第29話 歪み

「ん…」

 私はふと目を覚ます何か長い夢を見ていたような気がする。夢の内容なんてすぐに忘れてしまうので詳しいことは覚えていない。

 だが、頬を伝う汗が、息切れを起こしている胸が、心の底にへばりつくドス黒い感情が、確かに恐怖を感じていたことを教えてくれている。

「はぁ…」

 あれがあってからというもの、私の日常は明確に狂ってしまった。

 もういっそのことルー君に襲われて何もかもめちゃくちゃにしたいくらいだ。こんなことを考えるなんて最低だが、私自身もう何をどうしたらいいのかわからない。

 ぐちゃぐちゃになった頭に何かが当たる。

「起きた?」

 それはルー君の手だった。

「ルー君、寝なかったの?」

「寝たよ。ちょっと先に起きてただけ。」

「そっか。」

 私もルー君の頭をなでなでする。男の子の髪特有のチクチクした感覚が伝わってくる。そのまま彼の手を握り、恋人繋ぎをする。彼の掌を艶かしく触る。すると、彼は私の手をぎゅっと握りしめて、身動きを取れないようにする。恋人繋ぎまでは許されるようになったようだ。

「ねえ、ルー君。」

「んー?」

 私はその流れで彼にずっと聞きたかったことを質問する。

「私とエッチなことしたくないの…?」

「んー…俺はいいよ。」

 ルー君は少し考え込んでから、私の頬に手を添える。

「一つは親友だから。もう一つは、マリーには幸せになって欲しいから。」

「…私はルー君がいれば幸せだよ?」

 私はなんだかとてつもなく嫌な予感がした。この先の言葉を聞いてしまったら、後に引けなくなる気がしたのだ。

 彼の手を握る私の手が震える。

「俺はいずれここを出ていく。これは前々から決めていたことだ。」

 私はその言葉に絶望した。


 俺は腕の中のマリーが泣いていることに気がついていた。気が付きながら気付かないふりをしていた。

「なんで、ここを出ていくの…?」

「昔、ちょっと忘れてきたものがあるんだ。それを取りに行ってくる。」

 今は手元にない、保管庫の中に置いてきたものたち。あいつらの中には今は亡き戦友の遺品もある。それらを放置しておくことはできない。

「昔っていつ?ルー君この村から出たことないよね?そんなに欲しいものなら私が買ってあげるよ?だからここにいよ?」

 マリーは子どものように俺の服を掴んで泣きじゃくる。

「私を置いて行かないで…」

 俺はその言葉を前に、何も言うことができなかった。


 後味の悪い結果になってしまった。だが、いつかは言わなければいけなかったことだ。遅かれ早かれこうなっていただろう。

 マリーの家を後にして、帰宅する途中にお父さんを見つける。他の兵士たちと何かを話し合っているみたいだ。

「お父さん、何かあったの?」

 お父さんはこちらに気が付くと、手を振って返事をする。

「おお、ルーカス。仕事帰りか。実は、付近の村で変死体が見つかってな。」

「変死体?」

 お父さんの話によると、ここ数日何件か起きているようだ。前日までなんともなかった村人が、朝になると自宅で死んでいるという事件らしい。死体となって見つかる人もこれといった共通点はなく、性別も年齢もバラバラ。

「その村にもここと同じように魔物除けの魔道具は置いてあるんだがな。」

「ふーん…」

俺は少し考えてみる。

 魔物除けは知能が低い魔物にしか効果がない。群れを統率したり、魔法が使える魔物には効果がない。

 その死体を見てみないと何とも言えないが、そうした魔物が近くにいる可能性もある。もしくは人の愉快犯が面白半分で殺しているか。

 どっちにしてもこれらの情報だけでは推測することは難しい。

「そうだ、お前行って調べてこいよ。なぁ、魔法使いさんよ?」

 俺が考え込んでいると、誰かがそんなことを言ってくる。

 顔を上げるとそこには笑っているダニエルがいた。

「いや、俺も行きたいのは山々だが、そうするとこの村の防御が…」

「ごちゃごちゃ何言い訳してるんだよ。ああ、怖いのか。魔法使いは近づかれたらなにもできないもんな。」

 俺はその挑発的な物言いを聞いて、小さくため息をつく。

 なんでこの人とはこう、会話ができないのだろうか。人には相性があるのは知っているが、俺とダニエルの相性は最悪と言って差し支えない。

「おい、ダニエルお前何様なんだよ。そもそも村の安全を管理するのは、俺たち兵士の役割だろうが。」

「何自分の仕事から逃げようとしてるんだよ。」

 周りにいる他の兵士たちからそう責められて、ダニエルは苦い顔をする。小さい声で何かブツブツ言っているが、よく聞こえなかった。

 俺はダニエルのことを放置して、お父さんとの話に戻る。

「お父さん、その村に行って死体の調査をしてくればいいの?」

「ああ、できれば頼みたい。ここ周辺で冒険者以外の魔法使いは、お前とマリーちゃんしかいないからな。」

 マリーは当たり前だが商会の仕事がある。おのずと行けるのは俺だけとなる訳だ。

「わかった。なら、明日の朝から早速行ってみるよ。丁度月終わりで依頼もないしね。」


 お父さんたちはまだやることがあるみたいで、詰め所の方に戻っていった。俺は俺でお父さんからの頼みを引き受けると、一人で先に家に帰ることにした。

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