第80話 番外編(リクエスト) その肩を寄せて
これは、まだオルカンを完成させる以前の、二人だけの秘密の記憶────。
「アスティア…こんな山奥に本当に花なんかあるのか?」
先を進む彼女の背中を追って歩き続ける。歩いているのはもはや獣道と言って差し支えない森の中だった。
「さっきからうるさいよ…こっちも蒸し暑さでおかしくなりそうなんだ。つべこべ言わずに魔力感知に集中しな。」
俺はアスティアと一緒に、マキエルの南部にあるとある森に来ていた。
そこにだけ咲くという伝説の花を求めて。
「花?」
俺は調整中の人形────、実験体デルタからその話を聞いていた。
「はい。エルラド様、以前、イツキ様が私に話してくださったんです。『なんか伝説の花があるんだって!デルタも見てみたいよね!』、と。もしよろしければ拝見してみたいと思いまして。」
デルタは笑顔で俺にその時のことを話してくれた。イツキ曰く、最近、町中ではその花が見つかったという噂が流れているらしい。でも、噂が流れてるだけで、現物を見た人はいないとのことだった。
「所有者様に対して無理なお願いなのは解っております。でも、もしお時間に余裕がございましたら、お願いしたいんです。」
彼女の表情から笑顔が消えていく。
「私は、ここから動けませんから。」
窓の外を行き交う人たちを眺めながら、デルタぽつりと呟いた。
「…よしわかった。採ってくる。」
俺はその表情を見て、すぐに決断する。
「本当によろしいのですか?」
「ああ、いいぞ。それに、伝説の花なんてロマンある単語を、俺が無視するわけないだろ!」
彼女に服を着せると、俺は出かける準備をする。植物に関することなら、アスティアに協力してもらったほうが早いだろう。
「よろしくお願いいたします。行ってらっしゃいませ。」
「行ってくる。留守番、よろしくな。」
頭を下げる彼女を尻目に、自分の小屋を後にした。
「クソが…手伝いなんて引き受けるんじゃなかったよ…」
彼女は汗で張り付いた服を嫌そうな目で見る。
「暑い…」
俺はもこの高い湿度と気温のせいで、さっきから汗でベタベタだ。流石にそろそろ休憩を挟みたい。というか本当にこんな森の中に花なんてあるのだろうか。
「ん?アスティア、なんか聞こえない?」
俺は先を行くアスティアに声をかける。なにか水が流れる音が聞こえた気がした。
「この音…川か。エルラド、少し休憩するよ。」
「やったー…」
俺たちは二人でその水の音がする方に歩いていった。
川辺に着くと、そこには豊富な水量の川が流れていた。
「綺麗な水だな。お、アスティア!魚もいるぞ!」
俺はその透明度に驚いた。水は青く染まっており、川底まで見通す事が出来た。
「そうかい。私の分も獲って、捌いて焼いておきな。私は向こうで水浴びをしてくる。」
リュックを降ろすと、アスティアはタオルだけを手にして上流の方に歩いていく。
「…え!?」
俺はその言葉に目を輝かせる。
「覗いたら寄生樹を植え付けて木にするよ。」
アスティアは振り向くと、鋭い視線でこっちを睨んでくる。
「はいはい…わかったよ…」
その視線に勝つことなどできるわけもない。
俺は魚を捕まえるために、一人で杖を構えるのだった。
私は穏やかな流れの場所を見つけると、そこでタオルを石の上に置く。ここならエルラドも来ないだろう。
張り付いた下着を脱いで、川の中に入っていく。
「冷たい。」
これは森の湧き水なのだろう。いい水質だ。この森が豊かな証がこの水に詰まっている。
これだけの水量を維持できる保水力。多様な植生。そして、水の硬度。
いい環境だ。この川を見つけられただけでもここに来た価値はあったかもしれない。
私は試験管にここの水を採取しておく。あとで調べてみるのもいいだろう。
「ふぅ…」
水を吸った髪を絞り、魔法で服と体を乾かす。
