第77話 揺らぎ

俺は大きく口元を歪ませる。

 なんなんだあの庶民。

 せっかく俺の力をここにいる全員に見せてやるチャンスだったのに、また妨害しやがった。

「ねえ、あの問題児って庶民なんじゃないの?イリス様だけじゃなく、シルビア様ともすごく親しげだったけど…」

「わかんないわよ…でも、もしかしたらジレドだと有名人なのかも…?」

 周りからはあのクソ野郎の話題で持ちきりだった。

「俺、声かけてみようかな…」

「ええ!?やめときなよ!イリス様に目を付けられちゃうわよ!」

「でも、さっきの魔法のこと、聞いてみたいし…」

 そう言ってあのクソ野郎が残していった、人形の方を見る生徒たち。

 さっきまであいつの評価は地に落ちていた。

 あの時、俺は見ていたのだ。

 あいつがイリスを抱き締めて、女子寮に入るところを。

 俺はその日、ずっとイリスの姿を追っていた。彼女の行動を把握するために、わざわざ俺が自分の足で調べてやっていたのだ。

 この情報は使える。

 そう思った瞬間、俺は仲間に命令して、その事を男子生徒全員にバラ撒いてやった。

 俺の力を持ってすれば、そんなこと一日でできる。実際に、朝になればあいつは嫌われ者として、煙たがられていた。

 このままいけば、あいつを追放する事ができる。

 そう思っていた俺は、その朝から笑みを抑えるのに必死だった。

 俺のイリスに近づいた報いだ。人の女にヘラヘラ擦り寄って、本当に気色悪いやつだ。

 そう思っていたのに、なんでこんなことになっている。

 今のあいつは新入生たちの注目の的だ。

 問題ばかり起こす礼儀知らずの大馬鹿者。その評価は、さっきのパフォーマンスによって揺らぎつつあった。

 教師すらも虜にしたあの魔法は、初日のテストの時と同じものだ。あるものはその立体魔法陣の美しさに。あるものはその威力に。それぞれ魅せられていた。

 それが気に入らない。この俺を差し置いて目立つ奴なんてここに居なくていい。


 いいだろう。そこまで俺と正面から戦いたいと言うのなら受けて立ってやる。


 俺はダルそうにイリスの相手をする人形の方に歩き出す。俺にはわかっている。あいつがすごいのではない。すごいのはこの人形の方だ。

 この世界には赤い魔石というのが存在する。馬鹿な奴らは知らないだろうが、俺は知っている。その魔石は、どれも国宝級の魔道具に使用されるくらいの力を秘めている。

 そして、この人形の胸元に付いている魔石の色も赤だ。それさえわかれば、あんなクズ、怖くもなんともない。この人形さえ手に入れてしまえば、俺も最強になることができる。

「────ねえ、ルーカスはまだ戻らないの?」

「本人に聞きに行け。俺は知らん。」

 そう言って話し込んでいる二人の元までは近づくと、声をかけてやる。

「ご機嫌よう、イリス様。さっきの道化は中々笑えましたね。」

 俺は笑顔でイリスに話しかける。

「…え?ああ、確かミーディア家の。ええ、最高のパフォーマンスでしたわ。」

 イリスもそう言って笑顔になる。やはり俺と話すのが楽しいのだろう。

「俺としてももっとお話したいところではあります。ですが、イリス様。少し失礼します。」

 イリスの方に断りを入れてから、俺はその人形の方を見る。

「おい、そこの使い魔。」

「…何か?」

 そいつは鋭い目つきで俺のことを睨んでくる。俺はその視線に少しだけたじろいだが、すぐに睨み返す。

「俺ならお前をもっと上手く使ってやる。だから俺と契約しろ。もうあのクズなんかと一緒に居なくていいんだ。嬉しいだろ?」

 俺は右手を伸ばして、そいつ髪に触れようとする。さっきから綺麗な髪だと思っていたのだ。こんな人形には勿体ない。解体して俺の装飾品にしてやる。

「…」

 パシッ。

 俺の腕を払い除ける音が訓練場に響く。その人形の方は俺を睨んだまま何かをブツブツ言っている。

「…おい、なんだ今のは?魂も持っていない木偶の坊の癖しやがって、なんなんだ今のは!?」

 俺は人形の顔面を殴ろうと拳を振り上げる。

装填チャージ────、エアバレット────。」

 人形がそう唱えると、そいつの指先に小さな小さな魔法陣が出来上がっていた。

「おい、最後の言葉は決まったか?」

 人形のは半身になって俺の額にその指先の魔法陣を押し付けてくる。

「…はぁ?」

 俺はその無礼な振る舞いが理解できず、怒りしか湧いてこなかった。

「初対面の女の髪に触ろうとする男なんて、全員死ねばいい。そうは思わないか?」

「何が女だ!お前は人ですらないだろ!このガラクタが!」

 俺はそう言い返してやった。俺は正論を言っているだけだ。実際誰も否定してこない。そのまま俺はそいつの顔面を殴ってやった。

「あなた、大丈夫なの!?」

 横でイリスが何かを言った気がする。興奮していてよく聞こえなかったが、俺を讃えているに違いない。

 手には殴った反動で痛みが返ってくる。これは名誉の痛みだ。俺は俺の偉大さを知らしめるためなら、自傷だって厭わない。

 俺はなんて素晴らしい男なのか。

「…クソガキがぁ。もういい。手加減しようとした俺が間違ってた。再装填リロード────。」

 またブツブツ何かを言っている。本当に気味が悪い人形だ。だが、こいつも幸せ者だろう。俺のような天才に使ってもらえるのだから。

「ファントムペイン────。」

 そう言うと魔法陣が青く光り始める。

「その幻肢痛に一生苦しめ。」

 そんな小さい魔法陣の威力なんてたかが知れている。

「なんだと?俺はそんな子供騙しにビビらないんだが!?」

 大体もし怪我をしても俺には回復魔法がある。俺がもう一発殴るために右手を振り上げる。

「愚か者が。その痛みを刻み込め、スターダストレンジ────。」

「オルカン止まれ!」

 その弾丸が発射される直前で、あのクズが横から飛び出してくる。そのせいで、指先が一瞬、俺の額からズレた。

 だが、許可が下りた魔法陣は止まらない。魔力を収束すると、そのまま俺にめがけて弾丸を打ち出してくる。

 そして、それは俺の左腕に命中する。


 直後に訪れる激痛。左腕が熱い。何が起きているのか分からない。


「ああ、ああああ!?」


 俺は痛みで絶叫することになった。

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