第82話 思慕
その午後はずっとシルに付き合うことになった。
昔はあんなことをしたやら、俺がいなくなってからのことやら、楽しそうに話していた。
ヴァーレンは部屋に入れてあげた。今は窓際で丸くなっている。
彼女と過ごす時間はあっという間に流れていった。ただ彼女の雑談に付き合っていただけなのに、気づけば日は傾いていた。
時間を忘れて話し込んでいると、扉をノックされる。
「ご歓談中に失礼します。シルビア様、そろそろご準備を。」
僅かに開いた扉の向こうから、メイドの声が聞こえる。
「もうそんな時間なの…エルラド、行くわよ。」
残念そうな顔のまま、シルは席を立つ。
「…どこ行くんだ?」
俺は万に一つの希望に賭けて、一応行き先を聞いておく。
「どこって、この国の王宮に決まっているでしょう?」
シルは当たり前でしょ、と言いたげな表情をしていた。
「やっぱりそうなのね…」
「ほら、行くわよ!」
シルはメイドに扉を開けさせると、俺についてくるように合図する。
「はいよ。」
俺はヴァーレンを抱っこすると、彼女のあとに続く。
左右を何人ものメイドに囲まれながら、廊下を歩いていく。生徒たちの目線がシルに集まっているのがよくわかる。
さっきまでの少女のような顔付きとは打って変わって、落ち着いた雰囲気を纏っていた。
ここまですぐにオンとオフを切り替えられるのは素直に感心する。とても俺には真似できないだろう。
その一挙手一投足に、シルの成長が見て取れる。
本当に大きくなった彼女の背中を追いかけて、俺は校舎をあとにするのだった。
俺が外に出ると、そこには豪華な装飾が付いた馬車が列をなしていた。前後に連なる何人もの騎馬隊。掲げられたいくつものジレドの国旗。
「すげぇ。」
この隊列だけでいくら掛かっているのだろうか。
俺が呆然としていると、メイドの一人が俺に声をかけてくる。
「ルーカス様、こちらの馬車をお使いください。」
「あ、はい。よろしくお願いします。」
俺が反射で頭を下げようとすると、メイド二人がすぐにそれを制止してくる。
「…お早く中へ。」
彼女たちのその鋭い視線を前に、俺は従うしかなかった。
「はい…」
俺がすごすごと馬車に乗り込むと、さっき睨んできたメイドたちが一緒に乗ってくる。向かいの席に座ると、小窓を開けて御者に何かの合図を送る。
少し待つと、馬車がゆっくりと進み始める。
窓の外の景色は動いているが、揺れがほとんど伝わってこない。
「もう、よい頃合ですね。ルーカス様、少しよろしいですか?」
少し進むと、俺から見て正面にいる金髪のメイドが口を開く。
「はい…なんですか?」
「本日、ルーカス様の傍付きをさせていただきます。メリア・ジルナットと申します。」
金髪のメイド────、メリアは座ったまま礼をする。
「ロスリー・マーチナスです。」
それに続いて、横の明るい茶髪のメイドも頭を下げる。
「どうも。ルーカス・リーヴァイスです。」
俺も軽く自己紹介をする。
メリアは頭を上げると、続きを話してくれた。
「本日はルーカス様のあらゆるお世話は、私どもがさせていただきます。」
今日限りの俺のお付きのメイド、ということだろうか。
「ルーカス様にはジャッジ様のご学友という形で参加していただくことになっております。くれぐれも、先程のような軽率な行動は控えるようお願いします。」
「はい、すいません…」
俺はロスリーにそう言われて、また反射で頭を下げてしまう。すぐにハッとして顔を上げるが、そこには残念な人を見る目の二人がいた。
二人からの評価が地に落ちたことがよく伝わってきた。
しょんぼりしながらヴァーレンを撫でていると、ロスリーが俺の顔を覗き込んでくる。
「あの、ルーカス様。一つだけお聞きしてもいいですか?」
「俺に答えられることであれば。」
ロスリーは俺がそう言うと、真剣な目つきで聞いてくる。
「シルビア様とはどういったご関係ですか?」
「こら、ロスリー!失礼ですよ!ルーカス様、申し訳ありません。聞き流していただいて結構ですので、お気になさらないでください。」
それをすぐにメリアがたしなめる。だが、メイドといえどやはり気になるのだろう。二人は俺の方に気になるような視線を送ってくる。
「ただの元教師と教え子の関係ですよ。」
俺が素直にそう答えると、二人は顔を見合わせる。少し考えた後、メリアが先に口を開く。
「えっと、シルビア様が教師役を…?」
俺はそれを聞いて、思わず苦笑いをする。やはり傍から見たらそうにしか見えないだろう。
「逆です。俺が教えてました。」
それを聞いて、二人の表情が更に困惑していく。
「変わったご関係です、ね…?」
俺は魔法陣を展開して、当時のシルの姿を二人に見せる。
「シルの小さい頃はすごかったですよ。俺は毎日振り回されっぱなしでした。」
二人の視線が空中に投影された映像に釘付けになる。
「これがシルビア様…!」
「なんと可愛らしい…!」
その姿を目に焼き付けようと、二人は必死だった。あいつ、こんなに慕われているとは、やるではないか。
「当時はすごかったですね。色んな意味で。」
「そうなのですか!?」
俺が遠い目をしていると、メリアが身を乗り出してくる。
「えっと、結構有名だったと思うけど…」
二人に確認するように聞いてみる。
だが、二人ともキョトンとしていた。
「私どもが知っているシルビア様は、現国王様とご結婚された後の事ですので…」
メリアが残念そうな顔で答えてくれた。
「昔のシルビア様って、どんな感じだったのですか?」
ロスリーは更に食い下がってくる。俺は苦笑いをしながら当時のことを話す。
「朝に会ったら真っ先に抱きついてくる、元気過ぎる子だったよ。」
「シルビア様が異性のお方に、ご自分から…!?」
俺はできる限りぼかして昔のシルことを話した。それに対して、二人は興味津々に新鮮なリアクションをしてくれた。
「信じられません…あの常に厳しいことで有名なシルビア様が…」
メリアは軽い衝撃を受けたみたいだ。当時はそれが日常だったのだが、そんな反応をされると気になることがあった。
「逆に、最近のシルってどんな感じなんだ?」
俺がそう聞くと、二人の目が大きく見開く。
「シルビア様は常にお美しいお方です!」
「そして、他人だけでなく、自分をも厳しく律しておられるのです!」
二人の口調が明らかに変わった。
「お、おう…」
その圧力に気圧されながら、俺は二人の話を聞く。
そこからは延々と二人のシルビア自慢が始まってしまった。「肌は綺麗で────。」「常に国を一番に想っていて────。」と早口で話し続ける。
だが、それを口にする二人の目には、シルビアへの尊敬の念が見て取れた。
シルがいないところでもこんなに良く思われているなんて、俺は彼女のカリスマ性の片鱗を直に感じることができた。
「そうか────。」
俺は楽しそうに目を輝かせる二人に温かな視線を送る。
聞いた話は信じられないようなことばかりだった。でも、この二人を見るに、それらは真実なのだろう。
シルのことを慕う二人の話を、俺は真剣に相槌を打ちながら聴き続けた。
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