第五十二話 なんとか逃げ切れた。

 夜になると野営をし、明るくなったらまた歩き始める。お茶とパンは非常食としてそれなりにストックがあるから、飢えることはない。だが、いかんせん飽きが出てきた。


 そうして歩き続けた三日目の夕方。リルメイヤーが街道の先に何かを見つける。


「アーシェリヲンさん。あれ、見えますか?」

「ん、っと。あ、町みたいですね」

「はい。お風呂にはい――いえ、なんでもないです」

「うん。僕もお風呂に入りたい。急ぎましょう」

「はい。そうしましょうか」


 二人は無理のないギリギリの速度で走り始めた。温かい風呂、温かい食事、温かいベッドが待っている。そう思うと力が湧いてくるのだろう。


 距離的にもしかしたら、あの男たちが話していたところかもしれない。だが、自分たちを知るものがいなければ、別に問題はない、アーシェリヲンはそう思った。


 町に見えたのは、そこそこ大きな国の城下町だったようだ。なぜなら、ここは入国審査があったからだ。


 長い審査待ちの並び、待ちくたびれる寸前でやっと順番が回ってきた。そのときにはもう、日が暮れていた。幸い、審査を行っている門は明かりが用意されている。その明かりが火でないことから、おそらくは『魔力えんじん』なのだろう。


「エリクアラードへようこそ。失礼ですが、身分を証明するものをお持ちでしょうか? お持ちでしたら提示していただけますか?」


 人間の青年が立ち会っていて、身分証明を求めてきた。


「リルさん、持ってます?」

「いいえ。申し訳ないです」

「大丈夫ですよきっと。あの僕、探索者です。名前をアーシェリヲン。これがカードになります」


 アーシェリヲンは『呪いの腕輪』から探索者カードを取り出した。


「確認させてもらいますね」

「こちらの女性は僕の同伴者です」


 青年は一度詰め所へ入っていく。すぐに戻ってくると、少々驚いた表情をしていた。


「確認とれました。間違いありません、ですが、そのお年で鉄の序列なんですね。申し訳ありませんが、お連れ様の身分を証明するものはございますか?」

「いえ、僕の同伴者、だけではいけませんか?」


「申し訳ございません、規則ですので。身分の証明を発行するまでの間、預かり金として金貨一枚かかりますが、よろしいですか?」


 金貨一枚と聞いたリルメイヤーは、アーシェリヲンの手をぎゅっと握ってしまう。


「大丈夫ですよ。これでお支払いできますよね?」

「はい。大丈夫です。身分証明が発行されましたら、返金いたしますのでご安心を」

「わかりました。手続きをお願いします」


 アーシェリヲンはカードで支払いを終える。


「はい、お預かりしました。こちらが預かり証になる札です。では、お入りください」

「大丈夫なんですか?」

「はい。僕それなりに稼いでいますから」


 いつものように会釈をしつつ、門を抜けていくのだが、アーシェリヲンは足止めて振り向いた。


「あの」

「はい、なんでしょう?」

「ここは『れすとらん』はどっちにありますか?」

「はい。この道を真っ直ぐにいきますと、三本目の道が交わるところがありまして、その角にありますよ」

「そうですか。ありがとうございます」


 アーシェリヲンはリルメイヤーの手を引いて先を急ぐ。


「あの、『れすとらん』というのはもしや?」

「はい。とても美味しいごはんが食べられ――じゃなくて、それはそうなんですけど、僕たちの保護をお願いできるところでもあるんです」


 確かに三本目の道が交わる交差点の角に、入店待ちの人の列が見えてきた。とてもいい匂いがする。まちがいなく『ちーずそーすはんばーぐぷれーと』の匂いだろう。


 アーシェリヲンは『れすとらん』を確認すると、店の前を通り過ぎる。


「あれ? 入らないのですか?」

「はい。こっちに用があるんです」


 アーシェリヲンは隣りにある店舗を確認した。やはり雑貨屋があるのが確認できる。


「おや、何を買ってもらえるのかな?」

「あの、これを」


 アーシェリヲンは『呪いの腕輪』からユカリコ教のカードを取り出した。


「ご確認のため、お預かりしてもよろしいですか?」

「はい、お願いします」

「少々お待ちくださいね」


 おそらく、この国にいるユカリコ教関係者はこうしてカードを見せることはない。外からきた関係者だからだろう。ややあって女性は戻ってくる。何やら焦りの表情が見られるのだった。


「ど、どうぞ。詳しくは中で伺います」

「はい。ありがとうございます」


 奥にあるドアが開けられる。不思議そうにしていたリルメイヤーがきょとんとしていた。


「リルメイヤーさん。こっちです」

「は、はいっ」


 やはりここも、雑貨屋を抜けると搬入口を兼ねている中庭へ繋がる通路があった。中庭に出ると、巫女の姿をした女性が待っていた。


「ヴェンダドール神殿所属のアーシェリヲン君ですね。お連れの方は、どのようなご関係でしょうか?」

「はい。僕と一緒に攫われていた人です。ここで保護をお願いしたいんです」

「そうでしたか。わかりました。

「はい、そうです」

「カードをお返しします」

「はい、ありがとうございます」

「アーシェリオン君には、司祭長様がお会いになるとのことです」

「あー、その前にですね。数日お風呂にはいってないので、あと、部屋も貸して欲しいです。あと、温かいごはんを……」

「そ、そうでしたね。気づかず申し訳ありません。こちらへどうぞ」

「アーシェリヲン君。ユカリコ教とも関係してたんですね」

「はい、そうなんです」


 巫女について歩くと、見慣れたような風景が目に入る。


「こちらが現在空いている部屋となります。こちらがアーシェリヲン君。こちらが……」

「はい。リルメイヤーと申します」

「ご丁寧にありがとうございます。リルメイヤーさんがお使いください。突き当たり右がお風呂で、左が食堂になります」

「はいっ」

「お食事が済みましたら、お手数ですがアーシェリヲン君は三階の司祭長室へご足労いただけますか?」

「わかりました。あの」

「はい。お着替えは用意して脱衣所へお持ち致しますね」

「は、はい。ありがとうございます」

「いいえ。家族が困っているんです、当たり前ですから」

「僕は換えを持って歩いているので大丈夫です」

「そうですか、わかりました。では、後ほど」

「はい。ありがとうございます」

「ありがとうございます」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る