しかし、そこで下着を着けて上から白い服を着ると、とあることに気がついてしまう。
「しまった…」
私は一つだけミスをしたことに顔をしかめる。黙っていればエルラドにはバレないだろう。
荷物を手に取ると私はエルラドが待つ下流に戻っていった。
「おかえり。もうすぐ焼けると思うぞ。」
俺は身なりを整えたアスティアを迎え入れる。
「火力も上手く調整できてるね。上出来だ。さて、昼飯にしようか。」
俺の魔法を解析すると、少しだけ褒めてくれた。
俺はアスティアに水筒を渡して、塩を振った魚を二人で頬張る。
「美味い!」
「美味いね。良い味付けだ。」
サバイバルではないが、こういうものを自然の中で食べるのは、他では味わえない感動がある。
川の傍ということもあり、さっきよりも周りの気温が下がっている。
そのおかげで俺たちは、ゆっくり休むことができた。
「そういえば、アスティアは伝説の花を見たことあるのか?」
「あるよ。揺籃のシスティっていう赤い花だ。昔来た時にはもっとあちこちに咲いていたんだけどね。」
赤い花。やはりそんなものまだ一輪も見ていない。
「へえー。」
俺たちは森の中へ入る前に、麓の村に休憩のために立ち寄った。だが、アスティアはその時に、ここ最近の話を村人に聞いておいたらしい。
「今日中に見つけたいところだけど、嫌な感じだね。」
アスティアは空を見ながら、僅かに雲が出てきたことを見抜く。
「じゃあ急ぐためにも、そろそろ再開するか。」
俺は火を消すと、出発の準備をする。
「伝説になった理由。」
「ん?」
俺が片付けをしていると、荷物を整理しながらアスティアが話を続ける。
「私も調べてみたんだよ。なぜ揺籃のシスティが伝説になっちまったのかをね。」
そう言って彼女はシスティのことについて話し始める。
「元々システィは、数が少ない花だというのは言われていた。でも、環境さえ揃えることができれば、人工でも生育可能だった。」
水を一口含んでから、彼女は話しを続ける。
「赤以外の色は、ね。」
彼女が顔をあげた先には、一輪の黄色の花が咲いていた。
もしかしなくてもあれが揺籃のシスティだろうか。
見た目的には薔薇に近い。だが、薔薇より一回り大きく、中心は黒味がかっていた。
「赤だけはどれだけやっても人工では増やせなかった。それどころか、いつの間にか人里付近では全く見なくなったそうだ。」
かつては、田舎の村では見ることができたシスティ。しかし、赤色は他の色とは違い、気付かない内に消えていたそうだ。
「その貴重さと血液のように真っ赤な色から、赤にだけ特別な花言葉がついた。」
荷物を背負った俺達は出発の準備をする。
「どんな?」
「それは────。っ!?」
そこで突然、アスティアが杖を召喚して、戦闘態勢に入る。
「エルラド、構えな!」
空から何か大きなものが近付いてくる。
それは四本の鳥の足。大きな茶色と白が入り混じった翼。そして、鷲の頭部。
「グリフォン…!?こんな足場の悪いところで…!」
それは竜の次に強いとされている、飛行系の魔物だった。
「私が動きを止める。攻撃は任せるよ。」
「了解!クラウソラバースト!」
俺は杖を構えると、すぐに攻撃魔法を発動する。
「フライ。ソーンバインド。」
アスティアは空に飛び上がると、拘束魔法でグリフォンを捕らえようとする。
しかし、敵は空中戦闘のエキスパート。高度を一瞬で上げると、魔法の効果範囲から逃げられてしまった。
「チィ…!流石に速いね。」
彼女の表情が僅かに歪む。
そして、飛び上がったグリフォンはそのまま高速落下して、爪での攻撃を仕掛けてくる。
「シールド!」
俺はすかさずアスティアを守る。グリフォンは着地して、こちらの様子を伺っていた。
「アスティア、どうする!?」
あまりにも動きが速い。二人なら負けはしないが、正直ジリ貧だった。
