第22話 見え隠れする影
私は少しだけ緊張していた。昨日のルー君の裏側を知ったことで、彼からの態度が変わってしまうのではないかと。
でも、そんな心配は杞憂だった。私は横で買ったばかりの機織り機に目を輝かせているルー君を見る。機織り機の使い方を復唱しながら店主と話をするルー君はとても楽しそうだ。
彼が言っていた通りいつもの日常が戻ってきた。
私はルー君の頭を撫でる。
「欲しいものが買えてよかったね。」
「うん。これで布の問題もクリアだ。後はヴォルガの卵の世話をしつつ鞄を作れば探索に…」
その言葉を聞いて、私はまたむすっとする。
「ダメだよ!もう絶対に森に入っちゃだめだからね。今度迷子になった時、また見つけられるとも限らないんだから!」
「今はもう行かないよ。お母さんとも約束したし。それにあの子の世話もあるし。探索はもっと後回し。」
私はそれを聞いて一安心する。これでルー君はもう森には入らないだろう。自分で言ったことは曲げない子だ。
それにしてもルー君が持って帰ってきたあの卵。まさかとは思うがあの竜の子どもではないだろうか。恐怖であまり覚えていないが、竜がその子をなんとか言っていた気がする。
昨日の夜もルー君の裏の顔についてずっと考えていた。あんなに大きな竜と知り合いだったり、高そうな杖を持っていたり、魔法が使えたり。
あの時、彼は自分が何者なのか教えてくれると言った。でも、私はそれを聞くのが怖かったのだ。ルー君が両親にも話していない秘密。それを私が知ってしまってもいいのだろうかという気持ち。そして、正体を知った後、今まで通りルー君に接することができるのかという不安。
私は聞かないことを選んだ。気にならないかと言われれば嘘になる。中々そういった思いは消すことができない。でも、いきなり全てを知る勇気は私にはなかったのだ。
ふと、さっきルー君と見た武器屋の屋台が目に入る。子供たちが親に木剣を買ってもらって喜んでいる。
私はその中で、魔法の杖が売られていることに気が付く。ルー君が使っていたものに比べれば見劣りするものばかりだが、それでもちゃんと魔石が嵌まっている杖だ。最低限魔法の補助はしてくれるだろう。
その杖を見て、ふと一つの疑問が思い浮かぶ。
ルー君ってどんな魔法が使えるんだろう?
ルー君は本当に剣や槍といった武器に興味を示さない。ルー君ぐらいの年齢で普通だったら、ああして親にかっこいい武器を買ってくれと強請るものだ。
でも、ルー君が実際に買ったものといえば、大きな手動の機織り機だけ。
「ねぇ、ルー君何か…」
私はその先の言葉を言おうとしたが、やめておいた。どうせこの子に聞いても、「自分のために使って。」「俺のことはいいから。」と言われるに決まっている。そんなことはこれまでの付き合いでわかっていた。
「マリー、何か言った?」
「…んーん。ちょっと欲しいものがあったから、ここで待っててね。」
「わかった。」
ルー君に断りを入れてから、私は一人でさっきの武器屋に行く。
今の私にルー君の全てを知る勇気はない。でも少しずつなら知っていくことができるかもしれない。
人ごみの中をかき分けて、武器屋の店主に話しかける。
「すみません。一番安い魔法の杖っていくらになりますか?」
「そうだな…あ、そこの棚に置いてある青い魔石の杖があるだろ?あれは初心者用の物でな。値段は書いてある通り銅貨二十五枚だよ。買って行くかい?」
銅貨二十五枚…決して安くはない出費だ。私の予算は銅貨百枚。二本買えないわけではないが、財布の中の半分がなくなってしまう。
「二本欲しいけどお金が…」
どうしたものかと迷っていると、店主の男がとある提案をしてくる。
「そうだなぁ…よし。杖は全然売れてないし、二本買ってくれるなら特別に一つ銅貨二十枚でいいぞ。」
少し安くなった。ここからまだ粘れそうだったが、ルー君を一人にするわけにもいかない。私はここまでだと思い、財布からお金を取り出す。
「お願いします。」
「毎度!」
私は店主から杖を二本受け取り、ルー君の元に戻っていった。
「────てな感じだ。使い方は覚えたかい?」
「はい。ありがとうございます。」
俺は店主にお礼を言って、店を後にする。まさか本当に機織り機が入ってくるとは思っていなかった。俺が知っていたものとは大分違ったが、これでようやく布を用意することができる。
やっぱり祭りの露天というのは夢がある。こういう掘り出し物があるから祭りに行くのはやめられないのだ。
店から少し離れた場所で待っていると。向こうのほうからマリーが戻ってくる。
「お待たせルー君。はい、これ。私からのプレゼント。」
そう言って彼女が見せてくれたのは三十センチくらいの小さい杖だった。俺はそれを見て、何を言えばいいのか少し迷ってしまう。
おそらくさっき別れた時に屋台で買ってきたのだろう。
「でも、俺魔法使えないし…」
「ルー君、私知ってるよ。ルー君が竜との時に使ってくれたあの心が強くなるやつ。あれって魔法だよね?」
彼女が言っているのはおそらくライオンズ・ハートのことだろう。
「そうだけど…でも、俺はここでは魔法は使わないよ。魔法書もないのにいきなり子供が魔法を使い始めたら不自然でしょ?」
オルカンの存在を隠しているのだってそうだ。ただの子供が魔法を使うなんてあまりにも不自然だ。それこそ魔法書があればそれで勉強したって嘘をつくこともできるのだが。
「魔法書ならあるよ。」
「え?」
「もう少し後になるけど、今度お父さんが買ってくれたやつがくる予定なんだ。だからルー君が魔法を使っても不自然じゃないよ。」
俺はそう言われて、再度差し出された杖に目を落とす。
魔法を使える。その恩恵は計り知れない。魔法を使えれば出来ることも大幅に広がる。何より、両親の手伝いももっとすることができる。
「本当にもらっていいの…?俺が返せるものなんて何も無いのに…」
「そう思うならルー君が知ってる魔法、私にも教えて?」
マリーは後ろに隠していた左手からもう一本の杖を見せる。そこには俺に差し出したものと同じ杖があった。
彼女は俺がこう言うことまで読んでいたのだろう。俺が罪悪感で押し潰されないように、自分の分の杖も買ってくれていたのだ。
「…わかった。俺でよければマリーに教えるよ。杖、ありがとうね。」
俺はマリーから杖を受け取る。
「どういたしまして!」
マリーももう一つの杖を見る。
「これでルー君とお揃いだねぇ…」
そこには恍惚とした表情で杖を見るマリーがいた。だが、すぐにいつもの笑顔になる。
今のは一体なんだったのか。
今まで見たことがないような表情に俺は少しだけ恐怖を覚えた。
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