第44話 事実

「で?言い訳を聞こうか。」

 宿屋に帰ってきた俺はイツキの監獄結界に封印されかけていた。

「ちゃうんです…これには水溜りよりも浅ーい理由わけがあって…」

「よし、イツキ閉めろ。今日一日出さなくていいぞ。 」

 イツキの横で腕を組んでいるオルカンがそう命令する。するとイツキがアイリーンに魔力を込めて、封印を起動しようとする。

「わかった。真面目に話すから。落ち着けって。」

 俺はあの時のことを思い出す───。


 一回目の実技試験は難なくクリアした。後は二回目でオルカンを呼び出して最大火力のスターダストレンジをたたき込めばいい。そうすれば、入学費免除はほぼ確実だろう。

 俺が二回目の列に並んでいる時、ちょうど前にあの金髪の女の子が並んでいた。

「あら?あなたは先ほどの…?」

 その子は首を傾げながら俺の周りをキョロキョロしていた。

「さっきはその、ども…」

 俺は振り向いて軽く会釈をする。腕の中のヴァーレンは相変わらず金の竜を睨んでいる。

「あ、そこにいたんですね。私、ヴォーグル以外の竜に会ったの初めてなんです。」

「まあ、珍しいですからね。」

 以前マリアナ経由でヴァーレンを譲って欲しいという話があったのを思い出す。あの時は特に何も考えてなかったが、そいつは竜を手に入れてどうするつもりだったのだろうか。

「そうですね。私もこの子をプレゼントしてもらったときはとても嬉しかったです。そうだ!さっきの筆記試験、どうでしたか?私、結構時間かかっちゃって…不安なんです。」

「俺も目一杯時間使っちゃいましたよ。四章最後の立体魔方陣、悩みましたね。」

 嘘は言っていない。見直ししてたから時間は目一杯使った。最後の問題もどうすればいちゃもんを付けられないか少し悩んだ。

「私も四章を選んだんです。もしよければ、答え合わせしませんか?」

「わかりました。」

 俺は目の前にエアーブラストの立体魔方陣を出す。

「俺の回答はこれです。そっちはどうですか?」

 俺が視線を戻すと、その子は一瞬すごい鋭い目つきをしていた。だが、それもすぐに笑顔でかき消える。

「…ああ、私のはやっぱり恥ずかしくて見せられないです。ちょっと自信が無くて…それより、いつもそれくらいの構築速度なんですか?」

 構築速度とは魔方陣を描く速さのことだ。実践では敵は待ってくれない。魔法で戦闘をする人ほど構築速度が求められるのが世の常だ。

「え、ええ。いつもこんな感じです。」

「そうですか…あの、突然で申し訳ないんですが、一つ、取り引きしませんか?」

「え?」

 俺はあまりにも唐突なことで間の抜けた返事をしてしまった。

「私、今回は主席で入学しなければいけないんです。あなたの筆記の成績、私に買い取らせてください。もちろん望む額を用意いたします。」

 俺はその提案をくれた少女を冷ややかな目で見る。

「…断ったら?」

「残念ながら、入学は諦めていただくことになります。」

 なるほど。大体理解できた。つまりは取り引きという名の脅迫だ。

 別にこんなガキンチョの言葉に従ってやる義理はない。本来なら今ここで突っぱねても構わない。

 だが、今回は俺はイツキに推薦してもらっている身。それで落ちたとなれば、イツキに大きな迷惑を掛けることになるだろう。それは俺も望むところではない。どうせ貴族のやることだ。特権やら買収やらありとあらゆる手で俺を落としに来るだろう。

 ならばちょっと、いや、かなり癪に障るが、こいつの言葉に従うしかないだろう。

「わかったよ。その提案、乗ってやる。こっちが要求するのは大学の学費だ。」

 俺はそいつに敬語を使うのをやめる。こいつがどれだけ偉いか知らないが、もう敬うつもりなんてこれぽっちもない。

「そんなに少なくていいんですか?お金持ちになるチャンスですよ?」

 少女は怖い笑顔を浮かべながら俺に小声でささやく。

「金の怖さなら知ってる。それ以上要求しても、持て余すだけだ。」

「謙虚なんですね。ではそのように手配いたします。二回目の実技試験は軽く流してもらえれば結構です。では、私はこれで。またお会いしましょう。」

「ああ。」

 俺はそいつから目線を切ると、ちょうど声がかかる。

「次の方…こ、これは失礼しました。殿下だとは思わず、とんだご無礼を…!」

「気にしないでください。今の私はただの試験生ですから。」

 …殿下?今、殿下って言ったのか?

 つまり、こいつ貴族じゃなくて…

「ああ、そういえば。名乗るのが遅れましたね。イリス・ファイ・ネカダ。この国の第二王女です。あなたの名前は?」

 俺は気を引き締めて、気圧されないように名乗りを上げる。

「ルーカス・リーヴァイス。魔法使いだ。」

 そして、そいつ───、イリスは俺の前から去って行った。確認用のメイドを残して。


「───これが、現場で起きていたことです。まあ、その代わり、腹いせにヴァーレンに全力で撃たせたけどな。」

 俺が事のあらましを説明し終わると、監獄結界が解除される。外では、二人ともあきれ顔をしていた。

「お前、よく変な女を呼び込むよな…」

「まさか王女様とはね…そりゃ逆らえんわ…」

 流石に二人とも納得してくれたみたいだった。まあ、おそらくこれ以上関わる事は無いだろう。

「本当クソみたいな性格の女だったけどな。」

 だが、王族としてはあれが正解なのだろう。彼女がここで求められているのは本当の魔法の武力ではない。魔法大学の主席という肩書きだ。それを得るためには手段を選んでいられないのだろう。


 これ以上の面倒ごとが舞い込まないように願いながら、椅子に腰掛けた。

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