第81話 すれ違い過ぎた告白

 午後になると、俺はシルに呼び出しをくらっていた。

 俺は貴賓室にいるシルの部屋をノックする。すぐにメイドが俺のことを確認して、シルに伝えてくれた。

「ヴァーレンはここに居てくれ。」

「キュイ。」

 少し時間を空けた後、俺は部屋の中に呼ばれる。

「なんか用か?」

「来たわね。用というほどの事でもないわよ。」

 俺が向かいの席にかけるとシルが要件を話し始める。

「今日は私と付き合いなさい。」

 彼女からのその誘い文句は、嫌な思い出しかない。

「えぇ…どこ行くの?」

 不安になりながらも、念の為に行き先を聞いておく。

「安心なさい。そんな無理なことはさせないわ。」

 シルはそう前置きすると、笑顔で話し始める。

「ちょっとパーティーに出るだけよ。」

「十分めんどいわ。」

 俺は間髪入れずにシルの言葉を否定する。王妃が出席するパーティーって、もう絶対ヤバいやつだ。

「いいじゃない!何よ!?私のドレス姿見たくないの!?」

 シルはその育った胸を張り、俺に説得を試みる。

「いや、見たいけど。それとこれとでは話が違う。」

 こいつのドレス姿は前世では、何度か見たことある。あの時も小さい時も随分せがまれたものだ。

「もう…相変わらず頑固なんだから…でも、そんなこと言っていいのかしら?」

 シルはメイドの一人に合図して、小さな箱を持って来るのを待っていた。

「な、なんだよ…」

 メイドから差し出された箱を手に取ると、シルはそれを見せつけてくる。

「これ、欲しいんじゃないの?」

 シルが持っていたのは、今の俺が一番欲しているものだった。

「赤い魔石…!一体どこで…」

 その手には、俺が持ってるものと同じサイズの赤い魔石が握られていた。

「私だって遊んでたわけじゃないのよ。これくらい、私の裁量で動かせるようになったんだから!」

 シルはそれをメイドが持つ箱の中に戻すと、笑顔でドヤってくる。

「うーん…どうしよっかな…」

 俺は懐から赤い魔石を取り出す。これのストックが増える機会なんて、もうないだろう。

「あ!なんで転生したのに、もう持ってるのよ!」

 シルは身を乗り出して俺の魔石を指さしてくる。

「自分で手に入れたんだよ。」

 俺はそれをしまって、シルに席につくように促す。

「むぅ…ねえ、いいでしょ!半日だけ!半日だけだから!」

 だが、シルは俺に食い下がってくる。

 わかったから、そのでかい胸を揺らすのをやめてほしい。シルにその気がないのはわかっているが、さすがに目の毒だ。

「…落ち着けって。いいよ。今日一日よろしくな。」

「本当に!?やったわ!そうと決まれば、やりたいことなんていっぱいあるわよ!」

 シルは笑顔でそう言うと、メイドたちに指示を出し始める。

「パーティーまでに何かするのか?」

「まあね。ちょっと立ってくれるかしら。」

 俺は言われるがままに立ち上がると、椅子を退けられる。

「失礼いたします。」

 メイドたちは一言断りを入れると、俺の制服を脱がして、勝手に採寸し始める。

「これは?」

「いいから動かないの。」

「はーい。」

 俺はそのまま立っていると、すぐに採寸は終わった。

「失礼いたしました。」

 メイドたちは礼をすると、何人かが外に出ていく。

「あなたたちももういいわ。」

「かしこまりました。」

 シルは立ち上がると、残っていたメイドたちも退室させる。

「ふぅ…」

 部屋に二人だけになると、急に静かになってしまった。

「…シル?」

 俺が彼女の顔を覗き込もうと近寄る。

「お願い。何も言わないでね。」


 シルは俯いたまま、俺のことを強く抱き締めてくる。


 絶対に、動揺してはいけない。

 彼女の鼓動が直に伝わってくる。

