第36話 エピローグ 始まりの終わり

 俺は身支度を整える。生活必需品、三人で貯めていたお金、両親との思い出。これから先必要なものだけリュックの中に詰め込む。

 結果からすれば酷いものだ。たくさんのものを亡くしたのに、手元に残ったのが赤い魔石ただ一つ。

 なんの為に転生したのかわかったものではない。だが、開き直ってしまえば、もうここに留まる理由は何一つ無いのだ。安心して保管庫に向かうことができる。

 でも、保管庫に行って、その先は何がある?

 俺は虚無になりかけたが、その思考を放棄する。そんなことは行ってから考えればいい。また研究をするのもいいし、冒険者のランクを上げるのもいい。昔の仲間に会いに行くのもいいだろう。

「おい、酷い顔だな。また自殺でもするのか?」

 俺が振り返ると、そこにはゴシックのドレスを靡かせたオルカンが立っていた。壁に寄りかかっており、月明かりもあって様になっている。

「おかえり。しないよ。ただ悲しいだけだ。それに、もう二回目だからな。慣れてきたよ。」

 俺は乾いた笑顔を作って首を傾げる。オルカンはそれを見るとこちらに歩み寄ってくる。

「強がんな。馬鹿野郎。」

 そう言って俺の頬にを触れると、一人でどこかに行ってしまった。多分ヴァーレンを起こしに行ってくれたのだろう。

 俺も準備を進めていると、一冊の本が出てくる。それは昔、マリアナと一緒に作った植物図鑑だった。この一冊を作るのも随分苦労したものだ。俺はそれを机の上に放置して、他のものを取りに行った。


 バレた。ルー君にバレてしまった。それも一番最悪な形だった。いつの間に入ってきていたのか、全然気がつかなかった。それまで気持ちがよくて仕方なかったのに、あの表情を見たとき、私の心は一気に現実に引き戻された。

「おい、何震えてるんだよ。さっさと股開けよ!」

「触らないで!」

 私は大きい声でそう叫ぶ。ダニエルはそれに驚いたように後ずさるが、すぐに怒りを露わにする。

「ふざけんな!さっきまでヨガってたくせに何様だ!?お前はもう俺のものなんだよ!」

 そう言うとダニエルは私の頬を引っ叩いてくる。

「痛い!やめて!触らないで!」

 私は早くルー君のところに行かなければいけない。行って釈明しなければ。

「黙れ!このクソ女!さっさと触らせろ…」


「黙るのはてめえだ。この最低野郎が。」


 窓の方からそんな声が聞こえた。そこには黒いドレスを着た綺麗な少女が立っていた。黒い髪を靡かせながら、心底不快そうな顔をしている。

「な、なんだお前…あ、お前も俺のが欲しくて来たのか!いいぞ。こっちに来るのを許してやる。このクソ女はもう使い物にならないみたいだからな。次はお前を───。」

「ディメンションスラッシュ。」

 少女がそう言うと、ダニエルの股に斬撃が発生する。少女の手には複雑な魔方陣が出ている。何か高度な魔法を使ったのだろう。

「へあ?あ、あああ!?お、俺のがあああああ!痛い痛い痛いぃぃ!」

 ダニエルが発狂しながらもだえ苦しむ。股からは出血し続けており、必死に手で押さえている。

「うっさいな。ヒール。ほら、治してやったぞ。感謝は要らないから早く去れ。」

 少女はそう言うと彼の傍に行き、ダニエルの腹に回し蹴りを入れて部屋から追い出してくれた。

「全く、これだから男はキモいんだよ。さて、本題に入るか。おい、お前。」

 少女がこちらを向く。私も何かされるのかと思い。ベッドの上で後ずさる。

「お前には何もしない。自分が犯した罪を一生背負い続けろ。それともう一つ。」

 こちらに更に距離を詰めてきてベッドの上に乗ってくる。そして、壁にヒールを突き立てて見下ろしてくる。

「二度とエルラドに近づくな。この裏切り者。」

「エ、エルラド…?」

 私は以前聞き覚えがあるその名前を反芻する。その名前はルー君が教えてくれた。

 確か、妻を寝取られて自殺した魔法使いだと。


 まさか───。


 私はとても嫌な予感がした。ルー君のエルラドについて話すときに見せたあの自虐的な表情。そして、この少女の口ぶり。そして、こんな時にその名前を出されるなんて、もう殆ど確定と言っていいだろう。

「まさか、ルー君は、エルラド・クエリティ───。」

「スリープ。」

 私は少女から何かの魔法をくらうと、意識を手放した。


 全ての準備を終えた俺は、実家を後にする。両親の埋葬はすでに済ませた。人力では時間が掛かることも、魔法ならすぐだ。

 家の外ではオルカンが待っていた。

「何してたんだ?」

「別に。少し用事を済ませただけだ。行こう。」

 オルカンは杖に変身すると俺の手元に戻ってくる。何があったのかは知らないが、済んだのなら気にすることではないだろう。

 ヴァーレンも肩に乗せて、俺は北に向けて歩き始めた。

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