で立ち上がるなんて…本当にすごいわ!」

 俺はお母さんの胸に向かって倒れ込む。ただ、自力で立ち上がった。たたそれだけのことだ。だが、これは決別の証だ。俺は今日からルーカス・リーヴァイスとして生きていく。前世でやり残したことはここから始めればいい。


 だから、もう後悔を引きずるのはここで終わりだ。

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