第60話 謹慎

 会議室での一騒動から一夜が明けた。その日の放課後はどこにも足を運ぶ気にならなかった。それと、結局オルカンは盗られることはなかった。あれだけ殺意をバラ撒かれたのだ。怖くなったのだろう。


「あー暇。」


 そして、俺は自室のソファで寝転がっていた。


 結論から言うと、俺の記録はなかったことになった。当たり前だ。あんなに無礼なことをしておいてそうならないわけがない。

 そして、俺は教師に手を挙げた罰で一週間の出席停止になった。

 入学早々出席停止なんて、周りからしたら問題児だと思われているだろう。なんでこんなことになってしまったのか。

 幸いというか、なんというか、俺はここの成績にこだわりはない。学歴が欲しくて入ったわけではないので、卒業はできたらいいな程度にしか考えていない。

「おい、もっと撫でろ。」

「はいはい。」

 俺の上で裸で抱き着いているオルカンの頭を撫でる。

 あの時は本当に危なかった。まさか最高火力の砲身と弾を使うとは思っていなかった。

 あれは魔族を都市ごと吹き飛ばしたタイプのもので、もう二度と使う機会はないと思っていた。

「はぁ、そろそろ帰る。」

 オルカンはそう言ってドレスを着始める。あれからずっと不機嫌なままだ。俺の為に怒ってくれていたのはわかっているので、俺としてもそこまで強く言えなかった。

「そうか。お疲れさん。」

 オルカンが帰還すると、本当に一人になってしまった。ヴァ―レンも今はふてくされてベッドで寝ている。しかし、貴族の社会とはよくわからん。前世でもたまに巻き込まれることはあったが、大体アスティアが庇ってくれた。だから、ここまであからさまに貴族の差別意識に触れることはなかった。

 まあ、試験の時のイリスもそうだが、体面を気にするというのはよくわかった。これからは目立たないように適度に手を抜けば、問題は起こらないだろう。

 高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応していけばいい。

 俺の人生全部それでやってきた。

 夢とロマンを追い求めるなら、今を生きないとやってられないのだ。

 俺は特にやることもないので、久しぶりに転生魔法の資料作りに励むことにした。


「酷い顔。」

 俺が振り返ると、そこにはイリスが立っていた。

「どうも。で、なんか用か?」

 俺は資料を片付ける。テーブルを空けると、向かい側にイリスがやってくる。お付きのメイドが椅子を引き、イリスは当然のように椅子に座る。

「その前に。今回の件、こちらで勝手に手を打たせてもらったわ。」

 イリスはメイドにお茶を用意させると、部屋から下がらせる。

「なんだ、やけに罰が軽いと思ったらそういうことか。」

 俺はお茶を飲みながら、だるそうにそう答える。

「あの魔法は私の為にやってくれたことですもの。それくらいの義理を通す気持ちは、私にもありましてよ。」

 イリスは片目を開けると、不満そうに小さくため息をつく。

「そうか。ありがとう。」

 乾いた笑いを浮かべながら一応お礼を言っておく。理由はどうであれ、なんだかんだ俺の味方をしてくれる人も少なからずいる。別に貴族のやつらのごたごたに、こちらから突っ込んでいく必要はない。これからは穏便に学生生活を送ればいい。

 それにもし本当に心の底から嫌になったら逃げればいいのだ。

 逃げてはいけないなんてことはこの世にはない。

「そ、それよりも!あなたの魔法を学ぶ話なのだけど。これっていつから始めるの?」

 イリスもお茶を飲んで一息いれる。

「ああ、決めてなかった。どうする?放課後に訓練場を借りてやるか?」

 俺は提案するだけして、何も決めていなかったことを思い出す。

「私、一応王族だから、暇じゃないのよね。できても週に一回くらいしか時間取れないわよ?」

「それだけくれるなら十分だ。俺もその日は生徒会を休ませてもらえるように、会長に言っておくよ。」

 俺は入学して支給された手帳にメモしておく。これで忘れることもないだろう。

「…あなた。生徒会に入ったのね。いや、それだけの力があって、あの人が放っておく訳ないわよね…私には声も掛けなかったくせに…」

「イリス?」

 悲しそうな顔をするイリス。何か小声でぶつぶつ言っていたが、後半はよく聞き取れなかった。

「なんでもないわ。じゃあ、お昼休みも終わるし、私は教室に戻るわね。そんなに暇ならどっかブラついてきたら?」

 イリスはそれだけ言うと、俺の部屋から帰っていった。もしかして俺に気を遣ってくれたのだろうか。もし彼女が今回の件に負い目を感じているのなら、流石にそれは申し訳ない。今回は軽率にオルカンを召喚してしまった俺のミスだ。

 イツキが不機嫌だったことも含めて、もっと考えてから行動するべきだった。

 今回のことから俺が得るべきことは大きかったように思える。これからは庶民という単語にはかなり警戒したほうがいいだろう。

 でも、わざわざ足を運んでくれるとは、存外いいところもあるではないか。


「あいつ、当たり前のように鍵空けて入ってきたな。」


 俺はそうつぶやくと、ご飯を作るためにキッチンの方に歩いて行った。

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