「…左翼を見ろ。あれは私たちがつけたものじゃない。狙いを絞る。相手との距離に注意しな。」
アスティアは小声で俺に指示を飛ばす。確かに敵の左翼には、黒いひび割れのようなあざができていた。
「了解!」
俺たちは今度こそ攻撃を当てるために、大技を準備する。
「湧き上がる生命の源。母なる大地より解き放たれるは、原初の命の濁流なり────。フォレストバーン。」
アスティアは超位魔法を発動する。
グリフォンは再び空に逃げようとしたが、左翼を捉えられるとそのまま木に捕まった。
「ここで決める────。」
そう思って彼女が攻撃しようとしたときだった。
「アスティア待つんだ!」
俺はその追撃に待ったをかける。
「なんだい!?」
俺は弱っているグリフォンのそばに駆け寄ると、その傷をよく見てみる。
「この傷、呪いだ。」
俺がそう言うと、アスティアも空から降りてくる。
「命削りの呪い…誰がこんな残酷なことを…」
アスティアはそう言うと、傷周りに付いているひび割れをよく見ていた。
「アンチカースドペイン。」
解呪の魔法を使って、俺はグリフォンの翼を治療する。
「グルルゥ…」
そして、治療を終える頃、その瞳から敵意は消えていた。
「お前、もう大丈夫なのか?」
「キーー!」
アスティアが拘束を解除すると、一礼をして飛び上がっていく。
「行っちまったね。」
二人でそれを見守っていると、空から何が落ちてきた。俺はそれをキャッチすると、手元で確認する。
「これは…羽根?」
「お礼じゃないかい。ん…?グリフォン?そういえば…!」
アスティアは何かを考えるようにグリフォンの後を追って飛んでいく。
「アスティア、どうしたんだ!」
「いいから追うよ!」
俺とアスティアは飛行魔法を全力で使って、グリフォンが飛んでいった先を追いかけるのだった。
「小さい滝?」
そこには二本の大木がそびえ立っており、その隙間から水が流れ落ちていた。
「守り神のグリフォンが、迷い人を秘境に導く。麓の村の言い伝えにそんなのがあるそうだ…行くよ。」
「あ、おい!」
アスティアは飛行魔法を使うと、躊躇することなく滝の中に突っ込んでいく。
俺は少しだけビビったが、意を決してあとに続く。
そして、そこにはひと一人が通れるくらいの洞窟があった。
「滝壺の裏にこんな空間があるなんて…」
光魔法を使って先に進んでいく。地面も壁も全体的に湿っている。もしかして、どこからか水が流れてきているのだろうか。
「光…」
前のアスティアが一瞬歩みを止める。
「外に繋がってる?」
俺たちの歩みが自然と速くなる。
光はどんどん大きくなっていく。
そして、洞窟を抜けた先には、周りを岩肌で囲まれた花畑があった。
「すごい…揺籃のシスティだけの花畑…」
「こんなところがあるなんて…これは自分で来ないとわからないね。」
空は怪しいがまだ雲は厚くない。そのおかげで、綺麗な風景が広がっていた。
「アスティア、行こう!」
俺は彼女の手をとると花畑の中に入っていく。様々な色が咲いてる中に赤色があるのを確認する。
「綺麗な花だ…あ、そうだ!」
俺はそこで一輪を採取すると、横に立っているアスティアの髪に挿してにみる。
「可愛いぞ、アスティア。」
システィの色味に負けない眼力を持っている彼女には、その赤色が映えていた。
「…そうかい。さっさと採取して帰るよ。」
アスティアは後ろを向くと、そのままボックスの中に採取を始める。
「もっとゆっくり見ていこうよ…って、アスティア…!?」
俺はその後ろ姿に驚いて、顔を赤くする。
「今度はなんだい?」
彼女はこちらに振り向く。するとその胸元に俺の視線が吸い寄せられる。
「その…下着が…」
「ん?」
アスティアは手を止めて、自分の体に目を落とす。
その姿は滝の水で濡れて、黒い下着が浮き上がっていた。
「っ…!?見たのかい?」
「…ごめん。」
俺は顔を逸らして謝罪する。
