第8話 出ない答え

「はぁ。」

 小さくため息をついた私は、読み終えた本をそっと閉じる。

 この本もハズレだった。他国からの輸入品というだけあって、興味深い内容ではあった。しかし、私が求めている答えは載っていなかった。

 弟子のエルラドが死んでから三年が経った。彼が私に残してくれたのは、あの紙切れ一枚だけだ。

 指輪の方は彼の妻の強い希望で譲らざるおえなかった。もちろん返す前に内側に刻印された魔法陣は写しておいたのだが、これも特に重要な手掛かりは見つけられなかった。

 どうやら使われていた召喚魔法はただ呼び出すだけのもので、座標などのどこに行ったのかはわからなかったのだ。紙の方はおそらくこの召喚魔法に連動するようにあらかじめどこかでセットされていたのだろう。

 おかげでこちらとしては、正真正銘この紙しか手掛かりがなくなってしまった。

 そして、その件の紙も曲者だった。

 紙自体は貴族が使うような質の高いもので、手触りも良くなめらかな紙だ。高額なものではあるがマキエル国内でも入手可能なごく普通な紙。何か特殊な加工がされているわけでもない。使われているインクも一般的に流通しているもので、スクロールに使われるような特殊なものでもなかった。紙自体が魔力を帯びているわけでもない。なんの変哲もない紙。

 唯一気になったのは、やはり裏面に付着していた黄色いシミだ。うっすらとではあるが、紙全体に付着しているこのシミ。調べてみたところ、コーグの実という酸っぱい木の実の成分が検出された。

 その木の実の成分は特に防腐効果や防虫効果があるわけではない。つまり、このコーグの実のシミに彼が言いたかったことが込められているはずだ。

「コーグの実…黄色の見た目で大きさはコブシ大。柑橘系で料理やお菓子の味付けに使われることもある。分布図はマキエル王国だけでなく、大陸北部に大きく広がっている。特筆すべきことはなし、か…」

 私は植物図鑑からメモした紙を杖の上に置く。

 机の端に手を伸ばし、すっかり冷めてしまった紅茶に口をつける。

 ここ三年間エルラドの死を調査してわかったことがある。

 先ずあの家は立体魔法陣の塊ということだ。壁から天井に至るまで、あの指輪のトラップを作るためにあれだけの魔法陣が必要だったのだろう。家の内部は一年かけて調べあげたが、家に組み込まれていた魔法陣はあまりにも高度で私の知識をもってしても解析には数年が必要になる見込みだった。

 弟子が師匠を越えるのはある種の恩返しといえるのだが、ここまでされると少しげんなりしてしまう。

 エルラドは小さい頃から自分の家を持つことを夢見ていた。多分だが、この魔法を思いついた時から十年以上かけてこの魔法陣を組み上げたのだろう。その努力は称賛に値するが、欲を言えば私の家に送ってほしかった。そうすればこんなに苦労することもなかったのに。

 紙の裏面に書かれた一文に私は目を落とす。何回読んでもエルラドが何を言いたいのかさっぱりだ。

 可能性があるとすれば、この紙自体がどこかの鍵となっている場合だ。この紙に魔力は含まれていない。だが、エルラドの秘密基地とやらの鍵が、この文章が書かれていることや、コーグの実の成分が染み込んでいること。これらの事を条件として、条件魔法を使えば、組み上げ方次第ではできなくはない。

 一応家の中のあちこちにこの紙を持って行ったが反応しなかった。

 やはりその秘密基地とやらはどこか別の場所にあるのだろう。

 もう一つの可能性はこの紙自体に、魔力に寄らない仕掛けがあるという場合だ。ここ一年はずっとこればかり考えていた。この紙に使われている素材や産地、加工の仕方や、取り扱っている商会に至るまであらゆることを調べた。だが、どれだけ調べても点が増えていくばかりで、どこかが線に繋がることはなかった。

 椅子に深く腰掛け、窓の外に目をやる。今日は日が出ており、一日を通して暖かい日だった。こんな日は普段ならバルコニーに出て一人でお茶をしたいものだが、やることが溜まっている今はそんな暇はなかった。

 思えば私はエルラドのことをどれだけ理解してると言えるのだろうか。彼と過ごした時間は私の人生からすれば本当に短い間だった。

 私が弟子をとったのは先にも後にもエルラドただ一人だけだ。

 当初、王から私に弟子をとってみないかと打診されていた。私は自分の研究がしたかったので、弟子に相応しい人材を自分で探すと言って王都を出た。王都を出た時は適当に王国をブラついて少し時間が経ったら帰ろうと思っていた。

 そこで出会ったのがエルラドだった。独学で魔法を学び、私が出会った段階でまだ十歳なのに、もう上位魔法に手をかけていた。

 すばらしい素質だと思ったのだ。

 だからこそ私はメリグの町に留まり、彼に魔法の基礎を教え込んだ。あの時間は本当に楽しかった。私が教えたことをすぐに取り込み、成長していくエルラドは水を得た魚のようだった。

 私はあまり人と関わるのが得意ではない。口が悪いのもあるが、自分に合わない人だと思うと話す気が失せてしまうのだ。

 その点エルラドとは相性がよかった。彼は私の口の悪さを笑って流せる性格をしていた。そのおかげもあっていろんなところに二人で出かけたものだ。

「出かけた…そうか…」

 彼との思い出を辿っていた私は一つの可能性に思い至る。

 それは私とエルラドが今まで行ったどこかに、彼の秘密基地があるという可能性だ。今までは紙だけを頼りに秘密基地の場所を探さなければいけなかった。だが、もし、私のと思い出に答えがあるのなら────。

 私はすぐに棚から地図を取り出し、記憶にある場所に印をつけていく。


 彼との思い出。そこにこの答えがあると信じて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る