第18話 託されるもの

 俺は森の中を走り続ける。あいつはこの先に着陸した筈だ。

 急いでそこに向かって行く。

「グルルラァ!」

 魔物が俺を食べようと襲い掛かってくるが、お構いなしだ。

「邪魔だどけ!エアーブラスト!」

 風属性の魔法で一撃で殺して、そのまま走る。

 そして、ようやく竜がいる場所までたどり着く。魔力はほとんどカラになってしまったが、なんとか見失わずに済んだ。

 近くで見るとやはり大きい、全長は尻尾の先まで測れば、五十メートルはあるだろう。

 あいつは丸くなっていたが、俺は構わず前に出ていく。


「はぁ…はぁ…おい、ヴォルガ!お前こんなところで何やってるんだ!」


 俺のその言葉で、そいつは目を覚ます。長い首を持ち上げ、ゆっくりとこちらの方を見る。

「誰だお前は?何故私の名前を知っている?正直に答えれば食い殺すのはやめてやる。」

そいつは不機嫌そうに俺のことを見下ろす。だが、その眼光に俺が怯むことはない。

「俺だ!エルラド・クエリティスだ!俺のこと覚えてるか!この特攻野郎!」

 その呼び名を聞いて、ヴォルガの目の色が変わる。

 俺はかつてヴォルガに付けた愛称で再度呼びかける。この世界でこいつのことをそんな呼び方で呼ぶのは俺くらいだ。

「エルラド…馬鹿な、ありえん…!しかし、さっきの呼び方は…」

 そいつは少し考え込んでいた。当たり前だ。俺の姿は前世とは似ても似つかない。だが、こいつも薄々感付いているはずだ。

 竜の姿に臆することなく前に出てきたこと。そして、この歳でその飛行速度に食い下がれる程度の力を持っていること。

 状況証拠的に頭では理解している筈だ。

 そいつは顔を近づけてきて、その目を細める。

「仮に…そう仮にだ。お前がエルラドだとしよう。その証拠を見せることはできるか?」

「できる。召喚。魔杖オルカン。」

 俺は残った全ての魔力をかき集めてオルカンを呼び出す。

「この魔石を、忘れたとは言わせないぞ。ヴォルガ!」

 オルカンの先端に嵌まっている大きい方の魔石。これをこいつは知っている筈だ。いや、忘れられるわけがない。

「そうか…その魔石はあの時の…ふん。そうならそうと早く言え。この馬鹿が。」

 ヴォルガは不満そうにそう言うと、見下ろすのをやめて顔の位置を下げてくれた。どうやら俺のことを信用する気になったらしい。口調も昔の物に戻っている。

「最初からそう言っていたんだがな。それで、お前、ここで何してるの?」

「それはこっちのセリフだ。せっかく知り合いがいないところまで来たというのに…全く…まさか最後に会うのが、お前とはな。因果なものだ。」

 最後…?

 俺は何か嫌な予感がした。

 こいつはもっと傲岸不遜に構えていて、弱いところは絶対に他人に見せない。そんなやつだったはずだ。

「それにしても本当に懐かしいな。お前と一緒に戦ったのがつい昨日のことのようだ。」

「…そうだな。本当に懐かしいよ。お前、あの後、どうしたんだ?」

 かつて俺とヴォルガは敵同士だった。今でこそこんな気楽に話しているが、初対面の時は酷い戦いになったものだ。

 そのあとは魔族という共通の敵ができたことで俺たちは共に戦うこともあった。

「どうもこうもない。あれからも魔族を殺して回ったさ。だが、片腕ではやはりきつくてな。もう引退を考えていたところだ。」

「引退?はっ!お前は生涯現役だろうが。昔の特攻精神はどこいったんだよ。」

 俺が知ってるヴォルガは戦いになればすぐに前に出て、敵を八つ裂きにするようなやつだ。そんなやつが引退とか俺には考えられなかった。

だが、今のヴォルガは落ち着いたような、もしくは酷く疲れたような表情をしていた。

「私も歳をとった。寿命ではなく精神の歳をな。戦いが全てではないと理解してしまったのだ。それと同時に己の限界も、な。」

「…限界なんて超えるものだって言ったのはお前だったはずだぞ。」

 俺がそう返すとヴォルガは小さく笑いながら答える。

「そんなことも言ったな。あの頃は本当に楽しかった。そうだ。楽しかったんだ。」

 遠くを見るようなその目に一瞬返事が遅れる。

「おいおい、婆さんみたいなこと言うなよ。まだ若いくせに。」

「幼児のお前に言われたくないわ。でも、そうだな…最後に会えたのがお前で良かったのかもしれない。なぁ、エルラド、頼みたいことが一つある。」

 そう言ってヴォルガは後ろの方から何かを咥えて差し出してくる。

「ヴォルガ…お前…」

 そこにあったのは一つの卵だった。

「私の子だ。だが、見ての通り私はもう強くない。この子を守れるほどの力は、もう残ってないのだ。下級の魔族相手にこれだ。この先はこの子を守りきれない。前金なら渡す。だから頼む。」

 ヴォルガは俺に頭を下げる。こいつが、いや、竜が人に頭を下げるところなんて見たことがない。

「本気、なんだな。」

「本気だ。お前に頭を下げるなんて甚だ不服だが、致し方あるまい。筋は通さなければな。それに、お前の実力を見込んでのことだ。悪いが頼まれてやってくれ。」

 俺はその卵に触れる。直径は二十センチくらいだろうか。暖かい。そして、内部に高い魔力反応がある。確実に生きている。そして、羽化ももうすぐのようだ。

「わかった、お前の頼みだ。ただし条件がある。お前の子だろ。たまにでいい。顔は見せに来い。」

「…いいのか?私が行っても。」

「お前と俺の仲だろ。今更気にすることか?」

「わかった。」

そう言うとヴォルガは俺の頭に右腕をかざす。

「私の加護を与えておいた。これでいつでもお前の場所がわかる。竜の加護は特別だ。いつか必ず役に立つ日が来る。」

「そうか。なあ、しばらくこっちにいるのか?なら昔話でも​────。」

「ルー君!何処にいるの!?」

俺はその声を聞いて振り返る。この声はマリーの声だ。避難しろと言ったのに来てしまったのか。

マリーが森の奥から姿を見せると、こちらに気がついたのか走って近づいてくる。

「ルー君!もう、心配したんだから!早く村に、帰ろ、う…」

マリーは俺の後ろにいたヴォルガの姿を見て青ざめる。そして、腰を抜かしたのかその場に座り込んでしまう。

「お前のつがいか?」

「友達だ。マリー、大丈夫?」

俺はマリーのそばに駆け寄り、精神強靭化の魔法をかける。俺の魔力はなくなってしまったが、オルカンの内蔵魔力を消費することで代用した。

「では、私はそろそろ行くとしよう。その子のこと、頼んだぞ。」

ヴォルガはそう言うと再び翼を広げて飛び上がる。

「任された。お前も絶対に死ぬなよ。」

「言われるまでもない。ではな。お前に会えてよかった。」

そう言うとヴォルガはまたどこかへ飛び去ってしまった。もっと話したかったことは山ほどあったのに、それはまたの機会に持ち越しようだ。


そして、俺の手元にはあいつが残した暖かい卵だけが残った。

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