「エルラド、昔みたいに撫でて頂戴。」

 俺は細心の注意を払いながら、彼女の頭にだけ触れる。余計なところに触らないように、変な気を起こさないように。

「この撫で方、本当に懐かしいわ。ねえ、エルラド。」

 シルの声が耳元で聞こえる。

「なんだ?」

「強く、ぎゅって抱き締めて。」

 その妖艶な声に、不覚にも驚かされる。

「…そんなこと、言っていいのか?もう王妃なんだろう?」

「いいのよ。だって、ここには私とあなたしか居ないじゃない。」

 つまり、二人きりじゃなければ、してはいけないということだ。

「…そうだな。」

 そんな無理なことをわざわざ言ってくるということは、シル自身もわかっているんだろう。

 ならばこそ、俺はシルのことを抱き締める。

「ん…」

 シルの口から僅かにそのか弱い声が聞こえた気がした。

 それからしばらくの間、抱き合ったままで無言の時間が流れた。

 そして、お互いの鼓動が気にならないくらいの時間が経った後、シルが口を開く。

「…全く。今なら私の体に触り放題なのに…相変わらずね。今だから言うけれど、私、結構本気であなたのこと好きだったのよ?」

 シルはそのまま俺の方に体重を預けてくる。

「大人になったら、あなたのお嫁さんにんるんだーって、お母様にもよく話してた。でも、私が大人になる頃、あなたはもう他の人を選んでいたわ。」

 シルが俺の顔を自分の胸に沈めてくる。

 本来なら抵抗したい。でも、できない。

「だから、諦めるしかないって自分に言い聞かせた。もうあなたの一番にはなれないからって、自分を無理やり納得させたわ。そして、今の夫に見初められて、私は王妃になった。」

 自分の半生を懐かしみながら、俺に聞かせてくれた。

「みんなに認められて、子供も生まれて。これでいいんだって思っていたのに。なのに────。」

 シルは上半身だけ少し離すと、俺の顔を両手で包み込む。

「なのに、どうして、今更、私の前に来ちゃうのかしらね。」

 その顔にはとめどなく涙が溢れていた。

「…」

 その涙を前に、何も言えない自分がいた。

「しかも今なら、昔の夢が叶うかもしれないのに。」

 シルは泣きながら話し続ける。その涙を止めたいのに、俺にはそれをやる資格がない。

「ごめん。」

 彼女の顔を直視できない。

「私も、こんな気持ち、打ち明けちゃいけないって、頭ではわかってるの。でも、どうしても言葉にしないと、抑えられないのよ。」

 彼女の口調が僅かに早くなっていく。

「ねえ、エルラド。改めて生きててくれてありがとう。そして、ごめんなさい。あなたがいない間に先に大人になっちゃって。」

 シルは無理矢理笑顔を作り、俺に笑ってみせる。


「私、あなたのこと大好きだったわ!」


 俺はその痛々しい顔を見ていられなくて、シルの頭を引き寄せる。

「お前が謝るようなことじゃない。」

 彼女を振り回したのは間違いなく俺だ。

「全部、俺が弱かったせいだ。責任は俺にある。」

 俺はようやくそれを口にすることができた。

「エルラド…!ねえ、エルラド…!私、頑張ったわよ!今日までずっと頑張ってきたのよ!だから、今日は、今日だけは許して頂戴…」

 あの時、もし転生しなかったら、どうなっていたんだろうか。俺は、別の幸せを掴むことができたのだろうか。

 それを確かめることは、もう絶対に叶わない。

 ならば、これから清算していくしかない。俺の全てをもう一度かき集めて、みんなに謝るのだ。

 俺が弱くてすまなかったと、ちゃんと頭を下げるのだ。

 シルのように、もう取り返しがつかないこともあるかもしれない。

 それでも、やらなければいけない。


 それが俺の罪だから。

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