アスティアはというと、顔を真っ赤にしながら怒っていた。
「っ…!今、ここで、私を満足させたら許してやる。」
視線を戻すと、彼女は両手で胸と股を押さえて、なんとか隠そうと必死だった。
「え、えっと…そう!黒をつけてるのは意外だったけど、似合ってるな。アスティアの髪と白い肌が、黒い下着で引き立てられてる。赤のシスティも、アスティアの真紅の目にぴったりだ。その、俺からすると、すごい魅力的だ…可愛いよ。」
俺はなんとか許してもらおうと、アスティアのことを褒めちぎる。
「…ふん。今度は私の我儘に付き合ってもらうからね。」
アスティアはすぐに服を乾かすと、それだけ言って採取の作業に戻っていった。
俺とアスティアが作業をしていると、俺の手の甲に水滴が当たる。
「あ、雨だ。」
そう呟くと、だんだんと大粒な雨が降ってくる。
俺はすぐにリュックから傘を取り出す。
「アスティア、こっち来て。」
ちょうど作業を終えた彼女を傘に入れる。だが、俺が近づくと、彼女は一歩離れてしまう。
「もっと寄って。肩、濡れてるでしょ。」
「わかったからそれ以上近づくな。」
アスティアは俺を手で止めると目線を逸らす。そして、顔を僅かに赤らめ、髪を触る。
「…私だって女なんだ。汗くらい気にする。」
俺はそれを聞くと、彼女の手を振り払う。
そして、そのまま彼女の肩を引き寄せる。
「お、おい!?話聞いてたのか!?ぶっ飛ばすぞ!」
アスティアは俺の胸ぐらを掴んで睨んでくる。
しかし、俺はその視線を軽く受け流す。
「アスティアが濡れるくらいなら、俺がぶっ飛ばされるよ。」
「っ…」
俺がそう言うと、彼女は手を離して目線を逸らす。
そのままアスティアと一緒に雨が止むのを待つ。伝説の花畑の中心で、雨音だけが聞こえる幻想的な空間。
そこにいるのは俺たち二人きりだ。
「…この馬鹿弟子。」
アスティアは俺の髪に白のシスティを挿してくる。
そして、彼女がそれ以上俺から離れることはなかった。
私は家に帰ってくると、エルラドからもらった揺籃のシスティを魔法で加工していく。
彼がくれたのは、今回探しに行った赤色の個体だった。あの時は言いそびれてしまったが、赤にだけ付けられた特別な花言葉。それは────。
────あなたの死後すらも愛します。
エルラドに花を挿してもらった付近の髪に触れる。
「…馬鹿。」
私は彼に渡した白いシスティを思い出すと、シャワーを浴びるために風呂場に歩いていった。
「これが伝説の花…!エルラド様、本当にありがとうございます!」
デルタは赤のシスティを受け取ると、嬉しそうに眺めていた。
「ねえ、私の分は!?なんで採ってきてくれなかったの!?」
イツキが俺の肩を揺らしながら、大きな声をあげる。
「うるさい。イツキうるさい。ああもうこの白いやつで我慢しとけ。」
俺は最後にアスティアが差し出してきたシスティをイツキの方に差し出す。
「白のシスティ…エルラド、これ、誰かからもらったの?」
イツキはその花をまじまじと見ると、そんなことを聞いてくる。
「なんでわかったんだよ?アスティアにもらったけど?」
俺がそう答えると、イツキは複雑そうな顔をしてから、突き返してくる。
「ふーん。なら要らない。」
「なんなんだよ…」
俺はそれを返してもらうと、白の方もデルタに見せてあげた。
「はぁ…この鈍感。いい?白のシスティの花言葉はね────。」
「あなたの愛に応えます────。なのよ?」
俺はそれを聞いて、とあることに思い至る。
「へぇー…告白するときとか使えそうだな。」
これはいいぞ。貴重な花を使った告白なんて夢があるではないか。
「この鈍感!はぁ…アスティアが可哀想…」
イツキは呆れ顔でそう叫ぶと、俺の頭をぽかぽか叩いてくるであった。
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