第三十五話 他の子たちのために。

「おはようございます。アーシェリヲン君」

「はい。おはようございます」


 探索者協会に出ると、総合案内のコレットが挨拶をしてくれる。その挨拶を皮切りに、その場にいる探索者全員が挨拶をしてくれるものだから、その都度会釈をして笑顔で挨拶をするアーシェリヲン。


 この建物には、独身者用の寮もあり、その人たちが利用できる軽食などがとれる喫茶室に似た食堂がホールに併設されている。


「おう、坊主」

「あ、おはようございます。ガルドランさん」


 そこで朝食をとっていたガルドラン。彼もここの寮に住んでいる。


「こっちにきて茶でも付き合えよ」

「はい。ごちそうになります」


 ガルドランの向かいに座るアーシェリヲン。


「飯、食ったか?」

「はい。あっちには食堂がありますから、お姉ちゃんと一緒に」

「あぁ。レイラリースちゃんって言ったか?」

「はい。僕のお姉ちゃんです」


 アーシェリヲンもレイラリースも、同じ瞳の色、同じ系統の髪の色をしている。その上、顔つきもやや似ている。獣人のガルドランからしたら、本当の姉弟に見えたことだろう。


「それはわかってるよ」


 もちろん、アーシェリヲンもレイラリースも、どういう身の上か、ガルドランも知らないわけではない。ユカリコ教に属している男性も女性も皆、似たような境遇を持っているからだ。


「もっといっぱい食って、大きくなれよ」

「ガルドランさんみたいに大きくなりたいですね」

「言ってくれるね。嬉しいよ……」


 お茶をご馳走になって、アーシェリヲンは受付へ。籠を借りて外へ出て行く。


「気をつけて行ってこいよ?」

「はい。いってきます」


 外門を出て、すぐの場所から林の奥へ進むことにする。マリナに聞いたところ、白薬草も青薬草も足りている感じだが、いくらあっても困らないもの。それでもアーシェリヲンと同じ年代の男の子、女の子の探索者のために違うものを採取してほしいとお願いされた。


 今日狙っているのは『中和草』。アーシェリヲンが持つ採取の手引き書によると、一株に茎が枝分かれしておらず、葉の外側がやや紫がかっている。毒物などを中和するための解毒薬に使われる薬草だ。表の街道が目で追えるくらいの深さであれば、危険な獣も出てこないだろうと教えてもらったから、こうしてチャレンジすることになった。


 林の中に入ると、道があるわけではない。足下を気にしつつ、ゆっくりと進んでいく。アーシェリヲンは剣の才能はなかったが、父フィリップから体術を学んでいたこともあり、同世代の子たちよりは体力があるようだ。


 表の街道より三十メートルほどの場所。木の根元にアーシェリヲンはしゃがみ込んだ。


「えっと、なになに?」


 腰鞄からメリルージュが作った薬草採取の手引き書を開く。


「うん。やっぱりこれが中和草みたいだね」


 特徴を見比べて、間違わないように確認。アーシェリヲンは五センチほどの距離にある中和草の葉のやや下を注視する。前に手をかざして、手のひらに魔力を這わせる。


(んっと、『中和草』)


 別にキーワードが重要ではない。ただこうして意識することが、魔法発動の引き金になりやすいことを知ったからである。最初だけこうして、次からは手をかざして『引き寄せる』ことを頭に描くだけで魔法はきちんと発動してくれる。


 アーシェリヲンがなぜこんなに近くにある中和草を、手で採取しないのか? その理由は、摘んだあとの茎部分の切り口に関係している。ナイフで切るより、空間魔法を使ったほうがより鋭利に切り取ることが可能だと知ったからだ。


「口に出さなくてもできたね。うんうん」


 何度目の魔法発動か忘れるくらいになっている。だからこうして、口に出さなくても発動可能になっていたのだった。


 この場所より奥へ進まなくとも、同じ深さに中和草はあった。右手遠くに街道が見えるよう、平行に進んでいく。まるで散歩でもするかのように歩いては、中和草をみつけて空間魔法を発動。右手から左手に持ち替えて、十株になったらくくって籠へ。


 アーシェリヲンは、『できるとわかっていることができなかった場合』、調べてできるようになるまで頑張る。そういう癖があった。


 こうして空間魔法で採取ができているから、当初あった違和感を覚えなくなってしまっている。それはアーシェリヲンが発動させる空間魔法だけが、少しだけ違うということ。


 ▼


 背中の籠がいっぱいになりそうだ。同世代の子より体力もあるせいか、籠自体の重さはそれほど気にならない。ただ、背負い続けたことと、中和草の重量が増えたことで疲れてきた感じがあった。


 木の下、薬草の生えていないことを確認して座る。腰鞄から水道を取り出す。これは食堂から借りたもので、ユカリコ教が作らせているもの。上の蓋を外して直接飲むようにできていた。


 ちょっと濃いめのお茶を入れてもらった。外の寒さもあって温かいお茶もぬるくなっている。だが、疲れを癒やすにはちょうどいい感じになっていた。


「……ふぅ。おいし」


 林の木々から香るものとお茶の香りが重なって、頭をすっきりさせてくれる。時計を持って歩いていないからはっきりとしたことはわからないが、探索者協会を出るときは確か九を差していたはず。そうするとおそらく、お昼を過ぎたあたりだろう。


 左腕にある『魔力ちぇっかー』の魔石は緑色。魔力はまだ余裕があるようだ。街道を渡って反対側の林に入っていく。外門を目指しながら、採取を続けることにした。


 帰りながら中和草をみつけては、空間魔法を使って右手に持ってくる。左手に持ち替えて十株になったらくくって籠への繰り返し。


(そういえばさ、空間魔法って一度使ったら休まなきゃならないくらい、魔力の消費が多いってあったよね? でも僕はこうして続けて使える。やっぱり僕、魔力多いからなんだろうね)


 姉のテレジアに『馬鹿魔力』と呼ばれた意味がやっと理解できた。そこで徐々に、同じ籠を持つ人と違うということに気づき始めてきたのだろう。


 それを決定づける瞬間は突然やってきた。籠に中和草の束を入れたとき、背中以外のところから『カサカサ』という感じの音が聞こえた。


 距離的には二十メートルくらい。薬草ではない背の高い草の隙間から姿を現す。風が吹けばたなびくという表現から名のつくほどに、細くて長い耳。白い体毛。丸々と太ったその体躯。


「確かあれって、羽耳兎って名前だっけ? 耳はそれっぽいけど、あのノソノソ動く重そうな身体は絵と違うね。でも美味しいらしいんだ……」


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