第46話 入学

 大学の入学式。入試の狭き門を突破した者だけが、受けることができる記念すべき行事。

 全員が嬉しそうにしている中、俺はというと───。

「ふあーああ…眠…」

 特に嬉しくもなければ、わくわくもしていなかった。

 この日の数日前に試験の結果が大学の門に貼り出されていた。俺の名前は推薦枠の中に書いてあるだけだった。特待生としては合格できなかったのだ。そして、主席合格者の名前のところには、あの女の名前が書き出されていた。

 つまりあの女は約束を履行したのだ。

「では続いて、入学者代表挨拶。主席のイリス・ファイ・ネカダ殿下。」

 司会の人に呼ばれたイリスは、優雅な足取りで壇上に上がっていく。そして、話し始める前に俺の方に視線を送ってくると、僅かに微笑む。俺は特に何の反応も返さなかった。

「ご紹介にあずかりました。イリス・ファイ・ネカダと申します。本日はこのような記念すべき日に、私の話を聞いていただいてありがとうございます───。」

 そこからは長々としたありがたい話が始まった。要約すると、「一緒に楽しく勉強しよう。」とのことだった。中身がないことを飾り付けてあそこまで引き延ばせるとは、その辺りはさすが王族と言ったところだろう。

 俺はあくびを噛み殺しながら、入学式が終わるのを待った。


 式が終わると、俺達新入生はそれぞれの教室に通された。ぶっちゃけ、俺は学校がどういうところなのか全く知らない。前世ではこんなところに来る余裕なんて無かった。俺以外の生徒は皆、高そうな服を着ている。それだけではない。宝石が付いたネックレスをしていたり、鞄も一目見ただけでわかる高級品だ。対して俺のは自分で作った例の鞄。教室の中で明らかに俺だけ浮いていた。

 こんなので青春なんて送れるのかと思っていると、俺の横に誰も居ない空席があることに気がつく。

 なんだこの席。

 入学式に休む人なんてほぼ居ないだろう。なのに、空席がある。俺は少しだけ気になった。だが、俺の視界には横からデカい胸がスライドインしてきたことで、強制的に顔を上げさせられる羽目になる。

「…なんか用?」

 このデカい胸は見覚えがある。イリスだ。

「別に?友達と同じクラスになったから、挨拶にきただけですよ。今回の件、ありがとうございました。今後とも仲良くしたいものですわ。」

 なんで俺がお前と仲良くしなきゃならんのだ。そう言いたかったが、周りからの視線を考えて、流石に自重した。

「はいはい。」

 俺はそれだけ答えると、逆側を向いて話しを強引に終わらせる。青春を送るのが目標だが、まず間違いなくこいつとは楽しくやれない。

 ため息をついて目を開けると、そこにはさっきと同じ胸があった。

「…早く自分の席に戻れよ。」

 俺がそう言うと、イリスはそのままそこの席につく。

「私の席、ここですよ。」

 イリスがこちらを面白がるような笑顔を浮かべている。なんでこんなにも俺は運が悪いのか。この学校の机は三人で一つの椅子と机を使うようになっている。

 俺はできる限りイリスから距離を取って、座り直した。 


 少しすると、教室の中に若い男性が入ってくる。

「はい、静かにしてー。僕が君たちの担任のエンゲルス・クーベルズだ。よろしく。じゃあ、今日は学校の説明と、自己紹介でもしようか。」

 学校の設備や授業についての説明が始まる。

 どうせ勉強することなんてないと思っているので、全て聞き流していた。

「最後に、皆さんには部活動に入ってもらうことを推奨しています。是非他者と交流して、見聞を広めてください。じゃあ、自己紹介に入ろうか。前から順に立って、名前と好きなことを一つか二つ言ってもらおうかな。じゃあ、そこの君から。」

 一番前の扉側にいた生徒が立ち上がり、自己紹介が始まる。

「僕はシャウド・ローカスト。父は子爵です。好きなことは武具を集めることです。私の領地は魔物の森が近いので、狩りに行きたい人は是非声を掛けてくださいね。」

 言い終わると、周りから拍手が送られる。

 そして、次の人が立ち上がる。その子は貴族ではなかったが、王都に拠点を置く大商会の長の息子だった。

 あー、これ、気づいちゃった。

 これって自己紹介というなの自慢大会だ。

 当たり前だが、俺には自慢できるような肩書きなんて何一つない。どうしたものかと必死に考える。なんとかして、当たり障りのない自己紹介をしなければいけない。

「じゃあ次は、横の君。」

 とかなんとか考えている内に俺に順番が回ってくる。

 立ち上がって、俺はとりあえず名前を言う。

「えーっと、ルーカス・リーヴァイスです。あー…魔法を研究するのが好きです。」

 俺がそう言うと、周りはシーンとしていた。

「…それだけ、かい?」

 エンゲルス先生も流石にもっと何かあるだろと、話すように促してくる。そんな顔されても何いえばいいかわからない。そう思ってると、机の上で丸くなっているヴァーレンが目に入る。

「あ、あと竜の子供と暮らしてます。ヴァーレン、おいで。この子、人見知りなので仲良くしてやってください。」

「おお、竜か!それはすごいね。このクラスのには竜持ちが二人もいるなんて、こんな偶然中々無いよ。ありがとう。じゃあ、最後に殿下。お願いします。」

 周りから拍手が巻き起こる。よかった、なんとか突破できたらしい。

「助かった。ありがとう。」

「キュウ…!」

 俺はヴァーレンにお礼を言うと、イリスの方を見る。

「入学式にて自己紹介させていただききましたが改めて。イリス・ファイ・ネカダ、この国の第二王女です。ここでは身分を気にせず気軽に接してくださいね。ああ、あと───。」

 イリスが俺の方を見て、嫌な笑顔を浮かべる。

「ルーカスさんは私のご友人なんです。よろしくお願いしますね。」

「…え?」

 俺の小さいつぶやきは誰にも届くことがなく、周りが若干ざわつき始める。

「ルーカス君。君、イリス様の友人だったのか!」

 先生から驚きの声が上がる。イリスの方を見ると、俺の反応を見て遊んでいた。このクソガキ。どれだけ俺を振り回せば気が済むんだ。

「あーまあ、そんな、感じ、ですかね。は、ははは…」


 俺は苦笑いして誤魔化すことしかできなかった。

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