第五十三話 ほっと一息。

 この神殿の浴場もヴェンダドールのものと、造りは同じだったから助かった。


「ここがね、男女共有になってて、右側がね女性の浴室。脱衣所があるから、そこで手ぬぐいと石けん、『しゃんぷー』っていう髪を洗う石けんを持って浴場でね。あとは注意書きがあちこちにあるから大丈夫だと思いますよ」

「色々とありがとうございます」

「いえいえ。終わったらここで待っていてください。多分僕が先に出てきちゃうと思いますけど。お風呂のあとは、食堂でごはんを食べましょうね」

「はい。ありがとうございます」

「では。久しぶりのお風呂だー」


 ぺこりと会釈してから、アーシェリヲンは男子用の浴室へ。


 ややあって出てくるアーシェリヲン。


(ふぅ。気持ちよかった……。何日入ってなかったかわからないけど、さすがにきつかったよ……)


 備え付けの『どらいやー』で髪を乾かしながら、待つこと十数分。くすんでいた髪色も、ツヤツヤになったリルメイヤーが出てくる。彼女が着ている服は、ここの女性職員が身につけているものだ。おそらくは支給品なのだろう。


「はい。ここに座ってください」

「はい?」


 アーシェリヲンは『どらいやー』の温風をあてる。


「髪を手ぐしをしながら乾かしてください」

「はい、ありがとうございます」


 数分で髪が乾く。更にもふもふ感が出てきた。備え付けの櫛で髪をかすとそれは見事な銀髪になる。


「リルメイヤーさん」

「はいっ」

「『こーひーぎゅーにゅー』と『ふるーつぎゅーにゅー』どちらがいいですか?」

「……なんですかそれ?」

「あー、それなら『ふるーつぎゅーにゅー』でいいですね。ちょっと待ってください」


 『ご自由にお取りください』と書かれた冷却庫から、筒状の水筒を取り出す。アーシェリヲンは椅子に座ったリルメイヤーに一本手渡した。


「はい。どうぞ。これをこうして、こう、飲むんです。んく、うんうん、美味しい」

「……あら? ほのかに甘酸っぱくて、美味しいです」

「外では飲めない、この施設だけで飲める飲み物なんです」

「そうなんですね。ユカリコ教と『れすとらん』は、話でしか聞いたことがありませんでした。こんなにも美味しいものがあるだなんて……」

「驚くのはまだ早いです。これからまだまだとんでもないのが待ってますから」

「はい?」


 食堂へ移って、晩ごはんを注文。今夜のメニューは『ちーずそーすぱすた』だった。


「二人分、お願いします」

「お、新顔だね?」

「はい。よろしくお願いします」

「お願いいたします」


 アーシェリヲンとリルメイヤーは目の前にある美味しそうな食べ物に感動する。


「いただきます」


 アーシェリヲンは手を合わせる。リルメイヤーも真似してみた。


「いただきます」

「こうするんです」


 アーシェリヲンはスプーンを左手に持って、フォークでスプーンの上で『ぱすた』をくるくる巻き取っていく。適度な量をそのまま口へ。


「んー、美味しい。さ、どうぞ」

「はい。……お、おいしっ」


 尻尾が左右に揺れまくった。そのあとはとにかく無言でひたすら食べ続ける二人。皿にのこった『ちーずそーす』も、スプーンでしっかりとすくい取って食べた。


「んー、美味しかった」

「はい。初めて食べましたが、とても美味しかったです……」


 食器を下げて、『ごちそうさま』を言う。アーシェリヲンは二人分を払おうと思ったのだが、話は聞いてるからと言われた。リルメイヤーの部屋着を買おうとするが、無料だからと手渡された。きょとんとする二人を、売店の女性は見ながら微笑んでいた。


 二人は、部屋前に戻ってきた。


「右側がリルメイヤーさんの部屋です。今夜はゆっくりしていてください。明日朝、朝食のときに迎えにきます。僕はこのあと報告があるので、失礼しますね」

「色々と本当にありがとうございました。それではおやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」


 アーシェリヲンはそのまま三階へ。突き当たりの部屋のドアを叩く。すると、どうぞ、と返事が返ってくる。


 ドアを開けた瞬間、目の前に誰かがいて、肩を優しく掴まれた。相手はアーシェリヲンの目線に合わせてしゃがみこみ、驚きのあと、安堵の表情を見せたのだ。


「……生きておられたのですね。アーシェリヲン君」

「はい。とりあえず元気です」


 ウェルミナと同じくらいの年の、優しそうな女性だ。この部屋に一人だけいるということは、この神殿の司祭長なのだろう。


「どうぞ、こちらへ」


 低いソファーテーブルへ促される。アーシェリヲンが座ると、向かいにその女性も座った。ドアがノックされる。


『失礼致します。お茶をお持ち致しました』

「どうぞ」


 先ほど案内してくれた巫女の服装をした女性。アーシェリヲンと司祭長の前にお茶を置いて、一礼して部屋を出て行く。


「さて、私は当神殿で司祭長をしています、クレイディアと申します」

「はい。アーシェリヲンと申します」

「えぇ、お話は伺っております。よくぞご無事で……」


 ハンカチのようなもので目元を拭っている。こんな知らない土地の司祭長にまで、心配されていたんだとアーシェリヲンは思った。


「僕たちはですね、薬で眠らされて誘拐されたんだと思います――」


 アーシェリヲンは経緯を一つ一つ話していく。ユカリコ教では彼の加護は記録されている上に、司祭長レベルでは閲覧できる情報にもなっているらしい。だから、メリルージュに止められている『特殊な使い方』だけを伏せて、話に付け加えていった。


「確かに。あなたは魔力総量が多いと報告を受けています。探索者協会より感謝状が届いていたようですからね」

「あー、そうだったんですか」

(なるほどね。連続して使えるくらいの想定はされてるわけね)

「えぇ。賢いというのは生きていく上で大切なことだと、改めて思わされましたね」

「いえ、その。ありがとうございます」

「それでですね、明日にでもそのリルメイヤーさんに話を伺おうと思います。しばらくの間、私たちで保護は約束させていただきますね」

「ありがとうございます。助かりました。僕は明日、探索者協会へ報告に行くつもりです」

「えぇ。私もヴェルミナ様、ウェルミナ様にアーシェリヲン君の無事を報告いたしますね」

「よろしくお願いします。では、おやすみなさい」

「はい。おやすみなさい」


 司祭長室をあとにし、部屋へ戻った。部屋にある時計はもう、夜の十時を過ぎていた。緊張しまくっていたここ数日分の疲れがどっと出たのか、アーシェリヲンはベッドに倒れ込むと、秒で寝てしまうのだった。


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